54 / 161
54『正念寺の光奈子・4・アミダ現る』
しおりを挟む
時かける少女
54『正念寺の光奈子・4・アミダ現る』
光奈子の朝は本堂の阿弥陀さまに御仏飯(オッパン)を供えることから始まる。
オッパンを供えると、お盆を胸に抱えて回れ右。ここまではいつも通りである。小学校の四年生から、この役は光奈子と決められている。
いつもと違うのは、ここでため息をついたことである。
ハアーー
クラブのことが気がかりなのだ。シノッチ先生はああ言ったが、辞めた林田の先生の役を外すと、台本が成り立たない。シノッチ先生も勢いで書き直しを引き受けたが、困っているであろうことは容易に想像できた。明日から三連休。それが過ぎれば、九月も半ば。コンクールまで実質一カ月しかない。だからため息になった。
「ちょっと待ちなよミナコ」
声がした。
え……振り返っても、本堂のどこにも人影はない。
「ここだよ、ここ」
須弥壇の宮殿(くうでん)の中から声……すると、阿弥陀さまが、グーッと大きくなりながら宮殿からお出ましになり、光奈子の前にお立ちになった。
「あ、阿弥陀さま……!」
光奈子は、思わず正座して手を合わせ、お念仏を唱えてしまった。
「そんなカシコマルことはないよ」
気楽に阿弥陀さまは、光奈子の前でアグラをかいた。
「だけども、やっぱり……南無阿弥陀仏!」
「オレは、ミナコのアミダさんだよ」
「へ……」
「人様の手前、こんな伝統的なナリはしてるけどね、本名はअमिताभ Amitābha[amitaabha]」
「へ……」
光奈子は、間の抜けた返事をするしかなかった。
「ええと……無量光仏、無量寿仏ともいって。無明の現世をあまねく照らす光の仏にして、空間と時間の制約を受けない仏であることを示すんだけども、本来なら姿は見えない。だから、これはミナコに見えるための仮の姿。まあ、CGかホログラムみたいなものだと思って」
「ホログラム……初音未来のバーチャルコンサートみたいな?」
「そそ、ただ、この姿はミナコにしか見えないから、そのつもりで。時間も止まってるからね、いつまで喋りあっても時間はたたないから」
なるほど、本堂の時計は止まったままだし、寺の前を駅へと急ぐ通勤通学の人たちの喧噪も聞こえない。本堂の戸を開けてみると、世界がフリーズしていた。
「分かったかな。オレ、ミナコを助けるために出てきたの。ミナコには、その能力と問題があるから」
「能力と問題?」
「こうやって、オレってか、あたしと通じる能力。そしてとりあえずは、ミナコが抱えている問題。今はクラブの台本のことだね」
「うん……なんとかしないと、ひなのも浮かばれないもん」
「ひなのは、もう御浄土に行ったからいいんだよ。ただ、ひなのの気持ちを大切にしてやりたい気持ちは大事だと思う」
「なんか、名案あります?」
「問題は、シノッチ先生も含めて、演劇部の不勉強。部員が何人になろうと、やれる芝居の三つや四つは持っていなきゃ。シノッチ先生も、本書くんだったら、条件に合わせてチャッチャッと書き直す力がなきゃね。そういうとこナイガシロにして、プータレてんのって、ダサイ。だから演劇部って人気がないんだぜ。そもそも……」
「あの、お説教は、またゆっくり聞きますから、なんか対策を」
「スマホで、小規模演劇部用台本ての検索してみな。『クララ ハイジを待ちながら』てのがあるから。主題は、今までの本と同じ。閉じこもって揺れながらも前に進もうって姿と、その道の険しさが両方出てる」
「クララ ハイジを待ちながら……覚えた!」
「よしよし。じゃあ……」
「あの、一つ聞いていい?」
「いいよ。時間は止まったままだから」
「あたしのこと、なんだかカタカナのミナコって呼ばれてるような気がするんだけど?」
「そりゃね、光奈子は、世界中……って、まあ主に日本だけどね、ミナコって名前の子の人生をみんな引き受ける運命にあるからさ。ま、それはいい。光奈子は、いまのミナコを一生懸命生きればいいよ。オレ、あたしのことも、カタカナのアミダさんでいいから。じゃあね」
アミダさんが消えると、街の喧噪と家の日常音がもどってきた。人の世というのは雑音だらけだと光奈子は感じた。
さっそく、朝の支度と通学時間を使って『クララ ハイジを待ちながら』を読んだ。主役のクララは、大変そうな役だけど、面白そうだった。学校に着いたら、昼にでも学校のパソコンで引き直してプリントアウトしなきゃ!
