上 下
12 / 161

12『エスパー・ミナコ・7』

しおりを挟む
みなこ転生・12
『エスパー・ミナコ・7』       



「ジーンの様子はどうだ!?」

 GHQから、宿舎にしているアメリカ大使館に着くまで、マッカーサーは平然としていた。
「閣下、どちらまで?」
 そう聞いてきた警備司令にも軽口をたたいていた。
「ジーンの犬が風邪をひいたんで、ドラッグストアまで」
 車の中では無言だった。
 いつものサングラスに、コーンパイプだが、煙は出ていない。

 で、大使館の居住スペースに着いて、軍医を見つけると、食いつかんばかりの近さで聞いた。いや、怒鳴った。
「今朝、わたしを見送るまでは元気にしていたではないか! いったい……」
 最後の言葉は、ベッドの上のジーン夫人の姿を見て飲み込まれてしまった。
「閣下以外は部屋から出てくれ」
 軍医の言葉で、ジーン夫人の部屋は、ドクターと大尉階級のナースが残っただけである」
「ジーン、もう大丈夫だ、わたしがいるからな」
「わたしのことなんて……お仕事が大事だわ」
「今は、これが一番の仕事なんだ。あとのことはホイットニーがうまくやってくれる。GHQは、わたし一人が抜けても機能するように作ってある」
「……でも、あなた」
「まあ、何日もというわけにはいかんがね、GHQの最高司令官の頭を髪の毛以外正常に保つのが、ジーンの大事な仕事だからね。つまり……わたしはGHQの一番大切な仕事をしているわけだ。気に病むことはないよ。なあに、慣れない日本で疲れが出たんだろう。いや、思ったより元気だ。こんなに話もできるし。ゆっくり休みなさい」
「閣下……」
「ああ、分かった。ちょっと心配性の軍医殿を安心させてくるよ」 

「ケリー、どういうことだ、あの様子はただ事じゃない!」

 ジーンの寝室から二つ離れた部屋で、マッカーサーは軍医のケリー大佐に詰め寄った」
「心臓がとても弱っています。今は、量を加減しながら強心剤を打っていますが、正直言って、奥様の心臓は八十代の後半です」
「そりゃ、ジーンの母親の年齢だ。病院に搬送は出来ないのか?」
「病院まで、持たせる自信がありません……正直、今夜が山です」
「そこまで……」
 マッカーサーはGHQの最高司令官としてではなく、妻の突然な死病になすすべのない、ただの初老の男として、ソファーにくずおれた。

――閣下、お話があります――

 ミナコの声が、直接心に飛び込んできた。
 声に誘われ、マッカーサーは廊下に出た。廊下にミナコが立っていることを不思議に思った。
「わたしも、マッカーサーの一族。成り立てですけど」
「ああ、そうだったな」
 ミナコの不思議な優しさに、マッカーサーは自然に頷いた。
「サングラスの視力を良くしておきました。それで、もう一度奥さんを見て上げてください」
「部屋の中で、これじゃ……いや、そうしてみよう」

 三十秒で、マッカーサーは戻ってきた。

「あいつは、誰だ? ジーンの枕許にいる薄汚い奴は!?」
「サングラスを外すと見えなくなるでしょ?」
「ああ、つまみ出そうとしたが、手応えがなかった」
「あれは、死神ですから」
「死神……?」
「あいつが、奥さんの枕許に居る限り、奥さんは今夜中には亡くなります」
「なんとか、ならんのか?」
「わたしに任せていただけますか?」
「悪魔払いでもやろうってのか。ミナコはエクソシストか!?」
「そんな、力はありません。ただ死に神を騙すことは出来るような気がするんです」
「……任せよう。ただし看護婦のジェシカは同室させるよ」
「ジェシカさん、少々のことでは驚いたりしませんよね?」
「大戦中は、ずっと最前線にいた奴だ。かわいい顔をしているが、平気で男の手足を切り落とせる奴だ」
「じゃ、それでけっこうです」

 このミナコは、オリジナルな湊子ではない。しかし、その同質な意識を十分に持っていた。具体的な方法は見つからなかったが、何とかなるだろうという、根拠のない楽観があった。もう四五十年先なら、立派なアイドルになれたかもしれない。

 ミナコは、ゆっくりと部屋に入り、看護婦のジェシカと目を合わせた。

 この人となら、上手くやれそう。ミナコは、そんな気がした……。

しおりを挟む

処理中です...