割り切れない世界にいる僕ら

浅香ショウ

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「7」の前髪

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「早く見せろ!」
川田ケイタは教室に駆け込みながら叫んだ。
周りの同級生たちも喚き散らしている。
だが、やはりケイタの声が際立ってデカかった。

ケイタの声は、本人が普通に喋っているつもりでも、周囲が驚いてしまうほどデカい。
それにも増して、今はテンションMAX。
周囲の女子たちは、そのやかましさと、内容の下品さに眉をひそめた。

「待て、待て!順番だってば!」
身長が180㎝あるケイタより頭一つ小さい今田ヨシオがスマホを必死に守りながら、
猿のように喚く男子生徒たちの中心で叫んだ。

よく晴れた木曜日の昼休み。
学校の食堂で仲のいいメンバーと昼食を取っているとき、ヨシオが口角をくいっと持ち上げて言った。

「昨日、なべっちに激似のAV女優、見つけた。」

それからはもう昼食どころではない。
その場にいた男子全員が、「見せろ、見せろ!」とヨシオに襲いかかった。

なべっち、とはケイタたちが通う高校の女教師だ。

国語科。自称、28歳。
それが事実かどうかはさて置き、なべっちは愛想がよく、いつも笑っているから男女問わず人気がある。
小太りな体型をからかっても怒らない。


そして、おっぱいがデカい。


そんななべっちに似た女優が出ているAV。
昼食を早々に切り上げて、教室まで転がり込んだケイタたちはいつにも増してハイテンションだ。

「もったいぶらずに見せろ!」
ケイタはそう言って、ヨシオの手からスマホを奪い取ろうとした。


が、そこで手が止まった。


教室の窓際。一番後ろの席に座っている男子生徒が目に入った。

鼻先が教科書にくっ付きそうなほど、机に顔を近づけている。
坊主頭のケイタとは対照的に、前髪も耳周りも襟足も中途半場に伸びている。
前髪が顔を隠しているので表情は読めない。

ケイタの視線に気づかず教科書と睨み合うその生徒は、同級生に「7(セブン)」と呼ばれている。

呼ばれている、と言っても、本人に向かってそう呼びかけた者はいない。
話しかける用事がないのだ。
それでも、本人の知らないところで彼が「7」と呼ばれているのは、
紛れもなく、彼のバイト先がその相性で有名なコンビニチェーンだからだ。

校則によりバイトが原則禁止になっているこの高校で、
その「原則」から外れてバイトが許可されている。
理由は定かではないが、その一点において、この地味で物静かな生徒は皆から認知されていた。

「あいつ、視力悪いんだな。」
ケイタは心の中でつぶやいた。
今は悪くなくても、あんな至近距離で字を読んでいたら、遅かれ早かれ視力は下がる。

「川田先輩っ!」

廊下の方から自分の名前を呼ばれて、ケイタは我に返った。
入部間もない野球部の1年生が緊張した面持ちで立っている。

「なに?どうした?」
ケイタは騒ぐのをやめ、猿集団をかき分けて廊下へと出た。

「島崎監督がお呼びです!」
背筋をピンと伸ばした1年生が大きな声で言った。

「監督が?」
考えてみたが、昼休みに監督に呼ばれる理由がさっぱり分からなかった。

部活に関する連絡事項は、マネージャーか、重要なことであればキャプテンに伝えられる。
野球の実力では抜きん出ているケイタだが、
お調子者なところ、そして物事を深く考えられない性格から、キャプテンに選ばれなかった。
(それはケイタにとっても、純粋に野球に専念できる、という点で有難いことだったのだけれど。)

「なんだろ。まぁいいや。了解!さんきゅー♪」
そう言いながら、ケイタは後輩の坊主頭をポンっと軽く叩き、廊下を歩き出した。

頭を叩かれた1年生は素早く一礼して立ち去った。

職員室の扉の前まで来た頃には、ケイタの頭から「7」のことは綺麗さっぱり消えてしまっていた。
とにかく、物事を深く考えない男なのだ。
その時に頭に浮かんだことについて考え、次の瞬間には他のことを考える。
もしくはなにも考えない。

「失礼しますっ!」
特大ボリュームで一言。そして一礼。

ケイタは職員室の扉を開けて、中へと歩みを進めた。
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