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126《大和と信濃と・10》
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てんせい少女
126《大和と信濃と・10》
米軍捕虜たちは二度に分けて焼け残った帝国劇場に集められた。
なぜ二度か?
一度に2500もの捕虜を集められる施設が無かったことと、空いた時間で東京大空襲のあとをしっかり目に焼き付けさせるためである。捕虜たちの多くは、一面の焼野原や、まだ片付けられずにいる無数の犠牲者を見て動揺を隠せない者もいた。
「あの焼死体は兵隊ではない。普通の市民だ。あれを見ろ……」
細井中佐が指差した先には、黒焦げの大人と子供の焼死体があった。
「避難中に亡くなった母と子だ。あの二人になんの罪があったのかね……」
「戦争だ、しかたのないことだ」
一人の捕虜が呟いた。
「自分の家族が、ああなって、君は同じことが言えるかね」
「こんなものを見せるために我々を歩かせるのか?」
「君たちを乗せられる自動車は、夕べの爆撃で、みんな焼けてしまった。周りの兵隊たちも君たちを守るために付けている。大人しい日本人だが、少ない護衛で歩かせたら、かれらは黙って君たちを見てはいない」
確かに、街じゅうから感じる無数の視線は刺すように厳しかった。
帝劇に着くと、ラムネ一本ずつが配られた。
「朝食を用意してあげたかったが、空襲で、この様だ。各自持っている携行食で適当にやってくれたまえ。じゃ、客席の明かりを半分に落とす。食べながら見てくれたまえ」
10分ほどで、捕虜たちは朝食を終えた。あちこちでラムネのゲップが聞こえた。
「こんなラムネでも、日本の子供たちは何年も飲んでいない。我々の精一杯のもてなしだ……では小磯総理、お願いします」
陸軍大将の軍装で小磯首相が現れた。大佐の階級章を付けた捕虜が立ち上がって発言した。
「閣下は、朝鮮総督のころ、朝鮮のトラと呼ばれている。トラは侵略的な動物である。その理由をお答え願いたい」
「たぶん、歴代の朝鮮総督のうち、ご覧のとおり私が一番の醜男だ。この顔がトラに似ているからではないかね」
捕虜たちの中から笑い声が起こった。
「お聞きの通り、わたしの英語はすこぶる下手だ。一つだけ約束をして海軍大臣の米内君に替わる。我々には戦時国際法に準じた待遇をしているだけの余裕がない。この一週間あまりで釈放するつもりである」
「また、油と交換にか?」
「嫌なら、国際法に則り、捕虜の交換になる。数か月我慢するかい?」
捕虜は黙ってしまった。そして代わりに米内光正海軍大臣が演壇に立った。
「これから、ハル国務長官とルーズベルト大統領の映像をみてもらう。判断は君たちでやってくれたまえ」
スクリーンに鮮やかな3D映像が現れた。
――最初の一撃は日本にやらせよう。アメリカ人を奮起させるのには絶対必要な出発点だ――
――しかし大統領。日本が12月7日に真珠湾を攻撃するのは分かっています。太平洋艦隊のキンメルに伝えてやらなくてもいいんですか?――
――日本軍の攻撃は正確だ。一般市民に被害が及ぶことはほとんどないだろ。キンメルの名誉はあとで回復してやればいい――
「これが真相なんだ。あとは……」
細井中佐がウェンライト中佐に説明したのと、ほぼ同じ説明をした。捕虜の多くは半信半疑だったが、確実に動揺し始めている。
「ちなみに、夕べの爆撃任務を終えて、なんとかテニアンか硫黄島にたどり着けたのは、50機。実に5/6の喪失だ。君たちが相手にしているのは、今までの日本とは、ちょっと違う。釈放後は君たちの自由だが、戦時国際法では、釈放後の捕虜は、その後の戦闘行為には参加できない。この中には二度目の捕虜になった者もいるだろうが、三度目の釈放は無いと思ってくれたまえ。油との交換を良しとしない者は残ってもらう。行先はアメリカが原子爆弾の投下地に選んでいる街だ」
ええ……!?
