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二流芸人(完結)
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駅前は今日も人ごみが忙しなく蠢動している。
駅へ向かう者、駅から発つ者、きっと上から眺めれば人流が無機的な渦を作っているように見えるだろう。
そんな中、駅前の広場では行き交う人たちの目を留めようと、幾人もの大道芸人たちが様々なパフォーマンスをしていた。ある者はギターを弾きながら歌を歌い、ある者は派手に仮装して踊りを踊っていた。
その大道芸人たちの様子を、広場から少し離れた駅口でじっと眺める一人の男がいた。
この男も普段はこの広場で様々な道具を使ってジャグリングを披露して、投げ銭を集めている芸人だった。けれども、最近はめっきりパフォーマンスをすることはせず、こうして他の芸人を見ているだけの日々が続いていた。何だか芸をするのが嫌になってしまったのだ。
男の視線の先には若いジャグラーがいた。
カラフルなリングをいくつも使い、宙に放っては巧みに捉えてまた放りクルクルと回している。かなりの腕前である。まるでそれぞれのリングが意思をもって勝手に浮遊しているかのようで。集まった客たちも技が決まる度に歓声をあげた。しかも、この若者はジャグリングのテクニックだけでなく、客の楽しませ方もよくわかっていた。時には失敗しておどけてみせたり、客が集まり始めた時、大技を繰り出して一気に喝采を拾ったりとやり方が非常に上手い。何よりも彼自身、華があった。
本物のエンターテイナーだと男は思った。
ただ単純に芸を披露するわけではなく、客に合わせてアドリブでパフォーマンスを構成している。漫然とジャグリングをしていた自分とは大違いだった。男は、自分の持ち場で芸を披露していても道行く人が足を止めるのは若いジャグラーの方ばかりで、自分のところにはもう客が集まらないと悟り、とうとうパフォーマンスをすることを辞めてしまった。これ以上、惨めな思いをしたくなかったのだ。
けれども、未練だけは残り、こうして離れたところから他の芸人たちを眺めて見学しながら芸のコツは何なのだろうか、自分には何が足りないのか、などと思い悩んでいた。しかし、悩んだところで結局はその芸人に観客を魅了するセンスがあるかどうかということに尽きるのだ、ということも心のどこかでわかっていた。
所詮、自分は芸人としてこの辺が引き際なのだろうか。男がそんなことをぼんやりと考えていると、ふと一人の若い女が目に留まった。女は、自分と同じように駅口の端の方で広場をじっと眺めていた。黒い素朴なワンピースを着て、虚ろな目をしている。この女も何か暗いものを抱えているような、そんな気がした。
ふいに男はこの女に話しかけてみたくなった。何というか、こういう鬱々とした人が大道芸人のパフォーマンスのどういうところに惹かれるのか単純に聞いてみたかった。そしてそれが、観客の心をつかむヒントになるんじゃないかと直感的に思ったのだった。
男は静かに女に近づいて、不審がられないように丁寧に声をかけた。
「あの、すいません。ちょっとよろしいですか。」
男が声をかけると、女は無言のまま生気のない顔を男に向けた。
「突然すいません。ちょっと聞きたいことがありまして。」
ナンパ目的と勘違いされて警戒されないよう、男は重ねて丁寧な口調で続けた。
「さっきから広場を眺めていますけど、大道芸人に興味があるんですか。誰か気になる芸人さんがいるとか。」
「…いえ、別にそういうわけではありませんが…。」
女は表情を変えず、あっさりとした感じで答えた。
「でも、まるで何かに惹きつけられるみたいにじっと広場の芸人さんを見つめていましたよ。きっと何かに魅力を感じてたんじゃないですか。」
「…さあ、よくわからないです。」
やはり、女は当たり障りのない受け答えを続けている。
男はだんだん焦れてきて、思いのたけを率直に話した。
「いや、きっとそうですよ。それを是非教えてほしいんです。僕も普段はあそこでパフォーマンスをしている芸人の端くれでして。だけど、今はどうしても越えられない壁があって悩んでいたんです。そんな時に、広場の方を眺めているあなたの姿を見かけて、一観客としてのあなたの感想はもしかしたらスゴく参考になるんじゃないかと思って声をかけたんです。」
男はつい熱くなっていた。彼女の気持ちを理解することができれば、自分は芸人としてまだやっていけるかもしれないという根拠のない希望にすがっていた。
「…本当に、…わからないわ。」
突然、女の様子が一変した。唇が震えだし、虚ろだった眼から涙が溢れ出した。
「母が…、一昨日母が亡くなったの。突然のことだったから、最後に何も話すことができなかったわ…。」
「え…?。」
男の熱量が一気に引いた。女は嗚咽混じりに絞り出すような声で話し続けた。
「…なんで広場を見てたかなんて、わからないわ。私はただ…、母が亡くなって、ただ悲しくて、でも家に帰らなくちゃいけないから駅まで来て、そしたら何か賑やかな声が聞こえてきたから何となく眺めていただけで…。本当にただそれだけよ…。理由なんてわからないわ…。」
女は泣きじゃくり、その場にへたり込んでしまった。男はどうしようもなく、只々、立ち尽くすだけだった。
