その悪役令嬢はなぜ死んだのか

キシバマユ

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一章 異世界転生(人生途中から)

18 合格

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 実習も残すところあと2週間。8月も半ばのここ数日は夏の暑さも厳しく、クーラーがあればどんなに気持ちがいいか、と妄想する日々だ。

 「扇風機だけじゃ限界がありますね」
 「そうかい? 少しはマシだとは思うよ」

 私にとってはないよりかはマシって感覚だけど、クーラーの涼しさを知らない人には扇風機だけでも満足できるのかもしれない。

 「この暑さって数十年に一度って新聞なんかでは言われてますけど、この国でここまで気温が上がることってそんなに珍しいんですか?」
 「そうだね。私は生まれも育ちもこの国だけど、こんなに暑かったことは今までないね」

 特に昨日雨が降った影響で今日は湿度も高く、気温も今季一番の暑さだという。
 救急診療科の処置室に扇風機はない。ホコリが舞って衛生的ではないからだ。なので私とハーヴィー先生は誰もいない待合室で急患が来るのに備えていた。

 「……はぁ。本当に今年の夏の暑さは異常だ。最近は食欲も落ちて完全に夏バテ気味だよ」
 「医者は体が資本ですから食べないとダメですよ。特に豚肉がいいです。ビタミンB群が豊富ですから」
 「おっ、キクチくんが栄養学の講義をしてくれるのかい?」
 「まさか!」

 気だるい空気が漂う空間に急患を知らせるベルが鳴り響いた。しかも何度も繰り返しに。
 私はストレッチャーを転がすのを止めて先生を振り見た。

 「そんなに何度も鳴らさなくても聞こえるよ。さぁ行こうか」

 怪訝に思いながら2人で1つずつストレッチャーを引いて入り口に向かった。
 入り口から外に出ると、トラック3台の荷台に寝かされた人、座り込んだ人らが乗せられていた。

 「これは一体……!?」
 「先生助けてくれ!」

 呼び出しベルを押したらしい男性が先生に縋った。

 「どうされましたか?」
 「近くの建物の改装工事をしてたんだが、現場のやつらが次々倒れたんだよ! 苦しそうなんだ、早く診てくれ!」

 荷台には数えたところ12人。これは私と先生だけでは対応しきれない。

 「先生、応援呼んできます!」
 「あぁ頼んだよ」

 私は急いで魔法診療科の医局に走った。院内を走る私に何事かと医師や看護師から目線が向けられるのも気にせずに。途中で財前教授の総回診のような大名行列を見たが、先頭に立っていた人は白衣ではなかったから経営陣だったのだろうか。そんなのも無視して駆け抜け、そして医局の扉をバッと開け、

 「手の空いている先生は手伝ってください!」
 「何事だ」

 部屋にいたシーラン先生が私に鋭い視線をぶつけてきた。他に部屋にいるのはマキャベリ先生だけだ。

 「救急に12人が来院しました。自力で動けない患者が大半です」
 「原因は?」
 「まだ不明です。ただ全員が工事現場の作業員で、そこで何かがあったのだと」
 「なるほど」

 私の説明に納得してくれたのかマキャベリ先生が立ち上がり、シーラン先生もそれに続いた。



 救急の処置室には患者であふれ、3つある診療台では到底足りず、ストレッチャーを全て出しそこに患者さんを寝かせ、それでも間に合わず意識のしっかりしている患者さんは待合室の椅子に寝かされていた。

 「応援に来た。原因は判明したか?」

 処置室に入るなりマキャベリ先生がハーヴィー先生に問うた。

 「それが分からないんだ。検査スキャンで診ても全身に反応があるんだけど、ガス中毒でもなければ食中毒でも毒でもない。患者の症状もバラバラで、頭痛、吐き気、倦怠感、意識障害がある人もいる」
 「分からない? そんばバカな。行使:検査スキャン

 シーラン先生が近くの患者に触れ魔法を使った。

 「全身が赤く表示される。全身症状か。血糖は?」
 「全員正常範囲だった。そもそも似たような症状が出る疾患は心臓か循環器系に問題がある場合だけど、心臓なら検査スキャンで分かる。低血糖なら12人が一斉になるはずがない」
 「検査スキャンでは引っかからない疾患か。例えば風邪のような……」

 シーラン先生も診断できず、マキャベリ先生が他の可能性を模索し始めた。

 「頭痛、吐き気、倦怠感の症状は全員ではなく、発熱だけは共通している。しかし気になるのはこの患者の異常な発汗だ」

 発熱に発汗。私に一つの可能性がよぎった。

 「熱中症……」
 「熱中症? なんだそれは?」

 シーラン先生の視線が鋭く私に向けられた。

 「暑さのせいで体温調節がうまくできなくなって体に熱がこもってしまう病気です」

 説明しながら気づいた。熱中症は教科書で見た記憶がないことに。

 「熱射病か! 前に論文で読んだことがある。大陸南部の暑い地域に多い疾患についてだが、その中に熱射病の記述があった。症状も合致している」
 「熱射病! なるほどこれが……」

 この国では例年ここまで暑くなることがないから先生たちも熱中症、熱射病に思い当たらなかったらしい。
 シーラン先生に症例の覚えがあったことで内科医が呼ばれ__点滴などの行為は治療魔法師の権限外だからだ。治療魔法師はそれを補助するかたちで治療が進められた。



 幸い死者も出ず全員の治療を終えることができた。

 「なぜ君は熱射病を知っていたんだ? 教科書には載っていないだろう」

 聞いてきたのはシーラン先生だ。
 やはり聞かれてしまった。先生たちでも思いつかなかったのだから無理もない。

 「えぇっと……去年の夏にハリス先生と暑い日に注意する病気について軽く話したことがあって……」

 もちろん嘘だ。

 「なるほど。ハリス先生が。あの方はローム出身だからご存じだったのかもな」

 納得された! 助かった。やはり困った時はハリス先生を出しておくに限る。

 「とにかくお手柄だ! あの場面でとっさにそれを思い出し、熱射病だと気づけたのは大したものだよ」

 ハーヴィー先生は手放しに褒めてくれた。

 (日本で生きてた頃の知識が役立つなんて。生まれ変わりなんて戸惑いばっかりで、前世の記憶なんてむしろないほうが楽に生きられたんじゃないかって思ってたけど。悪いことばかりじゃなかったわね)

 私は初めて前世の記憶に感謝した。



 そして3カ月間の実習は終わった。
 実習の評価も無事に『優』をもらい、私は国家資格を得て晴れて治療魔法師を名乗ることができるようになった。
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