捕虜たちの動揺は、さらに広がって行った……。
126《大和と信濃と・10》
米軍捕虜たちは二度に分けて焼け残った帝国劇場に集められた。
なぜ二度か?
一度に2500もの捕虜を集められる施設が無かったことと、空いた時間で東京大空襲のあとをしっかり目に焼き付けさせるためである。捕虜たちの多くは、一面の焼野原や、まだ片付けられずにいる無数の犠牲者を見て動揺を隠せない者もいた。
「あの焼死体は兵隊ではない。普通の市民だ。あれを見ろ……」
細井中佐が指差した先には、黒焦げの大人と子供の焼死体があった。
「避難中に亡くなった母と子だ。あの二人になんの罪があったのかね……」
「戦争だ、しかたのないことだ」
一人の捕虜が呟いた。
「自分の家族が、ああなって、君は同じことが言えるかね」
「こんなものを見せるために我々を歩かせるのか?」
「君たちを乗せられる自動車は、夕べの爆撃で、みんな焼けてしまった。周りの兵隊たちも君たちを守るために付けている。大人しい日本人だが、少ない護衛で歩かせたら、かれらは黙って君たちを見てはいない」
確かに、街じゅうから感じる無数の視線は刺すように厳しかった。
帝劇に着くと、ラムネ一本ずつが配られた。
「朝食を用意してあげたかったが、空襲で、この様だ。各自持っている携行食で適当にやってくれたまえ。じゃ、客席の明かりを半分に落とす。食べながら見てくれたまえ」
10分ほどで、捕虜たちは朝食を終えた。あちこちでラムネのゲップが聞こえた。
「こんなラムネでも、日本の子供たちは何年も飲んでいない。我々の精一杯のもてなしだ……では小磯総理、お願いします」
陸軍大将の軍装で小磯首相が現れた。大佐の階級章を付けた捕虜が立ち上がって発言した。
「閣下は、朝鮮総督のころ、朝鮮のトラと呼ばれている。トラは侵略的な動物である。その理由をお答え願いたい」
「たぶん、歴代の朝鮮総督のうち、ご覧のとおり私が一番の醜男だ。この顔がトラに似ているからではないかね」
捕虜たちの中から笑い声が起こった。
「お聞きの通り、わたしの英語はすこぶる下手だ。一つだけ約束をして海軍大臣の米内君に替わる。我々には戦時国際法に準じた待遇をしているだけの余裕がない。この一週間あまりで釈放するつもりである」
「また、油と交換にか?」
「嫌なら、国際法に則り、捕虜の交換になる。数か月我慢するかい?」
捕虜は黙ってしまった。そして代わりに米内光正海軍大臣が演壇に立った。
「これから、ハル国務長官とルーズベルト大統領の映像をみてもらう。判断は君たちでやってくれたまえ」
スクリーンに鮮やかな3D映像が現れた。
――最初の一撃は日本にやらせよう。アメリカ人を奮起させるのには絶対必要な出発点だ――
――しかし大統領。日本が12月7日に真珠湾を攻撃するのは分かっています。太平洋艦隊のキンメルに伝えてやらなくてもいいんですか?――
――日本軍の攻撃は正確だ。一般市民に被害が及ぶことはほとんどないだろ。キンメルの名誉はあとで回復してやればいい――
「これが真相なんだ。あとは……」
細井中佐がウェンライト中佐に説明したのと、ほぼ同じ説明をした。捕虜の多くは半信半疑だったが、確実に動揺し始めている。
「ちなみに、夕べの爆撃任務を終えて、なんとかテニアンか硫黄島にたどり着けたのは、50機。実に5/6の喪失だ。君たちが相手にしているのは、今までの日本とは、ちょっと違う。釈放後は君たちの自由だが、戦時国際法では、釈放後の捕虜は、その後の戦闘行為には参加できない。この中には二度目の捕虜になった者もいるだろうが、三度目の釈放は無いと思ってくれたまえ。油との交換を良しとしない者は残ってもらう。行先はアメリカが原子爆弾の投下地に選んでいる街だ」
ええ……!?
捕虜たちの動揺は、さらに広がって行った……。
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