私は今日、勇者を殺します。

夢空

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2章 前

回想3 不良たちの遊び場

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それは時間軸としてはかなり前。
中二の夏、篶目場血スズメバチの集会に呼ばれた後である。
もう日を跨いだ午前1時。
梅雨は明けたというのに、このジメジメとした空気は恐らく彼ら4人の影響もあるのだろう。

高城含めた幼なじみメンバー、ちぃ、モンジャ、バラの4人は集会場所から少し離れた公園にいた。
しかしそこに浮かれた空気は1つもない。
傷だらけで痛々しい4人、その中の1人モンジャが最初に口を開いた。

「で、どうするタク……このままじゃ俺ら一生篶目場血のパシリだぜ」

「ああ……」

タクは呟くように相槌を打つと、視線の先、公園の林の合間から連続した閃光を眺める。
ふかしたバイク音が大群を成す羽虫のように通り過ぎていき、それらが集会帰りの篶目場血の人達だろうと察した。

(あれは周りの迷惑になってねーのかよ)

先程聞かされた笑ってしまう鉄の掟を思い出す。
周りに手を出すなって、つまりは周りに迷惑かけんなってことだ。それを真っ先に破っている彼らを見て呆れてしまう。

(いや、そもそも不良になってまで周りに気使ってる奴も大概だけどよ)

ため息をひとつ付き、視線を目の前の幼なじみ達へ戻す。
1人は俺と同じようにブランコへ腰を掛けるちぃ、ブランコの周囲を囲む手すりに腰を掛けるバラ、そして飲み干したコーヒーの空き缶を足で弄ぶモンジャ。

タク達幼なじみメンバーは集会後、近場の公園で屯っていて、先程に続いてバラが疲れた声で言う。

篶目場血スズメバチっつったらここらじゃ最大レベルのグループだ。アイツらに目をつけられちゃ無視することなんて出来ねぇ。次の日から街とか歩けなくなる」

今日集まっていた高城以外の中学生の不良たち。
彼らの中にはすでにパシリとして散々使われている者も居て、彼らのゲッソリとした青い顔を見ていると数週間後の自分たちの姿に思えて気が重くなる。

「クッソ! なんだって篶目場血なんかに!」

空き缶で遊んでいたモンジャが苛立ちを込めた一蹴りを思いっきりぶつけて。
カンっという心地のいい音と共に、放物線を描きながらゴミ箱へと入った。

「おい、テメェらいま篶目場血っつったか」

その声はゴミ箱の向こうから聞こえる。
隣の通りを歩く高校生たちが公園のフェンス越しにこちらを睨んでいるのが見えた。

「てめぇら中坊か。っつう事は中坊狩りの噂は本当だったわけだ。そこまでして大きくなりたいかねぇ」

「あれですよ足立さん。俺ら『情可悪ジョーカー』をビビってるから、ガキ入れて水増ししようとしてるんすよ」

わらわらとフェンスの向こうにイカつい不良が増える。相手の数は5人。
威圧的な態度でこちらを笑っている。

「丁度いい。最近大きくなったからってデカい面してるわ、特服替えで煽ってくるわ、イラついてたんだわ。ちょっとボコられてくれや」

それは確かな死刑宣告。
相手は高校生、人数差もあり、ちょっとの殴打程度じゃ許してくれそうにない形相。

それなのに、まだ高城たちには余裕があった。
運良く相手はたったの5人。
囲まれてもないし、彼らとの間にはフェンスがある。後ろへ全力で逃げれば追いつかれることは無いだろう。
すぐにメンバーへ逃げるよう伝え、後ろを向いて───

「あっれぇ? なにしての足立ィ。楽しそうなことしてんじゃん」

その逃げる後方から男の声。
嫌な予感は確信に。
後ろから10人の不良グループがやってくる。
体のどこかに死神マークのついた、情可悪ジョーカー。そのメンバーたちである。

