35 / 56
現れた婚約者
しおりを挟む■□
そして、月日は流れ、私はもうすぐこの学園を卒業する。
王太子殿下が去年の今頃卒業して、あっという間に次は私の番なのだから驚いてしまう。
ユーリへの答えは未だに出ていない。
「カティ、おはよ~」
「…おはようユーリ」
最近では、彼にどことなく気まずさを感じてしまって目を合わせることもあまりできなくなっていた。
きっとそんな私に気づいているはずなのに、何も言わないのは彼の優しさからだ。
足早に過ぎていく時間、穏やかな日々。
今日も、いつもと変わらない平穏な一日になるはずだった。
彼女が私の元を訪れたのは、お昼休憩の時。
「カティア様ですよね?公爵家の、カティア・アボット様」
ユーリと共に庭園のガーデンテーブルでお昼ご飯を食べていると、少し高い可愛らしい声が私の耳に届いた。
公爵家の家名をやけに強調する言い方が不思議で首を傾げる。
声をかけてきたのは、少し幼さを残した顔立ちの綺麗な女性だった。
「失礼ですが、どなたです?」
「私はトリスタン男爵家の次女、マリアンヌ・トリスタンですわ!」
トリスタン男爵家…?
聞きなれない家名だった。
「確か、長女のマルガレータ様が最近バート伯爵家に嫁がれたとか?」
私の代わりにそう返したのはユーリだった。
「ええ、そうですの!バート家にはすごく良くして頂いておりますのよ!」
バート伯爵家のことは何度か耳にしたことがある。
国境に領地を持っていて、伯爵家でありながら辺境伯としてあなどれない権力を手にしている伯爵家だ。
…そして伯爵領は、グレン兄様の治めるカワイティルと隣接した領地だったはずだ。
「トリスタン男爵家の方が、私に何か御用ですか?」
「まあ!私の様な家格が下の者が公爵家の方に軽々しく声をかけるなということですか?」
……違いますけど。
わざとらしく悲しそうな表情を浮かべる彼女が私を気に入っていないことだけははっきりと理解出来た。
「ご用件をうかがっても?」
「挨拶ですよ」
「挨拶…?」
わざわざ接点もない私にどうして…
「グレン様の元妹だから一応声をかけとこうと思って…今は何の関係もないんでしょうけど、グレン様のことは何でも知っておきたかったんですよね」
急に出てきたグレン兄様の名前に思わず眉間にしわが寄ってしまう。
…どうしてこの人がグレン兄様の妹だったという理由で私に会いに来るのか。
その疑問は次の言葉で明かされた。
「だって私、グレン様の婚約者なので」
「っ…!?」
「だからグレン様の身近にいたっていう女がどんな女なのか気になっちゃって」
不躾な言い方だった。
そばに座るユーリまで顔を顰めているのが見て取れる。
グレン兄様の婚約者…この人が…
彼は新しい領地で随分と充実した生活を送っているようだ。
私がユーリとの婚約を悩んでいる間にもグレン兄様は自分の幸せを見つけてしまっているのかと、少しだけ胸がざわついた。
完全に八つ当たりではあるが、苛立って仕方がなかった。
最後までグレン兄様とは何のわだかまりも解消できなかったというのに、彼は私のことなんて忘れて他の誰かと婚約してしまったのかと、がっかりした気持ちになった。
「お言葉ですが、彼女は公爵家ですよ?あなたがそんな口を聞いていい方ではありません」
珍しく硬い口調でそんなことを言うユーリは怒っているようだった。
「あら、ごめんなさい。田舎の男爵家からこの学園に入学してまだ日が浅いものですから」
彼女はバート伯爵家との婚約を期に融資を受けてこの学園に入ってきたのかもしれない。
日が浅いのはそのせいか。
「本当は早くにもグレン様と正式に籍を入れたかったんですけど、学園くらいは経験しておいた方がいいとグレン様が…本当にお優しい方ですわ」
「グレン兄様とは、どのような経緯で婚約されたのですか?」
気になって、そんなことを聞いてしまった。
「あら、それをあなたにお話する必要ありす?それと、その呼び方…あなたはもうグレン様とは他人ですわよ?私の前で親しげな呼び方はやめてくださいまし。リシャール侯爵と呼んでくださいな」
「っ…不快な思いをさせたみたいでごめんなさい」
ぎゅっと握りこんだ拳が震える。
絶えてしまった繋がりを感じて切ないような、悲しいような…決して良い気分ではなかった。
「いいこと?あなたにはもうグレン様を心配する権利も、グレン様を想う権利も、これっぽっちも有してないことを自覚してくださいまし!いい加減そこのシュゼット伯爵とでも婚約したらよろしいのでは?」
「……勝手なことを言わないでください」
随分と不作法な物言いにそこはかとない怒りが込み上げる。
何も知らない人間にわかったようなことを言われるのは我慢ならなかった。
「勝手なことも言いますわ!私の大切な婚約者に、赤の他人が得意げに家族面されてはたまりませんわ!」
そんな言葉を制するように、口を開いたのはユーリだった。
「失礼にも程がありますよ。あなたは自覚しているのですか?」
「自覚…?」
「あなたは今、アボット公爵家とシュゼット伯爵家、この両方を敵に回している」
その言葉に先程まで威勢の良かった彼女は目を見開いて表情を歪めた。
ユーリの言葉は止まらない。
「あなたがおっしゃるところの、田舎の男爵家が、辺境伯と言えども伯爵家の援助を少々受けたところでたかが知れていますよ。シュゼット伯爵家の次期当主である僕と、アボット公爵家が一丸となれば、ひとたまりもないでしょうね」
「っ、私…」
「それに、あなたがこんな振る舞いを公爵家にしているとなれば…報復を恐れてバート伯爵家に初めに切り捨てられるのは、いったい誰でしょうね」
段々と顔を青ざめる彼女に、同情の気持ちが湧くことはなかった。
「あ…っ、ごめん、なさい。申し訳ありません、でした…」
「僕らの前からさっさと消えてください」
ユーリの言葉に、逃げるように去っていく彼女の背をぼんやりと見つめていた。
グレン兄様がカワイティルに旅立って、一年以上も経ったのだ。
こんな日が来ることも有り得ない話ではなかった。
