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8『フェミニンボブの謎』
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真夏ダイアリー
8『フェミニンボブの謎』
「あら……!?」
夕べ、仕事から帰ってきたお母さんの第一声が、これだった。
「え、どうかした?」
作り置きのおでんに火を点けながらわたし。
「ううん……あんまりバッサリ切っちゃったもんだから」
「痛んでたから、思い切って……」
と、味の浸みた大根をフーフー。お母さんは、竹輪麩をフーフ-。
「その、スタイルは、真夏のリクエスト……?」
「ううん。わたしは『トリートメントして、ボブにしてください』ってだけ」
「じゃ、大谷さんの仕業(しわざ)ね」
「仕業……?」
お母さんは、つまんだばかりのコンニャクを落っことした。
「あ、そうだ。今日グラビアの撮影で、サンプルのコートもらったの。真夏にピッタリだと思って」
お母さんは、袋から、カーキのパーカーブルゾンを出した。
わたしは、並の女の子みたいなフリフリやら、モテカワ系には興味がない。どちらかというとマニッシュなものをザックリって方。いま愛用のピーコートは中二から、かなり乱暴に着ていたので、そのくたびれようは少し気にはしていた。お母さんも気にしていてくれたようだ、いろんな意味でね。
あとは、省吾がやった、映画評論のタクラミの話なんかに花が咲いた。
花っていえば、ジャノメエリカが、一輪花をほころばせていた。うちは、引っ越し以来、お花が長持ちしない。
『花って、一方的に愛情をくれるの……だから、受け取る側が、吸い取り紙みたいになっていたら、花は愛情注ぎすぎて早く萎びてしまうのよ』
花屋のおばさんの言葉が蘇る。このエリカは長生きさせなくっちゃ。
「うわー、切っちゃたんだ!」
穂波の第一声。
穂波は、今時めずらしくアイドルなんかには興味がない。一度クラスの女の子でエグザイルの話なんかしてたら。
「え、ザイル? 山にでも登んの?」
この天然ボケで分かるように、穂波は山岳部に入っている。もっともマン研と兼部だから、「マッターホルン目指します」てな入れ込みようではない。ポップティーンなんか見て、アーダコーダとチャラチャラとファッションに凝るような子じゃないけど。潔いポニーテールは、えもいえず可愛い。で……。
だから「うわー、切っちゃたんだ!」には、好意的な響きが籠もっている。
今日は、テストのできも上々だった。
カッキ――――ン!
玉男のヘナチョコ球でも、バットの真芯に当たって、ショートのバックに決まると気持ちが良い。
「真夏が、そんな球打つなよ!」
省吾はプータレながら、ボールを追いかけた。
「まあ、このへんにしとこうよ」
玉男が内股でヘタリながら白旗をあげる。気づくと、省吾も玉男も寒さの中で湯気をたてていた。
わたし的には、もう十球ぐらい打ち込みたかったんだけど、テスト中なので、おしまい。
「省吾、あんた企んだでしょ?」
自販機のホットレモンティーのボタンを押しながら聞いた。
「なんの、ことだよ?」
「シラバックレんじゃないわよ。学院の江ノ島クン」
「ああ、あいつ感動してただろう」
ちなみに、我が校では、自分の学校を「乃木坂」あるいは「乃木高」という。乃木坂学院のことは、単に「学院」。こういうとこにも、プライドとコンプレックスが現れている。けど、省吾には、それがない。省吾の頭には、個人の高校生の有りようという基準だけがあって、学校のラベルだけで妙な気持ちを持ったりしない。それが、省吾の良いトコでもあるし、シャクに障るトコでもある。
「なんで、無断で、人の感想文回すのよ」
「だって、公開前提の感想文だぜ。江ノ島はオレの文学仲間だし、あいつも純粋に感想文に感動してたんだぜ。そうだったろう?」
「でも、無断で写真送る?」
「写真なんて、送ってねえよ。真夏の特徴はメールしたけど」
「でも、わたしが学校出たタイミングなんか教えたでしょ!?」
「つっかかんなよ。単に『野球終わった』とだけメールしただけ。で、渋谷のジュンプ堂行かねえかって……あ、あいつ、断ってきたと思ったら、駅で真夏のこと待ち伏せしてたんだ」