「お、俺らに手ぇ出したら、篶目場血が……万丈さんが黙ってないぞ」

完全に囲まれた。
前のやつらもフェンスを越えようとしている。
そうなれば高城たちに出来ることはもうハッタリぐらいしかない。
しかし、

「あん? 万丈っていえば篶目場血の頭だろ? そんな奴が下っ端の下っ端、テメェらみたいなパシリのためにチーム丸々動かすかっての」

やはり簡単に見抜いてくる。
そうだ、今日出会って、ボコられて、集会に出ただけだ。
そんな俺たちに情がある訳でもないし、なにより今すぐ助かる訳でもない。

高城たち4人は囲まれ、掴み離され、そして─────

──────暴力にぶちのめされた。


***


殴られ、殴られ────殴られて。

口の中が切れて血の味が。
殴打で麻痺した顔面が。
クラクラとうねる視界が。
この絶望的な状況を現実だと教えてくる。

痛くて痛くて、左腕が上がらない。
きっと途中で投げ飛ばされた時、手すりのポールに当たったからだ。骨が折れてる。

「オッラァ!」

「……が、はぁ……ッ!」

髪を捕まれ鳩尾へ膝を入れられる。
余りの痛みに体はくの字に曲がり、さらに髪を引っ張られ顔を無理やり上げられる。
目の前にはニヤニヤとしたブサイクな顔。
絶対的優位に立っているからこそ、彼は強者として高城に唾を吐いて言った。

「お、悔しいか? じゃあほら殴れよ、殴ってみろよ」

男は笑っている、いや嗤っている。
そんなことは出来ないと確信めいた笑みを浮かべている。

「テメェらをボコった所で篶目場血からすればただの嫌がらせだろうけどな、情可悪の幹部である俺らを殴ってみろ、それだけで戦争が起こるぞ」

目の前のブサイクがそんな分かりきった何かを言っている。
こんな汚いもの見たくないから視線を少しずらして──────そして、殴られる親友たちが遠くに見える。
ちぃ、モンジャ、バラが殴られて蹴られて踏まれて──────。

「………か……」

「ほらやってみろよ! てめえの拳1つでここらの二大派閥がぶつかるぞ!下っ端のお前らが戦争起こしたとなりゃ、自分のチームからも恨まれ────は?」

抜けた音がブサイクから発せられる。
もう止まれない。奴の言葉の途中から拳は既に放たれていた。

「んなもん知るかッボケェ!!」

「グギャッッ!!!!」

渾身の右ストレートは相手の鼻にめり込み後方へ仰け反らせる。
右手が痛い。鼻の骨に悪く当たったのだろう、痛すぎてもう右手に力が入らない。
でも、その痛みのおかげで鈍い頭が冴え始めた。

二大派閥の戦争?
チームに迷惑?
あとからの報復?

そんなもの、何一つ考えられなかった。

ただ、俺がやるべきこと。
最近連れてこられただけのスズメバチなんかに思い入れもなにもねぇ俺は、ただ。

見た目の割に勝負事がてんでダメなちぃを、1番小さいのに語ること全てが大きいモンジャを、いつだってよく俺らのことを見てくれているバラを。

ただ、俺はアイツらを─────ガキの頃からの親友を守りたかった───!