学校の下足室に着くと、知らない女生徒が立っていた。
「これ、印刷して綴じといたから」
その子は、台本が三十冊ほど入った紙袋をくれた。
「あ、あなた……?」
「アミダ、あたしは、をあまねく照らす光の仏って言ったでしょ。しばらく網田美保ってことで、ときどき現れるから。あ、それから、ひなのを跳ねた犯人は、午前中には逮捕されるから」
そう言って網田美保は行ってしまった。
光奈子は、まずシノッチ先生に台本を渡した。
「うん、読ませてもらう。正直、書き直しは進んでないんだよなあ……」
休み時間に、残り三人、碧(ミドリ) みなみ 美香子にも渡し、放課後の部活では、みんな『クララ』を演るつもりになった。
キャストも決まった。クララが碧、シャルロッテがみなみ、ロッテンマイヤーが美香子。で、演出が光奈子に収まった。
「スタッフ足りないから、新入部員掴まえてきた!」
シノッチ先生が、にこやかな顔で入ってきた。すぐ後にピョコンと女生徒が入って来る。
「よろしく。二年B組の網田美保です!」
サッと部室に光が差し込んだようだった。
シャクに障ることに、さっきの倍ほどもカワイくなっていた。
54『正念寺の光奈子・4・アミダ現る』
光奈子の朝は本堂の阿弥陀さまに御仏飯(オッパン)を供えることから始まる。
オッパンを供えると、お盆を胸に抱えて回れ右。ここまではいつも通りである。小学校の四年生から、この役は光奈子と決められている。
いつもと違うのは、ここでため息をついたことである。
ハアーー
クラブのことが気がかりなのだ。シノッチ先生はああ言ったが、辞めた林田の先生の役を外すと、台本が成り立たない。シノッチ先生も勢いで書き直しを引き受けたが、困っているであろうことは容易に想像できた。明日から三連休。それが過ぎれば、九月も半ば。コンクールまで実質一カ月しかない。だからため息になった。
「ちょっと待ちなよミナコ」
声がした。
え……振り返っても、本堂のどこにも人影はない。
「ここだよ、ここ」
須弥壇の宮殿(くうでん)の中から声……すると、阿弥陀さまが、グーッと大きくなりながら宮殿からお出ましになり、光奈子の前にお立ちになった。
「あ、阿弥陀さま……!」
光奈子は、思わず正座して手を合わせ、お念仏を唱えてしまった。
「そんなカシコマルことはないよ」
気楽に阿弥陀さまは、光奈子の前でアグラをかいた。
「だけども、やっぱり……南無阿弥陀仏!」
「オレは、ミナコのアミダさんだよ」
「へ……」
「人様の手前、こんな伝統的なナリはしてるけどね、本名はअमिताभ Amitābha[amitaabha]」
「へ……」
光奈子は、間の抜けた返事をするしかなかった。
「ええと……無量光仏、無量寿仏ともいって。無明の現世をあまねく照らす光の仏にして、空間と時間の制約を受けない仏であることを示すんだけども、本来なら姿は見えない。だから、これはミナコに見えるための仮の姿。まあ、CGかホログラムみたいなものだと思って」
「ホログラム……初音未来のバーチャルコンサートみたいな?」
「そそ、ただ、この姿はミナコにしか見えないから、そのつもりで。時間も止まってるからね、いつまで喋りあっても時間はたたないから」
なるほど、本堂の時計は止まったままだし、寺の前を駅へと急ぐ通勤通学の人たちの喧噪も聞こえない。本堂の戸を開けてみると、世界がフリーズしていた。