「すごい、江ノ島クンていったら、学院でも人気のイケメンよ。あたし会いたかったなあ」
玉男が感動してしまった。
「まあ、悪いやつじゃなかっただろ?」
「うん、まあ、それはね。でもね、でもさ……わたしの特徴って、どんな風に書いたのよ!?」
「だいたいの身長。カバンの特徴……」
「それから?」
「あ……ヘアースタイル」
「セミロングの爆発頭って、そんなにいないもんね」
「だから切ったのよ。文句ある、玉男!?」
「ないない、とても似合ってる……」
玉男の後の言葉は、目の前を走ってきたダンプの騒音で聞こえなかった。
まあ、玉男のお世辞なんかどうでもいい。
わたしたちは、昨日省吾が行き損ねた渋谷のジュンプ堂に付き合うことにした。こんなことばっかやってるから、成績伸びないのは分かってるんだけど。わたしは、基本的に人恋しい人なので、つい付いていってしまう。
手ぶらがいいので、渋谷のコインロッカーに、三人分のカバンをぶち込んだ。
わたしはパーカー付きブルゾン一枚はおって、お気楽にジュンプ堂を目指した。
見たい本がそれぞれ違うので、待ち合わせ時間だけ決めて、三人好きなコーナーに散っていった。
わたしは、文庫の新刊書をざっと見たあと、ガラにもなくファッション雑誌のコーナーに寄った。お母さんがくれたパーカー付きブルゾンがどれだけのものか見てやろうと思ったのだ。
お母さんは、グラビアの撮影のサンプルとか言ってたけど、わざわざ買ってきてくれたんじゃないかと感じていた。あまり高いモノだと気が引ける。ファッション雑誌をペラペラとめくる。
あったー!
思わず声が出た。わたし好みのマニッシュなモデルさん達が、アグレッシブに着こなして並んでいた。
プライスは、思っていたほどには高くなく、ガックリするほど安くもなかった。そのホド良さにニヤニヤしていたら、隣の芸能誌を見ていた女子高生が声をかけてきた。
「小野寺潤さんじゃ、ないですか……?」
8『フェミニンボブの謎』
「あら……!?」
夕べ、仕事から帰ってきたお母さんの第一声が、これだった。
「え、どうかした?」
作り置きのおでんに火を点けながらわたし。
「ううん……あんまりバッサリ切っちゃったもんだから」
「痛んでたから、思い切って……」
と、味の浸みた大根をフーフー。お母さんは、竹輪麩をフーフ-。
「その、スタイルは、真夏のリクエスト……?」
「ううん。わたしは『トリートメントして、ボブにしてください』ってだけ」
「じゃ、大谷さんの仕業(しわざ)ね」
「仕業……?」
お母さんは、つまんだばかりのコンニャクを落っことした。
「あ、そうだ。今日グラビアの撮影で、サンプルのコートもらったの。真夏にピッタリだと思って」
お母さんは、袋から、カーキのパーカーブルゾンを出した。
わたしは、並の女の子みたいなフリフリやら、モテカワ系には興味がない。どちらかというとマニッシュなものをザックリって方。いま愛用のピーコートは中二から、かなり乱暴に着ていたので、そのくたびれようは少し気にはしていた。お母さんも気にしていてくれたようだ、いろんな意味でね。
あとは、省吾がやった、映画評論のタクラミの話なんかに花が咲いた。
花っていえば、ジャノメエリカが、一輪花をほころばせていた。うちは、引っ越し以来、お花が長持ちしない。
『花って、一方的に愛情をくれるの……だから、受け取る側が、吸い取り紙みたいになっていたら、花は愛情注ぎすぎて早く萎びてしまうのよ』
花屋のおばさんの言葉が蘇る。このエリカは長生きさせなくっちゃ。
「うわー、切っちゃたんだ!」
穂波の第一声。
穂波は、今時めずらしくアイドルなんかには興味がない。一度クラスの女の子でエグザイルの話なんかしてたら。
「え、ザイル? 山にでも登んの?」
この天然ボケで分かるように、穂波は山岳部に入っている。もっともマン研と兼部だから、「マッターホルン目指します」てな入れ込みようではない。ポップティーンなんか見て、アーダコーダとチャラチャラとファッションに凝るような子じゃないけど。潔いポニーテールは、えもいえず可愛い。で……。
だから「うわー、切っちゃたんだ!」には、好意的な響きが籠もっている。
今日は、テストのできも上々だった。
カッキ――――ン!