「は、はぁ、はぁ───はは、お前ざっこ……全員で来い、相手してやるからよォッ!」

「ッッッ!! あぁぁぁあぁ! 餓鬼ィィイ!!」

吹っ飛ばされた男は跳ねるように高城へ襲いかかる。
暴力の数はさっきよりも倍に、痛みの数はその十倍に。

飛びそうになる意識を何とか掴んで。
出てきそうになる弱音を必死に噛み締めて。

不良たちの間から一瞬見える親友たち。
彼らを囲んでいた不良のほとんどがこちらに来ていて────高城はほくそ笑む。

これなら、あいつらは……逃げ、れる……

もう、顔を上げるのもしんどいから。後は地面を眺めながら暴力を受けることにして、

…………ッッ…ッ………

何か、聞こえた。
方向はモンジャたちの方向。
叫んでいる、聞き慣れた誰かの声が3つ叫んでいる。

「テメェらの相手は……俺だァァ!!」
「こっち見んかいッ! 全員殺したるわ!」
「悪いけどこっからが本番だからな、オラァッ!」

高城へ近寄ってくる不良へ飛びかかる3人の姿。
逃げろ、なんて言わなくても分かるのに。
逃げ出す方がきっと正解なのに。

何処までも馬鹿すぎる彼らの姿に、小さく笑ってしまって。
散々諦めていた心に火を灯した。


***


暴力の応酬。
下手に逆らった分、逆上した不良たちに倍の痛みを与えられる。

「─────ぁ、が、はぁ……」

視界が白く─────痛みが遠く───────
何度も立ち上がろうとした足に力が入らない。
根性という言葉すら霞むほど、意識に霧がかかって、倒れてしまう。

「はぁ、はぁ……ったく、ようやく倒れたか」

頭の上から僅かに聞こえる息遣い。
血の味と口に入った泥の味。
余りのダメージに体はうんとも、すんとも言わなくなっていた。

─────────でも。
視界には倒れる仲間が見えている。

両腕を拘束されて殴られているちぃを。
倒れているのに、まだ上から蹴られ続けるモンジャを。
あと何回嘔吐させれるか、ゲームのように鳩尾みぞおちを何度も殴られるバラを。

見えている。
仲間が、親友たちが踏みにじられる景色を不良の合間から高城には見えていた。

「………ぁ……ぁあ、あああ! ああアアアアアアッッッ!!」

体が痛もうとも気にしない。
腹から全力で声を出して歯を食いしばる。
軋むような音が奥歯から聞こえても、それでも更にかみ締めて──────そこでようやく体が動いた。

見ろ、まだ俺は動けるぞ。
そう言いたかったが口が動かない。
だから、笑った。
口の端を釣り上げて、痛む頬をガン無視して。
相手の神経を逆撫でするように。

「──────上等だ、殺してやるよ餓鬼」

不良たちはやってくる。
波のように、壁のように。
仲間たちと高城の間に入り込み、こちらに寄ってくる。
高城にとっての光は遮られ、影が高城を覆うようにすぐそこまで迫ってきて、

「おい」

──────瞬間、人が2人高く吹き飛んだ。
目の前の壁が少し薄くなる。
先の光が、さっきより大きく感じる。

「テメェは……!」

殴っていた者も、蹴っていた者も、倒れていた者も。
そして、先の光。新たに輝く新星を見るように、高城も見上げる。
そして、その場の全てが彼を見た。

「楽しいことしてんじゃん、俺も混ぜてよ」

圧倒的戦力差だというのに、あまりに余裕のある口調。
恐怖を知らないのか、それとも全てを理解した上で自分が勝てると思っているのか。
不良グループ篶目場血スズメバチ総長、引摺り鬼の万丈。

彼はニヒルに笑いながらその場の中心に立っていた。


***


そこからは一瞬だった。
いくつも同時に迫る拳を軽く躱し、素早いカウンターを顔面に喰らわす。
しかし、その攻撃は素早いだけじゃない。
鈍い音から威力も相当と分かるし、カウンターを喰らった何人かは、鼻の骨が折られ鼻血がどくどくと溢れている。

第1波を完封した万丈へ、先程までモンジャ達を殴っていたヤツらも襲いかかるが。
彼らも10分経たずに地面へ倒れていた。


**


「おい………」

暗い暗い地の底。
くぐもった知らない声が聞こえる。
反応しようとして、しかし意識が遠すぎる────目も開けられないほどに疲れ切っていて声ぐらいじゃ起きられそうにない。