それから後、この男が駅前広場に姿を現すことは二度となかった。
駅へ向かう者、駅から発つ者、きっと上から眺めれば人流が無機的な渦を作っているように見えるだろう。
そんな中、駅前の広場では行き交う人たちの目を留めようと、幾人もの大道芸人たちが様々なパフォーマンスをしていた。ある者はギターを弾きながら歌を歌い、ある者は派手に仮装して踊りを踊っていた。
その大道芸人たちの様子を、広場から少し離れた駅口でじっと眺める一人の男がいた。
この男も普段はこの広場で様々な道具を使ってジャグリングを披露して、投げ銭を集めている芸人だった。けれども、最近はめっきりパフォーマンスをすることはせず、こうして他の芸人を見ているだけの日々が続いていた。何だか芸をするのが嫌になってしまったのだ。
男の視線の先には若いジャグラーがいた。
カラフルなリングをいくつも使い、宙に放っては巧みに捉えてまた放りクルクルと回している。かなりの腕前である。まるでそれぞれのリングが意思をもって勝手に浮遊しているかのようで。集まった客たちも技が決まる度に歓声をあげた。しかも、この若者はジャグリングのテクニックだけでなく、客の楽しませ方もよくわかっていた。時には失敗しておどけてみせたり、客が集まり始めた時、大技を繰り出して一気に喝采を拾ったりとやり方が非常に上手い。何よりも彼自身、華があった。
本物のエンターテイナーだと男は思った。
ただ単純に芸を披露するわけではなく、客に合わせてアドリブでパフォーマンスを構成している。漫然とジャグリングをしていた自分とは大違いだった。男は、自分の持ち場で芸を披露していても道行く人が足を止めるのは若いジャグラーの方ばかりで、自分のところにはもう客が集まらないと悟り、とうとうパフォーマンスをすることを辞めてしまった。これ以上、惨めな思いをしたくなかったのだ。
けれども、未練だけは残り、こうして離れたところから他の芸人たちを眺めて見学しながら芸のコツは何なのだろうか、自分には何が足りないのか、などと思い悩んでいた。しかし、悩んだところで結局はその芸人に観客を魅了するセンスがあるかどうかということに尽きるのだ、ということも心のどこかでわかっていた。
所詮、自分は芸人としてこの辺が引き際なのだろうか。男がそんなことをぼんやりと考えていると、ふと一人の若い女が目に留まった。女は、自分と同じように駅口の端の方で広場をじっと眺めていた。黒い素朴なワンピースを着て、虚ろな目をしている。この女も何か暗いものを抱えているような、そんな気がした。
ふいに男はこの女に話しかけてみたくなった。何というか、こういう鬱々とした人が大道芸人のパフォーマンスのどういうところに惹かれるのか単純に聞いてみたかった。そしてそれが、観客の心をつかむヒントになるんじゃないかと直感的に思ったのだった。
男は静かに女に近づいて、不審がられないように丁寧に声をかけた。
「あの、すいません。ちょっとよろしいですか。」
男が声をかけると、女は無言のまま生気のない顔を男に向けた。
「突然すいません。ちょっと聞きたいことがありまして。」
ナンパ目的と勘違いされて警戒されないよう、男は重ねて丁寧な口調で続けた。
「さっきから広場を眺めていますけど、大道芸人に興味があるんですか。誰か気になる芸人さんがいるとか。」
「…いえ、別にそういうわけではありませんが…。」
女は表情を変えず、あっさりとした感じで答えた。
「でも、まるで何かに惹きつけられるみたいにじっと広場の芸人さんを見つめていましたよ。きっと何かに魅力を感じてたんじゃないですか。」
「…さあ、よくわからないです。」
やはり、女は当たり障りのない受け答えを続けている。
男はだんだん焦れてきて、思いのたけを率直に話した。
「いや、きっとそうですよ。それを是非教えてほしいんです。僕も普段はあそこでパフォーマンスをしている芸人の端くれでして。だけど、今はどうしても越えられない壁があって悩んでいたんです。そんな時に、広場の方を眺めているあなたの姿を見かけて、一観客としてのあなたの感想はもしかしたらスゴく参考になるんじゃないかと思って声をかけたんです。」
男はつい熱くなっていた。彼女の気持ちを理解することができれば、自分は芸人としてまだやっていけるかもしれないという根拠のない希望にすがっていた。
「…本当に、…わからないわ。」
突然、女の様子が一変した。唇が震えだし、虚ろだった眼から涙が溢れ出した。
「母が…、一昨日母が亡くなったの。突然のことだったから、最後に何も話すことができなかったわ…。」
「え…?。」
男の熱量が一気に引いた。女は嗚咽混じりに絞り出すような声で話し続けた。
「…なんで広場を見てたかなんて、わからないわ。私はただ…、母が亡くなって、ただ悲しくて、でも家に帰らなくちゃいけないから駅まで来て、そしたら何か賑やかな声が聞こえてきたから何となく眺めていただけで…。本当にただそれだけよ…。理由なんてわからないわ…。」
女は泣きじゃくり、その場にへたり込んでしまった。男はどうしようもなく、只々、立ち尽くすだけだった。
それから後、この男が駅前広場に姿を現すことは二度となかった。
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