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52『正念寺の光奈子・2 正しい間違い方』

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ミナコ転生52『正念寺の光奈子・2 正しい間違い方』         


 昭和二十年四月、前月の大空襲で肺を痛めた湊子(みなこ)は、密かに心に想う山野中尉が、沖縄特攻で戦死するまでは生きていようと心に決めた。そして瀕死の枕許にやってきた死神をハメた。死と時間の論理をすり替えて、その三時間後に迫った死を免れたのだ。しかし、そのために時空は乱れ湊子の時間軸は崩壊して、時のさまよい人。時かける少女になってしまった……今度は、正念寺というお寺の娘の光奈子になった。




 光奈子は最後まで悩んだ。弔辞や、焼香順は、自分ちがお寺なので、簡単に決められたが……。

 最後の送り方が決まらない。

 中学の頃から、卒業式に違和感を持っていた。自分もひなのも。

 中学の時の卒業ソングは、AKBの『GIVE ME FIVE!』だった。前の年が『桜の木になろう』だったので、予想はしていたが、違和感があった。光奈子はAKBは好きだが、卒業式は違うと思った。こういう式には型がある。

 お寺の娘なので、型にこだわるんじゃない。日本人は、結婚式や、お葬式では、実に従順に型に習う。学校でも入学式は国歌斉唱から始まり、校歌の紹介を兼ねた斉唱と型が決まっている。卒業式の歌だけが、毎年ころころ変わって、異質なのだ。

「やっぱ、こういうのいいね」

 中三のお正月にひなのが遊びに来たとき、YOU TUBEで初音未来の『仰げば尊し』を聞いて、ちょっと笑ったが新鮮だった。そこで、『仰げば尊し』で検索し、ある高校が卒業式で歌っているのを見た。みんなが歌っていた。古い映画の『二十四の瞳』のそれは、思わず涙が流れた。

「型というのは、おろそかには出来ないよ……光男やってみな」

 なにやら、アニキに振った。

「もう、勘弁してくれよ」
「いいから、やれ!」

 お父さんが一喝した。で、アニキがしぶしぶやったのを、二人は大笑いした。

「帰命無量寿如来 南無不可思議光……」

 字で書けばあたりまえの正信偈(しょうしんげ)なんだけど、アニキはこれをレゲエ風にやってのけた。さすがに、最初のところで止めたけど、全く大笑い。

「いや、寺にも新しい風をさ。ゴスペルなんかレゲエ風のってあるからさ……」
「今、二人の女子中学生が爆笑した。もう結論だろ」
「まあ……」

 このことがあったんで、卒業式にはこだわりが出てきた。

 AKBでいいんだろうか?

『GIVE ME FIVE!』は、メンバーが、本当に楽器をマスターし、演奏しながらアップテンポで歌って、光奈子も好きだ。たかみなのドヤ顔もイケテルと思った。でも、卒業式には合わないと思った。

 なによりもリリースされたばかりで、覚える時間があんまりなくて、おまけに、これをピアノ伴奏でやるもんだから、なんともチグハグ。

 で、自分たちの高校の卒業式は、『仰げば尊し』『蛍の光』でいきたいもんだと思った。

 葬儀会館と、ご両親はOKだった。問題は学校だった。

「いまどき、そんなもの右翼だと思われるぞ!」

 組合バリバリの学年主任の梅沢先生に反対された。

「おまえらは、知らないかもしれんがな、あの二つの歌には三番以降があってな、軍国主義、帝国主義丸出しの歌なんだぞ」
「三番以降があるのは知ってます。それに対しての意見も持ってます。でも二番まででいいんです。入れさせてください」
「やめとけ、やめとけ」
「じゃ、自由主義的ならいいんですか。それなら『先生』なんて呼び方は、軍国主義どころか、封建主義です。たった今から自由主義でいきます。梅沢さん!」
「う、梅沢さん……おれは先生だぞ!」
「アメリカでも、先生のことはミスター、ミズって呼んでます。『さん付け』が相応しいんじゃないんですか。それに先生というのは、正式には教育職の公務員です。公務員には『さん付け』です」
「しかしなあ、藤井」
「なんですか、梅沢さん?」
「……おれ達は、公務員であり、先生であるという特殊な立場なんだ」
「ああ、教師は、労働者か聖職かって、カビの生えた論争ですね」

 光奈子は、いきなりポンと手を叩いた。

「今鳴ったのは、右手ですか、左手ですか?」
「屁理屈を言うな」
「両手がなきゃ、音は鳴りません。右が聖職者、左が労働者です……という古い言い回しがあります」
「そう、古い言い回しだ」
「実は、片手でも音は鳴るんです」

 光奈子は、右の指を見事に鳴らした。

「右は鳴りますけど、左は利き手じゃないんで鳴りません。梅沢さんは左利きだから右手は鳴らないでしょ?」
「藤井……」
「なんでしょうか、梅沢さん?」
「先生と呼べ、先生と!」

 で、勝負が付いた。

「……ひなのは、ずっと友だちだよ!」

 光奈子は、涙を堪えながら、弔辞を読み終えた。そして付け加えた。

「これから、ちょっと早いけど、ひなのを卒業式で送り出したいと思います。『仰げば尊し』斉唱、みなさんご起立願います」

 同時に、曲の前奏が入り、式場いっぱいの『仰げば尊し』『蛍の光』になった。ご年配の方々や、校長先生は自身の思い出と重なるところがあるのだろう、みんな涙を流していた。現役の仲間達も、曲がスローなので、しっかりついて、歌ってくれた。

「それでは、御出棺でございます。皆様、合掌にてお送りくださいませ」

 パオーーーーーーーーーーーーン

 霊柩車のクラクションが長く伸びて響いた。BGになった『蛍の光』はまだ続いている。すると、仲間達は再び『蛍の光』を歌いだした……!

 どうやら、合掌と合唱を間違えたようだ。

 でも正しい間違い方だと、光奈子は思った……。

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