「おい、起きろ」

「……い、いででででで、いっでぇ!」

瞬間、鼻や目に刺激物が流れてくる。
かなり昔プールで溺れた時を彷彿とさせる痛みと、左腕の痛みに高城は覚醒した。

「ん、」

そこには篶目場血のリーダーである万丈が空いたコーラの缶をこちらに差し出していた。

その予想もしてなかった人の登場に驚き跳ね起きようとして、

「うッ……いって……」

左腕の燃えるような痛みに悶えるように再び倒れる。
ついさっきポールに強打していた事を忘れていた。

「さっさと病院行っとけよ。折れてはねぇけど、そっちヒビ入ってるからよ」

そう言ってくれる彼も彼でボロボロだ。
殴られた時に口の中が切れたのか、血は垂れているし、擦り傷切り傷が見られる。

「あ、あの助かりました。ありがとうございます」

身体中、そして顔面の痛みに我慢をしながら感謝を述べる。

「ん、まージョーカー共には散々やられてたからな、途中から美味しい所を持っていっただけだ。気にすんな」

そう言ってカラッと笑う兄貴肌な彼は、集会の時のような雰囲気とは少し違う。あの時は夢見がちな子供ってイメージだったのに。
ふと視線を彼から公園へと向ける。
高城たちをボコボコにしてた情可悪の奴らは1人残さず逃げていて、公園には幼なじみである3人が倒れている。

喧嘩に負け、助けられて、3人が気を失っている。
つい最近あった出来事と重なってしまい少し笑ってしまう────頬が痛い。


***


その後、万丈から篶目場血のメンバーが迎えに来るまでの時間潰しで色々と話を聞かせて貰えた。
この街の篶目場血の立ち位置、最近あった抗争で勝ったこと、喧嘩の仕方などなど。

「まあぶっちゃけるとな、実は最初からお前らの喧嘩を見ていた」

そんな中急に言われたから最初は何の話か分からなかったが、それがさっきの情可悪たちの喧嘩だと気づいた。

「お前らの喧嘩ってやつを見たくてな。泥臭い古臭い、でもだからこそ熱い何かがそこにあった」

散々な言われようだが、万丈は真剣だ。
真剣に、負けた高城たちの喧嘩に感銘を受けていた。

「これを出来るやつなんて俺らのチームでも少ねぇ。
痛てぇなら動けねぇし、意識が無くなれば倒れる、それが普通だ。
だがな、それでもと立ち上がれる奴ら。
さっきのお前みたいな奴がかっけぇヤンキーなんだよ」

公園の街灯が妖しく彼を照らす。
橙色に映る彼の瞳には冗談の気はなく、ただ真剣に一人の漢としてこちらを讃えていた。
理解するのに少し経って、それからニヤけそうになる頬が、喧嘩の傷で痛む。
そんな高城に万丈は笑うと、

「テメェがダチ守んならダチは死なねぇし、ダチがテメェを守んならテメェは負けねぇ」

熱の入った表情でそう言った。
公園の鈴虫が夏の終わりを知らせる中でも、彼の言葉には真夏をも超えるほどの何かを高城に感じさせる。
それが万丈の、かっけぇヤンキーへの想いであった。

「それが初代スズメバチリーダーの言葉だ。てめぇにだったら教えてもいい」

不良を纏める総長からそう言われて、高城からも何か言うべきだと数巡して。
そこで、バイクの大きなふかし音が群れを為してやって来る。

「あれは掟破ってないんすか? バイクふかして大人数でたむろって」

ニヤける顔を誤魔化すためにも高城は冗談めいて口に出す。

「なんでだ? かっこいいじゃん。別に喧嘩に巻き込んでる訳でもなし、あれはセーフだろ」

(ラインが全然わかんねぇ)
苦笑いで誤魔化しつつ、そこで遠くからバイク音が続々と集まりつつあった。
1台、10台、20台……もう30台を超えるほどの大きな隊列だ。

「何やってんのリーダー!とっとと帰るぞ!」

「おう!」

男は呼ばれバイクの群れへと帰る。
1人で10人以上とやり合ったというのに、傷一つない大きな大きな背中。
果てのない高い壁、漢としての格までも違う。
その後ろ姿に、酷く心奪われてしまったのは高城にとって当然の事であった。
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