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21『プリンセス ミナコ・3』

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時かける少女・21 
『プリンセス ミナコ・3』       

 


 まさか自衛隊の駐屯地で、お祖母様に会うことになるとは思わなかった。

 信太山駐屯地のゲートには、なぜか日の丸が二つも掲げられていた。車が近づくと頃合いの風が吹き、二つの旗が翩翻と翻った。

「あ、日の丸とちがう」

 そう、一つの旗は、白地に赤い五角形で、真ん中に王冠があしらってある。遠目には日の丸と区別がつかない。それがミナコ公国の国旗であることは、ネットで検索済みだ。

「あのう……大谷ミナコと申します。お祖母ちゃんから、ここに来るように言われたんですけど……」
「大谷ミナコさんですか……」

 門衛の隊員さんは、ミナコの見かけにたじろいだ。首から下は普通の女子高生だが、顔はどう見ても欧米人、青い目にブロンド。でも、表情や佇まいは、どうも日本人で、言葉にも大阪弁の訛りがある。

「お祖母様のお名前は?」
「ええと……」

 ミナコが、メモ帳を出して、長ったらしいお祖母ちゃんの名前を確認している最中に、軍服いっぱいに勲章やら徽章やら金の肩ひもやらぶら下げた巨漢が現れて、直立不動の敬礼をした。

「これは、ジュリア・クルーゼ・アントナーペ・レジオン・ド・ヌープ・ミナコ・シュナーベ女王陛下の孫殿下であらせられ、故ジョルジュ・ジュリア・クルーゼ・アントナーペ・レジオン・ド・ヌープ・ミナコ・シュナーベ皇太子の王女であらせられるミナコ・ジュリア・クルーゼ・アントナーペ・レジオン・ド・ヌープ・ミナコ・シュナーベ姫。わたくしは侍従武官長のクルス・ド・ダンカン大佐であります! お待ち申し上げておりました!」

 い、いらっしゃいませ~(^_^;)

 ミナコは、つい昨日までやっていたコンビニ店員さんの挨拶をしてしまった。

「きょ、恐縮であります『曹長、車のご用意!』」
『アイアイア、サー!』

 大佐のおかげで、自衛隊の隊員さんまで気を付けになってしまった。

 ほんの五百メートルほどをリムジンはしずしずと進み、自衛隊の儀仗隊一個小隊が前後に付いた。

 駐屯地のグラウンドまで来ると、向こうから、凄いスピードで戦車がやってきて、リムジンの近くで前のめりになって急停車した。

 グガーッ! ブルンブルンブルン……

 ガチャリ

 で、ドライバーズハッチから出てきたのが、なんと、戦闘服に身を包んだお祖母様であった!

「さすが、自衛隊の装甲戦闘車。機動性がいいですね、ガンポートの死角も少なそうで、十両ばかり譲っていただけないかしら?」
「は、申し訳ございません。我が国には武器輸出三原則が、ございまして……」
「そうだったわね、残念ですが防衛大臣。お国の決まりじゃ仕方ありませんね」

『陛下、王女がこられました』

『ダンカン、まだ、この子は決心したわけではありません。ミナコ・オオタニです。防衛大臣、どこか二人で話せるお部屋、貸していただけません』
「承知いたしました。連隊長、ご案内を」
「ハ!」

 二人は、応接室に通された。お祖母様の態度がそっけないのには少し驚いたミナコだった。

「会いたかったわ、ミナコ! ジョルジュに……大昔のわたくしにそっくり!」

 ガバ!

 お祖母様は、ドアを閉めるなり抱きついてきた。で、体のあちこちを触られるのには閉口するミナコであった。

「あ、あ……お会いできて光栄です……ウッ!」

 やっと教えられた挨拶の頭の部分を言ったとき、思わず悲鳴をあげるところだった。両手でムンズとお尻を掴まれてしまった。

「この形、この張り。これが、わがミナコ王家の女の証し……ちょっと小ぶりだけど」
「あ、首から下は、お母さん似なんです」
「奈美子さんの体を触ったことは無いけど、わたくしは、あきらかにミナコは、我が王家の血を引いていることを確信します」
「ええ、子どものころから、外人だって……良くも悪くも言われました」
「そう、苦労したんでしょうねえ……」
「でも、あたしはお母さんの娘ですから。ケセラセラです」
「そう、そうね、奈美子も、そう言って、赤ちゃんのミナコを連れて日本に帰っていったわ……」

 女王は、祖母として寂しさを隠さずに言った。目に光るものがあった。

 ミナコはウルっときた。

「そして、お母さんが愛した、お父さんの娘でもあるんです……」
 
 不覚にも、ミナコは想定外の言葉を口にした……。

「あなたを、ぜひ、わたくしの後継者として国に迎えたいの」
「あ……でも、日本には武器輸出三原則があります」
「ミナコは、武器なの?」
「はい……ミナコ公国には、この上ない武器になる。そうとちがいますか?」
「あなたは賢い、思った以上です。女王の役割は大変です。いつも国の内外から尊敬され、愛されていなければなりません」
「お祖母様、あたしに、そんなこと……」
「そう、どうしてもダメだったら、断ってくれてもいい……でも、ミナコがわたくしの孫であることは消せない事実。例え悪魔に魂を売り渡してもよ、ミナコ……」

 女王の、両の目に涙が溢れた。でも、今度は気持ちを抑えている。その時間を計ったようにドアがノックされた。

「陛下、お時間です」
「分かっています」

 ダニエルが入ってきた。今まで、ずっと部屋の外にいたんだろうか。ミナコは意識もしていなかった。

「今度は、領事館の方にでも来てちょうだい。会えて良かったわ」
 女王は軽くハグすると、他の侍従といっしょに行ってしまった。
「ほら、ミナコ、今日のお土産」
 ダニエルは気楽に、包みを放り投げた。感触から本だと分かった。
「ずいぶん乱暴やねんね」
「決まるまでは、ただの友だちの娘だ。いや、オレたちが、もう友だちかもな。じゃ、また」

 ミナコは、往きと同じようにJRの関西本線で家に帰った。

 ふとポケットに手を入れると小さなメモが入っていた。

「ああ、これか『やまのちゅうい』 さあて、信太山は鬼門筋だったかな……」

 そのメモは、高校に入ったころからポケットにあった。なんだか謎めいているので捨てられずに持っている。
 それを、ポケットにしまい込み、ボンヤリ生駒山を見ているところを写真に撮られているとは気づかないミナコであった。

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