29 / 30
029『生麦事件・1』
しおりを挟む
勇者乙の天路歴程
029『生麦事件・1』
※:勇者レベル4・一歩踏み出した勇者
やっぱり居た!
いや、居たどころの騒ぎではない。生麦村に続く街道沿いの田畑、あぜ道、林の際、鎮守の境内、沿道の百姓家の庭先などに結構な人間が集まっている。
さすがは幕末に屈指の雄藩として名をはせた薩摩の大名行列。在地の百姓や町人、街道をゆく旅人たち、数は少ないが横浜居留地の外国人たちも混じって行列が通りかかるのを待っている。
待ってはいるが、みな、この時代の作法を心得ていている。街道よりも高いところで待っている者はいない。
田畑やあぜ道は街道の路面よりも低く、普通に立っていれば見下ろすというような無作法なことにはならない。人家の二階や屋根や築地の上から覗くような者も居ない。わんぱく盛りが二三人木に登ろうとしていたが、周囲の年かさたちに叱られて降りていく。外国人たちも、そういう日本人の作法を見て笑いながらも倣っている。
「この分なら大丈夫なんじゃないですかねえ」
白兎が楽観的なことを言う。
「課長代理、姫の事以外はいい加減じゃない?」
スクナが意地悪を言う。
「そ、そんなことはない!」
「そう? なんか緊張感なくない?」
「ないよ! そうでなきゃ、裏街道をここまで全力疾走なんかしないよ!」
そう、我々は始まりの村を通過している大名行列を避けて、裏街道を駆けに駆けてここまで来たんだ。行列が差し掛かるには、もう少しありそうだ。
「ちがう! もう始まっているぞ!」
ビクニが駆けだした。
「ビクニ!」
来たばかりの裏街道を駆け戻る!
裏街道は表街道に並行しているわけではない、いま駆け抜けてきたところは弓形になっていて、二つ目の張り出しを過ぎたところで混乱が見えて来た。
馬に乗った四人の英国人が行列を縫って先に行こうとしている。
そうだ、英国人たちは散歩のついでに大名行列を見物しようとしたんだ。
当然、先触れの侍は「脇へ寄れぇぇぇぇ…………」と声を上げながら進んでくる。言葉は分からずとも、避けるか退避すべきと思うはず。
しかし、彼らは、そのまま行列を遡行するように進んでしまい、久光の籠近くまで近づいた。
お供の薩摩藩士の殺気にようやく怖気を振るって馬首を逆さにして戻ろうとし行列を乱してしまう。
産婆と飛脚以外は横断してはいけない大名行列を乱してしまったのだ。それも、日本一勇猛で知られた薩摩の行列だ!
チェストー!
薩摩示現流の裂ぱくの声が聞こえたかと思うと、一丁先の行列の中で血しぶきが上がった!
ヒヒーーン! ウワァアア! キャーー! オオ!
人馬の悲鳴と雄たけびが響く!
「英国人たちを助けるぞ!」
叫びながら走った。
生麦事件では死者二名負傷者一名が出て大騒ぎになる。英国は、この事件の損害賠償を求めて明くる年には薩英戦争が起こる。
いや、誤解のために起きようとしている惨劇、今なら間に合う。
止めなければ!
☆彡 主な登場人物
中村 一郎 71歳の老教師 天路歴程の勇者
高御産巣日神 タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
ビクニ 八百比丘尼 タカムスビノカミに身を寄せている半妖
原田 光子 中村の教え子で、定年前の校長
末吉 大輔 二代目学食のオヤジ
静岡 あやね なんとか仮進級した女生徒
ヤガミヒメ 大国主の最初の妻 白兎のボス
スクナ ヤガミヒメの新米侍女
因幡の白兎課長代理 あやしいウサギ
029『生麦事件・1』
※:勇者レベル4・一歩踏み出した勇者
やっぱり居た!
いや、居たどころの騒ぎではない。生麦村に続く街道沿いの田畑、あぜ道、林の際、鎮守の境内、沿道の百姓家の庭先などに結構な人間が集まっている。
さすがは幕末に屈指の雄藩として名をはせた薩摩の大名行列。在地の百姓や町人、街道をゆく旅人たち、数は少ないが横浜居留地の外国人たちも混じって行列が通りかかるのを待っている。
待ってはいるが、みな、この時代の作法を心得ていている。街道よりも高いところで待っている者はいない。
田畑やあぜ道は街道の路面よりも低く、普通に立っていれば見下ろすというような無作法なことにはならない。人家の二階や屋根や築地の上から覗くような者も居ない。わんぱく盛りが二三人木に登ろうとしていたが、周囲の年かさたちに叱られて降りていく。外国人たちも、そういう日本人の作法を見て笑いながらも倣っている。
「この分なら大丈夫なんじゃないですかねえ」
白兎が楽観的なことを言う。
「課長代理、姫の事以外はいい加減じゃない?」
スクナが意地悪を言う。
「そ、そんなことはない!」
「そう? なんか緊張感なくない?」
「ないよ! そうでなきゃ、裏街道をここまで全力疾走なんかしないよ!」
そう、我々は始まりの村を通過している大名行列を避けて、裏街道を駆けに駆けてここまで来たんだ。行列が差し掛かるには、もう少しありそうだ。
「ちがう! もう始まっているぞ!」
ビクニが駆けだした。
「ビクニ!」
来たばかりの裏街道を駆け戻る!
裏街道は表街道に並行しているわけではない、いま駆け抜けてきたところは弓形になっていて、二つ目の張り出しを過ぎたところで混乱が見えて来た。
馬に乗った四人の英国人が行列を縫って先に行こうとしている。
そうだ、英国人たちは散歩のついでに大名行列を見物しようとしたんだ。
当然、先触れの侍は「脇へ寄れぇぇぇぇ…………」と声を上げながら進んでくる。言葉は分からずとも、避けるか退避すべきと思うはず。
しかし、彼らは、そのまま行列を遡行するように進んでしまい、久光の籠近くまで近づいた。
お供の薩摩藩士の殺気にようやく怖気を振るって馬首を逆さにして戻ろうとし行列を乱してしまう。
産婆と飛脚以外は横断してはいけない大名行列を乱してしまったのだ。それも、日本一勇猛で知られた薩摩の行列だ!
チェストー!
薩摩示現流の裂ぱくの声が聞こえたかと思うと、一丁先の行列の中で血しぶきが上がった!
ヒヒーーン! ウワァアア! キャーー! オオ!
人馬の悲鳴と雄たけびが響く!
「英国人たちを助けるぞ!」
叫びながら走った。
生麦事件では死者二名負傷者一名が出て大騒ぎになる。英国は、この事件の損害賠償を求めて明くる年には薩英戦争が起こる。
いや、誤解のために起きようとしている惨劇、今なら間に合う。
止めなければ!
☆彡 主な登場人物
中村 一郎 71歳の老教師 天路歴程の勇者
高御産巣日神 タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
ビクニ 八百比丘尼 タカムスビノカミに身を寄せている半妖
原田 光子 中村の教え子で、定年前の校長
末吉 大輔 二代目学食のオヤジ
静岡 あやね なんとか仮進級した女生徒
ヤガミヒメ 大国主の最初の妻 白兎のボス
スクナ ヤガミヒメの新米侍女
因幡の白兎課長代理 あやしいウサギ
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
『伯爵令嬢 爆死する』
三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。
その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。
カクヨムでも公開しています。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる