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新婚バカップルとその弟
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北塵藩、西蓮藩、どちらにもまだまだ言い分は在れど、御前での決闘の決着はつき、皇の判断は下された。それは絶対であり、誰にも反論は許されない。
塵六実は無実であるとして釈放され、釈放されたその日に、西蓮藩藩主、蓮二葉の治療に加わりたいと申し出て、その申し出は、藩主代理、蓮西條によって受け入れられた。蓮二葉は六実の治療を受けて即日目を覚まし、自らも妹の無実を信じていること旨、周囲に宣言したのだった。実行犯の男は、まだ捕まっていない。
それについて北風は義兄に尋ねた。義兄は藩屋敷の露台で柵にもたれ、皇都の景色を見下ろしていた。北風は後ろからそれに歩み寄り、隣に並んで、一緒に景色を眺めた。
「──結局、何人も間に人を噛ませた上で、足がついても構わないような流れ者を雇ったんでしょう? 義兄さん」
「さて、なんのことだか」
今更しらばっくれるそのしれっとした顔を、北風はじとっと睨んだ。
「あなたが本気で二葉殿を殺す気だったなら、確実に二葉殿は死んでいたでしょう。殺す気はなかったのだとしたら──本当に、姉上を陥れる気だったのですか」
「まさか」
晴臣は露台の柵に背を持たれて空を見上げる。
「御前での決闘で、俺が西蓮藩を打倒し、妻の無実を訴えて、ついでに西蓮藩の民への非道の数々をぶちまけてやるつもりだった。西蓮藩の名は地に落ち、六実は『大神官』への階を上がる。──が、おまえのおかげで、脚本は随分変わってしまったよ。西蓮藩の次期藩主も、修行を経て変わったようだ。藩内政治の改革を考え始めているらしいと噂だな。これは、対立するより協調する方針に切り替えたほうが良さそうだ」
「──神にでもなったおつもりですか」
「違うな」
義兄はにんまりと笑った。
「俺は、皇になりたいんだ」
北風は、目を丸くして義兄を見る。初めて見る男のような気がした。
「皇都の直轄軍で、色々見てきたよ。貴族だけを優遇し、民を切り捨てる皇族達。善良な民が流民となり、迫害されていく。──今の政は腐っている。俺が頂点に立ち、それを変えたい」
北風は、かつて寒凪が語った言葉を思い出した。
『あいつが大義を捨てていないというのなら──あいつは、その大義のために、何であろうと利用し、どんなことでもするだろう』
どうやら、そのとおりらしい。義兄はいまだ大義を抱き、そのためなら何でもする気でいるのだ。
北風はため息をついた。北風には、とうてい、この国を変えようなどという野心は持てない。目の前の北塵藩の民を守ることで精一杯だ。それもきっと、いろんな人の力を借りなければいけないだろう。
修行を通して、流民達の窮状は伝わってきた。いつか正式に藩主の座についた時、北風もまた、その問題に取り組むだろう。だがそれは、独りで皇の座につくなんて方法ではない。南瀬や東丸、それに西條も。修行で出会ったみんなと協力して、それを為すのだ。
その時、この義兄が敵となるのか、味方となるのか。なんにせよ、今まで通りには気の許せない相手だ。──だが、どうにも、憎む気持ちが湧いてこない。
ただ沈黙して、露台に二人並んだ二人を、六実が迎えに来た。
「お昼ごはんの用意ができましたよ。皆で食べましょう」
その顔には、いつもどおりの人好きのする笑顔が浮かんでいる。義兄は両腕を広げて六実に歩み寄った。
「おお、美しき我が妻。君と昼餉をともにできる喜びをまた味わえるなんて、俺はなんて幸せものなんだ」
「まぁ、晴臣さんたら……北風の前で、照れてしまいますわ」
姉もまた染めた頬を両手で覆い、大いに照れてみせる。
北風はそれを呆れ顔で見つめ──そして、姉に問うた。西蓮藩との決闘の前、義兄に囁かれた言葉についてだ。
「姉さん。本当なんですか? ──今回のこと、姉上も最初から徹頭徹尾ご存知だったというのは」
六実は目を丸くした。
「あら、晴臣さん、話しちゃったの?」