どこかで慢心していたのかもしれない。
グレン兄様はずっと私を想ってくれているのだと。
そんなこと私の妄想に過ぎなかったのに。
ずっと燻っていた気持ちに区切りをつける時が来たのかもしれない。
自分が誰と生きていきたいかなんて、よくわからない。
だけど、グレン兄様との道は、初めから存在しなかったのだ。
私の心残りは、優しかった彼の心の闇を見抜けず、私を貶めるために手を汚させてしまったこと。
それが私だけのせいでないことは、ユーリやフィリップ殿下、公爵家のみんなのおかげで理解できているつもりだ。
しかし、要因は紛れもない私自身で…彼を踏みとどまらせることができたのも、私しかいなかったのではないかと思う。
だけど、今ようやくグレン兄様も幸せになれるのかもしれない。
兄妹なんてしがらみもない、誰からも祝福されるそんな幸せな未来を手にするのだ。
だったら私が選ぶべきなのは…
どうしようもない私を支えて、愛してくれる彼なのではないか…
「ユーリ、守ってくれてありがとう」
「うん、僕の大切なカティを傷つける人を放ってはおけないしね?」
私は、ユーリと…
0
あなたにおすすめの小説
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について
えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。
しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。
その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。
死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。
戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。
婚約破棄された夜、最強魔導師に「番」だと告げられました
有賀冬馬
恋愛
学院の祝宴で告げられた、無慈悲な婚約破棄。
魔力が弱い私には、価値がないという現実。
泣きながら逃げた先で、私は古代の遺跡に迷い込む。
そこで目覚めた彼は、私を見て言った。
「やっと見つけた。私の番よ」
彼の前でだけ、私の魔力は輝く。
奪われた尊厳、歪められた運命。
すべてを取り戻した先にあるのは……
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜
侑子
恋愛
小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。
父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。
まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。
クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。
その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……?
※二章からは、十四歳になった皇女キアラのお話です。
目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです
MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。
しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。
フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。
クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。
ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。
番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。
ご感想ありがとうございます!!
誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。
小説家になろう様に掲載済みです。
ブサイク令嬢は、眼鏡を外せば国一番の美女でして。
みこと。
恋愛
伯爵家のひとり娘、アルドンサ・リブレは"人の死期"がわかる。
死が近づいた人間の体が、色あせて見えるからだ。
母に気味悪がれた彼女は、「眼鏡をかけていれば見えない」と主張し、大きな眼鏡を外さなくなった。
無骨な眼鏡で"ブサ令嬢"と蔑まれるアルドンサだが、そんな彼女にも憧れの人がいた。
王女の婚約者、公爵家次男のファビアン公子である。彼に助けられて以降、想いを密かに閉じ込めて、ただ姿が見れるだけで満足していたある日、ファビアンの全身が薄く見え?
「ファビアン様に死期が迫ってる!」
王女に新しい恋人が出来たため、ファビアンとの仲が危ぶまれる昨今。まさか王女に断罪される? それとも失恋を嘆いて命を絶つ?
慌てるアルドンサだったが、さらに彼女の目は、とんでもないものをとらえてしまう──。
不思議な力に悩まされてきた令嬢が、初恋相手と結ばれるハッピーエンドな物語。
幸せな結末を、ぜひご確認ください!!
(※本編はヒロイン視点、全5話完結)
(※番外編は第6話から、他のキャラ視点でお届けします)
※この作品は「小説家になろう」様でも掲載しています。第6~12話は「なろう」様では『浅はかな王女の末路』、第13~15話『「わたくしは身勝手な第一王女なの」〜ざまぁ後王女の見た景色〜』、第16~17話『氷砂糖の王女様』というタイトルです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる