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111《アナスタシア・6》

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てんせい少女

111《アナスタシア・6》       




         
 平和な時代ならオーストリア、ドイツを抜けてフランスに入る。

 しかし、今は第一次世界大戦の真っ最中。列車は支線に入り、クリミアを目指した。革命騒ぎでクリミアは混乱していたが、日本大使の一行なので、なんとか港に呼び寄せていた日本海軍地中海派遣艦隊の駆逐艦榊(さかき)に乗ることが出来た。

「このあたりは連合軍が握ったばかりで、まだ100%安全とは言えません。皆さん方も万一の覚悟はなさってください」

「我々も救けてもらうだけでは心苦しい、役に立つことならなんなりと!」

 艦長の言葉に迫水大使は元気よく答えた。

「小さい駆逐艦ですので、船酔いなさらないように。それだけで十分です」

「それでは気が引ける。私は退役してはいるが海軍大佐だ、随員の中にも5人ほど海軍出身者がいる。ロートルだが哨戒任務ぐらいはこなせる」

「それは心強いです。なんせ駆逐艦なものですから、途中何度も補給しなければなりません。補給中は艦を停止させますので、Uボートにもっとも狙われやすいのです。その時に海上の見張りをしていただければ助かります。ところで、そのお二人のご婦人は?」

「自己紹介します。わたくし大黒有紗と申します、こちら妹の富紗です。ロシア公女の家庭教師をやっていましたが、革命騒ぎで大使に助けていただきましたの」

「ああ、あの女男爵の。お噂はかねがね……」

「ハハ、日本人には見えないというお顔ね。あたしたち母がロシア人なもので見かけはこんなですけど、中身は大和撫子、それも巴御前か山之内一豊の妻を足したぐらいの力はありましてよ」

「それは、失礼いたしました。お二人にとって、この榊、出来うる限り良き海の馬にならせていただきます」

 艦長が慇懃に挨拶するとアリサは返礼するとともに、コルトを取り出し海に目がけて二発撃った。

   パン パン

「な、なにを……!?」

「あそこをご覧になって」

 アリサが指差した海面に二匹のクロマグロが腹を上に浮き上がってきた。

「あれだけあれば、乗組員のみなさんにお刺身たらふく行き渡りますでしょ」

「アリサ、凄い!」

 アナが口笛吹いて感心した。

「で、オサシミって何?」

 ブリッジの一同がずっこけた。で、その夜の夕食は、船の烹炊所で烹炊員と一緒になって、100人分の握りずしと刺身を作った。

「お魚、生で食べるのぉ……?」

 アナは嫌がったが「日本人なら、だれでも食べる」とアリサが言う。

「もう、あたしのこと話してもいいんじゃないの?」

「まだ、ここはクリミアの港。安心はできないの……そうそう、お醤油をちょっとつけてネタを下にして一口で食べる」

「ウ……美味い……けど、オオ(*゚◇゚*)!」

「ごめん、ワサビ効かせすぎちゃった」


 無事にボスポラス海峡とダーダネルス海峡を超えたところで、イギリスの補給艦から補給を受けた。乗組員も大使館員も海上警戒にあたった。
 アリサは、もう30分も前からUボートに気づいていた。なんといっても本性は義体のミナである。百年後の対潜哨戒機並みの探知能力がある。


「兵曹さん、これが12サンチ砲ですか」

「そうです、この弾で撃つんです」

 そう言って兵曹は12サンチ砲弾を持ち上げて見せた。

「これが尾栓ね……」

 易々と尾栓をあけると、砲身の中を覗いた。

「うわー、きれいな筋が何本も螺旋に走ってる!」

「それはライフルと言います。それで弾に回転を与え直進させます」

 アリサは説明を聞きながら砲の照準を決めた。

「九時方向に敵潜、距離800!」

 アリサの叫び声はデッキ中に響いた。

「兵曹、弾を装填。照準ママ、てーっ!」

 アリサが砲術長の声で言ったので、兵曹は条件反射で行動し、潜望鏡深度まで浮上していたUボートを一撃で撃沈した。

「うわー、兵曹さんてかっこいい!」

「いや、それほどでも……」

「今度やるときには、あたしにもやらせてね!」

 オチャッピーのアナが、完全に公女であることを忘れて言った。
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