「ああ、我が可愛い義弟君に俺だけ嫌われるのは、あまりに悲しいからね」
どの口が言うか。呆れながらも、確認だけはしなければならない。
「姉さんが『大神官』になりたいとは思いません。暗殺未遂なんて行為も、あなたにはそぐわない。いったいなぜ、義兄さんに協力なんかしたんです」
六実は少し困った顔で首を傾げた。
「確かに、『大神官』の座に興味はないし、二葉兄上に恨みもないのだけど──私は晴臣さんが皇になるのに協力する、そういう約束だから。それが理由ね」
「約束? それだけで? 姉さんは、暗殺未遂の犯人にされたかもしれないんだよ!?」
流石に北風が声を荒げると、六実は悪戯っぽい笑みを浮かべて、晴臣を見上げた。
「あら。そんなことにはならないわ。皇になるには、皇族の血が必要。それを持たない晴臣さんには、私という、皇族の血を引く妻が、どうあっても必要なんだもの」
それに晴臣も笑顔を返す。
「それは君も一緒だろう? 戦いの苦手な君にとって、北風が成人するまで、北塵藩を外敵や内部の敵から守るためには、俺という武力が必要だ。俺たちは、そのために協力し合っている──もちろん、愛し合ってもいるわけだけどね、誰より美しく可愛い人」
「そうね、愛しているわ、晴臣さん。誰より強くたくましい人」
笑顔で見つめ合い、愛を語る二人。
──だが、その絡まり合う眼差しに、バチバチと弾ける何か別のもの──互いの思惑のぶつかり合いが感じられるのは、北風の気のせいではなかろう。
どうやら北風は、今後も永遠に、この新婚バカップル夫婦に悩まされる運命のようだ。
修行に出る前とは、まったく違った意味になってしまったが。
北風は二人から顔を背けて、皇都の街を見渡した。
涼やかな風が吹いて、北風の髪を揺らし、頬を撫でる。
ああ後で南海藩の藩屋敷に南瀬を訪ねに行こうと、そう決める。あの御前試合を経ても、南海藩にはまだ彼の敵が多い。今回のことで、北塵藩藩主としての名を広めた北風が彼の友人として振る舞えば、少しは力になれるかもしれない。
──そんなことを考えた自分は、やっぱりこのはた迷惑な夫婦の弟なのかもしれないと、北風は少しばかり自己嫌悪に陥ったのだった。
塵六実は無実であるとして釈放され、釈放されたその日に、西蓮藩藩主、蓮二葉の治療に加わりたいと申し出て、その申し出は、藩主代理、蓮西條によって受け入れられた。蓮二葉は六実の治療を受けて即日目を覚まし、自らも妹の無実を信じていること旨、周囲に宣言したのだった。実行犯の男は、まだ捕まっていない。
それについて北風は義兄に尋ねた。義兄は藩屋敷の露台で柵にもたれ、皇都の景色を見下ろしていた。北風は後ろからそれに歩み寄り、隣に並んで、一緒に景色を眺めた。
「──結局、何人も間に人を噛ませた上で、足がついても構わないような流れ者を雇ったんでしょう? 義兄さん」
「さて、なんのことだか」
今更しらばっくれるそのしれっとした顔を、北風はじとっと睨んだ。
「あなたが本気で二葉殿を殺す気だったなら、確実に二葉殿は死んでいたでしょう。殺す気はなかったのだとしたら──本当に、姉上を陥れる気だったのですか」
「まさか」
晴臣は露台の柵に背を持たれて空を見上げる。
「御前での決闘で、俺が西蓮藩を打倒し、妻の無実を訴えて、ついでに西蓮藩の民への非道の数々をぶちまけてやるつもりだった。西蓮藩の名は地に落ち、六実は『大神官』への階を上がる。──が、おまえのおかげで、脚本は随分変わってしまったよ。西蓮藩の次期藩主も、修行を経て変わったようだ。藩内政治の改革を考え始めているらしいと噂だな。これは、対立するより協調する方針に切り替えたほうが良さそうだ」
「──神にでもなったおつもりですか」
「違うな」
義兄はにんまりと笑った。
「俺は、皇になりたいんだ」
北風は、目を丸くして義兄を見る。初めて見る男のような気がした。
「皇都の直轄軍で、色々見てきたよ。貴族だけを優遇し、民を切り捨てる皇族達。善良な民が流民となり、迫害されていく。──今の政は腐っている。俺が頂点に立ち、それを変えたい」