「分かったかな。オレ、ミナコを助けるために出てきたの。ミナコには、その能力と問題があるから」
「能力と問題?」
「こうやって、オレってか、あたしと通じる能力。そしてとりあえずは、ミナコが抱えている問題。今はクラブの台本のことだね」
「うん……なんとかしないと、ひなのも浮かばれないもん」
「ひなのは、もう御浄土に行ったからいいんだよ。ただ、ひなのの気持ちを大切にしてやりたい気持ちは大事だと思う」
「なんか、名案あります?」
「問題は、シノッチ先生も含めて、演劇部の不勉強。部員が何人になろうと、やれる芝居の三つや四つは持っていなきゃ。シノッチ先生も、本書くんだったら、条件に合わせてチャッチャッと書き直す力がなきゃね。そういうとこナイガシロにして、プータレてんのって、ダサイ。だから演劇部って人気がないんだぜ。そもそも……」
「あの、お説教は、またゆっくり聞きますから、なんか対策を」
「スマホで、小規模演劇部用台本ての検索してみな。『クララ ハイジを待ちながら』てのがあるから。主題は、今までの本と同じ。閉じこもって揺れながらも前に進もうって姿と、その道の険しさが両方出てる」
「クララ ハイジを待ちながら……覚えた!」
「よしよし。じゃあ……」
「あの、一つ聞いていい?」
「いいよ。時間は止まったままだから」
「あたしのこと、なんだかカタカナのミナコって呼ばれてるような気がするんだけど?」
「そりゃね、光奈子は、世界中……って、まあ主に日本だけどね、ミナコって名前の子の人生をみんな引き受ける運命にあるからさ。ま、それはいい。光奈子は、いまのミナコを一生懸命生きればいいよ。オレ、あたしのことも、カタカナのアミダさんでいいから。じゃあね」
アミダさんが消えると、街の喧噪と家の日常音がもどってきた。人の世というのは雑音だらけだと光奈子は感じた。
さっそく、朝の支度と通学時間を使って『クララ ハイジを待ちながら』を読んだ。主役のクララは、大変そうな役だけど、面白そうだった。学校に着いたら、昼にでも学校のパソコンで引き直してプリントアウトしなきゃ!
学校の下足室に着くと、知らない女生徒が立っていた。
「これ、印刷して綴じといたから」
その子は、台本が三十冊ほど入った紙袋をくれた。
「あ、あなた……?」
「アミダ、あたしは、をあまねく照らす光の仏って言ったでしょ。しばらく網田美保ってことで、ときどき現れるから。あ、それから、ひなのを跳ねた犯人は、午前中には逮捕されるから」
そう言って網田美保は行ってしまった。
光奈子は、まずシノッチ先生に台本を渡した。
「うん、読ませてもらう。正直、書き直しは進んでないんだよなあ……」
休み時間に、残り三人、碧(ミドリ) みなみ 美香子にも渡し、放課後の部活では、みんな『クララ』を演るつもりになった。
キャストも決まった。クララが碧、シャルロッテがみなみ、ロッテンマイヤーが美香子。で、演出が光奈子に収まった。
「スタッフ足りないから、新入部員掴まえてきた!」
シノッチ先生が、にこやかな顔で入ってきた。すぐ後にピョコンと女生徒が入って来る。
「よろしく。二年B組の網田美保です!」
サッと部室に光が差し込んだようだった。
シャクに障ることに、さっきの倍ほどもカワイくなっていた。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる