魔法少女マヂカ

武者走走九郎or大橋むつお

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256『トキワ荘』

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魔法少女マヂカ

256『トキワ荘』語り手:マヂカ  




 やっぱりトキワ荘や。

 え? トキワ荘? どこに? ええ?


 ノンコの呟きには戸惑うような声しか返ってこない。

「霞がかかったようで、よく見えませんね」

 用心のために、パッカードもフォードもブレーキがかかった。

「松本、前照灯を点けてみろー!」

 フォードの窓を開けて高坂侯爵が声をあげる。

 ピカ!

 ライトを点けて音がするわけはないんだけど、なんとか状況を把握したいという気持ちが、そう感じさせる。

「屋並みが見えます」

 ハンドルにもたれかかる様にして松本運転手。パッカードでもフォードでも息を飲む気配がする。

 靄の中に屋並みのシルエットが浮かぶんだけど、影絵のように重なって、個々の家を判別することができない。

「あれ、ほら、あの屋根の重なり具合はトキワ荘やし!」

 誰も分からないのに業を煮やして、ノンコが車を降りる。

「ほら、あそこやし!」

「典子さん、危ないです!」

 松本運転手が運転席を下りると、みなも、ノンコと松本運転手に倣うように車を降りる。

「ほら、右側の、こっち向いて出っ張ってるんが玄関で、ちょっとバルコニー風になってて、二階と一階に二つずつ窓が……あそこが手塚治虫の部屋で、隣が石ノ森章太郎、藤子不二雄……」

 ノンコが描写するにしたがって、トキワ荘のデテールがはっきりしてくる。

「簡素なアパートだな」

 侯爵が感想を言うと、デテールの進行が止まってしまう。

「ノンコのお父さんも、ここに住んでらっしゃったの?」

「取り壊しになる前、ほんのちょっとね。ほら、二階の左端、共用の台所でね、窓のすぐ下が流しになってて、夏になったら流しに水溜めて、お風呂代わりの行水とかやっててんて」

「まあ」

 霧子が感心すると、二階の窓から水道の水音と嬌声が聞こえてくる。

「今風ではないが、質素ながら勢いを感じるなあ……」

 聞こえるはずもないのに、ペンを走らせる音やラーメンをすする音、原稿の仕上がりを待って編集者が切らす痺れの音、アイデアを出すために叩かれたり絞られたりする頭の音まで聞こえてくるような気がする。

「梁山泊のような気迫だ」

「モンマルトルの丘のような」

「湯気が立つような熱気」

 みんなが感想を言う度に、トキワ荘は実態を増していき、周囲の家並や風景は霞んで、完全に背景になってしまう。

「ここに居た人たちは、みんな立派な漫画家になったの?」

「ほんの一握り、お父さんも、ずっと神主と兼業やったし……たくさんの実らへんかった努力と作品が、このアパートの下には眠ってる……」

 ノンコの父も、その一人だったのだろう、ノンコの目には光るものがある。


 しかし、待て。


 トキワ荘は、戦後、昭和も二十年代に建ったものだぞ。西暦で言えば1950年代……

 それが、なぜ、大震災直後の東京に? 関東大震災直後の大正12年は1923年だぞ。

 ゴゴ ゴゴゴゴゴゴ

「キャーー!」

「ウワ!」

「地震か!?」

 つい何十日か前に大震災を経験したばかりなので、みんなの恐怖が共鳴し増幅されて、強直な侯爵でさえ、地面に伏し、松本運転手も腰を抜かしてしまい、箕作巡査は無意味にサーベルを抜き放つ。

「見て、あれを!」

「トキワ荘が……!」

 ドドド! ゴゴゴゴ! ゴオオオオオオ!

 なんと、木造二階建てのトキワ荘が地響きを立てて、上に伸び、横に広がって、あれよあれよという間に、暗黒の城塞のように変貌してしまった! 



※ 主な登場人物

渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 
野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令
渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
ガーゴイル        ブリンダの使い魔

※ この章の登場人物

高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 
春日         高坂家のメイド長
田中         高坂家の執事長
虎沢クマ       霧子お付きのメイド
松本         高坂家の運転手 
新畑         インバネスの男
箕作健人       請願巡査

 
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