北風は、かつて寒凪が語った言葉を思い出した。
『あいつが大義を捨てていないというのなら──あいつは、その大義のために、何であろうと利用し、どんなことでもするだろう』
どうやら、そのとおりらしい。義兄はいまだ大義を抱き、そのためなら何でもする気でいるのだ。
北風はため息をついた。北風には、とうてい、この国を変えようなどという野心は持てない。目の前の北塵藩の民を守ることで精一杯だ。それもきっと、いろんな人の力を借りなければいけないだろう。
修行を通して、流民達の窮状は伝わってきた。いつか正式に藩主の座についた時、北風もまた、その問題に取り組むだろう。だがそれは、独りで皇の座につくなんて方法ではない。南瀬や東丸、それに西條も。修行で出会ったみんなと協力して、それを為すのだ。
その時、この義兄が敵となるのか、味方となるのか。なんにせよ、今まで通りには気の許せない相手だ。──だが、どうにも、憎む気持ちが湧いてこない。
ただ沈黙して、露台に二人並んだ二人を、六実が迎えに来た。
「お昼ごはんの用意ができましたよ。皆で食べましょう」
その顔には、いつもどおりの人好きのする笑顔が浮かんでいる。義兄は両腕を広げて六実に歩み寄った。
「おお、美しき我が妻。君と昼餉をともにできる喜びをまた味わえるなんて、俺はなんて幸せものなんだ」
「まぁ、晴臣さんたら……北風の前で、照れてしまいますわ」
姉もまた染めた頬を両手で覆い、大いに照れてみせる。
北風はそれを呆れ顔で見つめ──そして、姉に問うた。西蓮藩との決闘の前、義兄に囁かれた言葉についてだ。
「姉さん。本当なんですか? ──今回のこと、姉上も最初から徹頭徹尾ご存知だったというのは」
六実は目を丸くした。
「あら、晴臣さん、話しちゃったの?」
「ああ、我が可愛い義弟君に俺だけ嫌われるのは、あまりに悲しいからね」
どの口が言うか。呆れながらも、確認だけはしなければならない。
「姉さんが『大神官』になりたいとは思いません。暗殺未遂なんて行為も、あなたにはそぐわない。いったいなぜ、義兄さんに協力なんかしたんです」
六実は少し困った顔で首を傾げた。
「確かに、『大神官』の座に興味はないし、二葉兄上に恨みもないのだけど──私は晴臣さんが皇になるのに協力する、そういう約束だから。それが理由ね」
「約束? それだけで? 姉さんは、暗殺未遂の犯人にされたかもしれないんだよ!?」
流石に北風が声を荒げると、六実は悪戯っぽい笑みを浮かべて、晴臣を見上げた。
「あら。そんなことにはならないわ。皇になるには、皇族の血が必要。それを持たない晴臣さんには、私という、皇族の血を引く妻が、どうあっても必要なんだもの」
それに晴臣も笑顔を返す。
「それは君も一緒だろう? 戦いの苦手な君にとって、北風が成人するまで、北塵藩を外敵や内部の敵から守るためには、俺という武力が必要だ。俺たちは、そのために協力し合っている──もちろん、愛し合ってもいるわけだけどね、誰より美しく可愛い人」
「そうね、愛しているわ、晴臣さん。誰より強くたくましい人」
笑顔で見つめ合い、愛を語る二人。
──だが、その絡まり合う眼差しに、バチバチと弾ける何か別のもの──互いの思惑のぶつかり合いが感じられるのは、北風の気のせいではなかろう。
どうやら北風は、今後も永遠に、この新婚バカップル夫婦に悩まされる運命のようだ。
修行に出る前とは、まったく違った意味になってしまったが。
北風は二人から顔を背けて、皇都の街を見渡した。
涼やかな風が吹いて、北風の髪を揺らし、頬を撫でる。
ああ後で南海藩の藩屋敷に南瀬を訪ねに行こうと、そう決める。あの御前試合を経ても、南海藩にはまだ彼の敵が多い。今回のことで、北塵藩藩主としての名を広めた北風が彼の友人として振る舞えば、少しは力になれるかもしれない。
──そんなことを考えた自分は、やっぱりこのはた迷惑な夫婦の弟なのかもしれないと、北風は少しばかり自己嫌悪に陥ったのだった。
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