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62『スタートラック・2』

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ミナコ転生

62『スタートラック・2』         


 

 自動車からタイヤが無くなって100年になる。

 タイヤのない自動車は、それ以前も開発されていたが、反重力エンジンではなく風圧制御によるものであった。巻き上げる風というか空気の量がハンパではなく、街中(まちなか)で使用できるようなものではなかった。主に軍事用に使われていたが、120年前に反重力エンジンが開発され、20年かけて自動車に応用され、今では特別な許可がないと、タイヤ付きの自動車は使えない。まあ、時代劇のロケや、高い付加税が払えるお金持ちの道楽になっている。

 いまミナコが乗っているのは、20年前のホンダの中古車。慣性エネルギーの相殺システムが無く、旋回や上下動のGをまともにうけるので、車酔いしやすく、スピードもそんなには出せない。

「ミナコちゃん、気分悪くなったら言ってね。なるべくやさしい運転はするけど」
「いえ、大丈夫です。でも、大阪までマニュアル運転なんて大変ですね」
「慣れると、今のオート車より扱いやすいわ。こっちの方が、自分の体の一部のようで扱いやすいの。ただ同乗者には苦行を強いるけどね」

 コスモスのスキルは凄かった。東名高速(四代目)に入った時には800㎞になっていたけど、ほとんど加速のGは感じなかった。
 一時間ちょっとで、大阪の八尾空港についた。その間にコスモスはバイトの内容や条件を詳しく伝えてくれた。それも口から発する音声で! なんというアナログ。この24世紀では、ハンドベルト式の端末で瞬時に情報は送れる。
 でも、こうやって会話していると、相手の個性や理解力が高まる。ミナコはコスモスに好意を持った。

「やっぱ、もう3センチはないと、居心地悪いな、ミナコの胸」

 ドッグロイドのポチは、いただけなかった……。

「やあ、ほんま助かるわ。今時AKRの古典音楽に詳しい女子高生なんかおらんもんな」
 船長であり、プロダクションの社長であるジョ-ジ・マークが握手の手を差しのべながら言った。
「AKRのことなら、任してください。彼女たちの現役時代のことなら、まばたきの平均回数まで分かってます」
「火星じゃ、空前のAKRブームらしくてな。もう出来合いのデジタルショ-じゃ満足してくれへん。『恋するフォーチュンクッキー』なんか、大島優子と篠田麻里子のコマネチのタイミングと角度にまでうるさいって凝りようや。並のデジタルメモリーのショーは、すぐに見破られてブ-イング。やっぱり制御は、あんたみたいに詳しい子にリアルタイムでやってもらわならなあ。客の求めてるんは、真のコミュニケーション。よろしゅう頼むで。あ、こいつが助手で、コパイロットのバルス。ドンクサイ奴で大阪弁は、よう喋らんけどな」
「よろしくミナコ。世界で、このファルコンZのオペレートできるのは、ぼくと船長ぐらいのもんだからね」
「宇宙一のジャンクシップだからな」
「ポチ、今度言うたら、オシオキに声帯とったるからな」
「それは、止してよ。キャンキャンワンワンうるさいから」
 コスモスがフォローして、ジャンクシップのファルコンZは火星を目指して離陸した。

 そう、あたしのバイトは、古典芸能の趣味を生かした、デジタルショ-のディレクターだよ。

 文化祭や区民祭りでは、みんなに喜んでもらった。まあ、練馬限定のローカルオタク。でも火星は空前のレトロブーム。それも火星開拓以前の21世紀初頭の文化。AKRやものクロ、乃木坂は、その中でももっともクールだと評判なのだ。

 ミナコの一泊二日、ギャラ6万円のバイトが始まった……。

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