玉男のヘナチョコ球でも、バットの真芯に当たって、ショートのバックに決まると気持ちが良い。
「真夏が、そんな球打つなよ!」
省吾はプータレながら、ボールを追いかけた。
「まあ、このへんにしとこうよ」
玉男が内股でヘタリながら白旗をあげる。気づくと、省吾も玉男も寒さの中で湯気をたてていた。
わたし的には、もう十球ぐらい打ち込みたかったんだけど、テスト中なので、おしまい。
「省吾、あんた企んだでしょ?」
自販機のホットレモンティーのボタンを押しながら聞いた。
「なんの、ことだよ?」
「シラバックレんじゃないわよ。学院の江ノ島クン」
「ああ、あいつ感動してただろう」
ちなみに、我が校では、自分の学校を「乃木坂」あるいは「乃木高」という。乃木坂学院のことは、単に「学院」。こういうとこにも、プライドとコンプレックスが現れている。けど、省吾には、それがない。省吾の頭には、個人の高校生の有りようという基準だけがあって、学校のラベルだけで妙な気持ちを持ったりしない。それが、省吾の良いトコでもあるし、シャクに障るトコでもある。
「なんで、無断で、人の感想文回すのよ」
「だって、公開前提の感想文だぜ。江ノ島はオレの文学仲間だし、あいつも純粋に感想文に感動してたんだぜ。そうだったろう?」
「でも、無断で写真送る?」
「写真なんて、送ってねえよ。真夏の特徴はメールしたけど」
「でも、わたしが学校出たタイミングなんか教えたでしょ!?」
「つっかかんなよ。単に『野球終わった』とだけメールしただけ。で、渋谷のジュンプ堂行かねえかって……あ、あいつ、断ってきたと思ったら、駅で真夏のこと待ち伏せしてたんだ」
「すごい、江ノ島クンていったら、学院でも人気のイケメンよ。あたし会いたかったなあ」
玉男が感動してしまった。
「まあ、悪いやつじゃなかっただろ?」
「うん、まあ、それはね。でもね、でもさ……わたしの特徴って、どんな風に書いたのよ!?」
「だいたいの身長。カバンの特徴……」
「それから?」
「あ……ヘアースタイル」
「セミロングの爆発頭って、そんなにいないもんね」
「だから切ったのよ。文句ある、玉男!?」
「ないない、とても似合ってる……」
玉男の後の言葉は、目の前を走ってきたダンプの騒音で聞こえなかった。
まあ、玉男のお世辞なんかどうでもいい。
わたしたちは、昨日省吾が行き損ねた渋谷のジュンプ堂に付き合うことにした。こんなことばっかやってるから、成績伸びないのは分かってるんだけど。わたしは、基本的に人恋しい人なので、つい付いていってしまう。
手ぶらがいいので、渋谷のコインロッカーに、三人分のカバンをぶち込んだ。
わたしはパーカー付きブルゾン一枚はおって、お気楽にジュンプ堂を目指した。
見たい本がそれぞれ違うので、待ち合わせ時間だけ決めて、三人好きなコーナーに散っていった。
わたしは、文庫の新刊書をざっと見たあと、ガラにもなくファッション雑誌のコーナーに寄った。お母さんがくれたパーカー付きブルゾンがどれだけのものか見てやろうと思ったのだ。
お母さんは、グラビアの撮影のサンプルとか言ってたけど、わざわざ買ってきてくれたんじゃないかと感じていた。あまり高いモノだと気が引ける。ファッション雑誌をペラペラとめくる。
あったー!
思わず声が出た。わたし好みのマニッシュなモデルさん達が、アグレッシブに着こなして並んでいた。
プライスは、思っていたほどには高くなく、ガックリするほど安くもなかった。そのホド良さにニヤニヤしていたら、隣の芸能誌を見ていた女子高生が声をかけてきた。
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