その悪役令嬢はなぜ死んだのか

キシバマユ

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二章 獣人の国

27 さぁ行こう! どこへ!?

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 旅の準備は着替えと馬車に乗っている間に軽く食べられる携帯食があればいいとマルティンさんに聞き、食料品店に寄った後、彼の馬車に乗せてもらいこの街を出発した。
 御者台で隣に座り、ただ黙っているのも気まずいので会話をしてみる。

 「大森林にはどれくらいで着くんですか?」
 「途中の町でも商売するから2週間くらいやな」

 思っていたより時間がかかる。けれど急ぐ旅ではない。

 「私、思い立ってこの国に来たんですけど、来てよかった。マルティンさんに服屋の店主さん、カバン屋さんの店主さんも言葉が分からない私にとても親切にしてくれて」
 「獣人は困ってる人をほっとけへんねん。世話好きのお節介焼き。それと人間のアンタが獣人に対して好意的に接してくれたんが嬉しかったんやろ」
 「普通ではないんですか?」
 「最近では差別してくるヤツもだいぶ減ったらしいわ。昔はもっと酷かったらしい。けど差別まではせんでも無意識に見下してくるやつもおるし、なんて言うかな、『同じ目線』で対等に接してくれるかっていうと、そういう人はあんまおらんなぁ」

 無意識の差別。例えば『女性なのに出世しててすごいね』と言うような、政治家と言われてイメージする人物像が高齢の男性であるような。
 日々そういうものをマルティンさんは感じているのだろうか。知らなかったが、なかなか根深い問題がありそうだった。
 私は良くも悪くも獣人を知らない。だから海外旅行に行って現地の人とコミュニケーションを取る感覚で接していた。

 「特にオレみたいな見た目のやつはあかんな。ふつーにけっこう避けられる」

 なんと言えばいいのだろう。大変ですね? これは上から目線すぎる。差別は良くないですよね? 当事者に言ってどうする。

 「この国に住んでる人間って多いんですか?」

 話を逸らして誤魔化してしまった。

 「ここは国境の街やから多いけど、それでも1割もおらん。国全体で言うたら1%とかそこらちゃうか? オレは商売でジルタニアにも行くから」
 「そうなんですね……。差別する人間こそが無知蒙昧で愚かなのに」
 「アンタなかなか言いよるな。……せやなぁ、人間国家諸国の方が文明が進んでるのは確かやけど、それがイコール獣人の知能が低いってことにはならんのやけどな」

 私はそうですね、とマルティンさんの言葉に同意した。
 日本で生きていた時、結局海外旅行も大学の卒業旅行でイタリアに行ったきり最後になった。その旅行でも不当な扱いを受けることはなく、だからアジア人でありながら差別を受けた経験はない。思えば幸せな世界に生きていたものだ。

 「そういえば、マルティンさんのその喋り方、方言ですか?」
 「そうやで。ジルタニア西部の訛りや。そう言うアンタは標準発音やな。聞いたことなかったんか?」
 「初めて聞きました。……西部の訛りですか。懐かしい……」

 私(奈緒)の母は大阪出身だった。彼の話し方は、社会人になって一人暮らしをするまで家でずっと聞いていた母の関西弁を思い出して少し寂しくなる。

 「初めて聞いたのに懐かしいってなんやそれっ」

 マルティンさんはおかしそうにゲラゲラ笑った。

 「ほんでアンタ、大森林のどこに行きたいん?」
 「……大森林のどこ……?」
 「ほれ、ボコニャック村とかリディ村とかあるやん? ……えっ? 知らんの? アンタどこに何しにいくん?」
 「実はそんなにアテはなくて……。前に会った狼の獣人の方が大森林の出身で治療魔法師がいたらなって言っていたので、じゃあ行ってみようかな、と」

 私の話を聞いたマルティンさんは目を瞬かせて、

 「そんな理由で来たん!? 観光? あんな大森林の中でも奥の奥、なんもないで?」
 「いや、できれば住みたいなって」
 「移住!? いやいやいや、なんで!?」
 「えっと、いろいろあって……」

 自分がジルタニアで問題を起こした人間かもしれないから逃げてきた、なんて言えるはずもなく。濁した言葉の先をマルティンは追求しないでくれた。

 「狼族の人らが住んでるんはカニス村や。治療魔法師は大森林の入り口の村にしかおらんから歓迎されるとは思うけど。言葉も分からんのに大丈夫か?」

 不安しかない。でも行ってみてダメならまた考えればいい。

 「旅の間、この国の言葉を教えてください」
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