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02〔大晦日の明日香〕
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明神男坂のぼりたい
02〔大晦日の明日香〕
夕べのレコード大賞はどこだった?
仕事で見落としたお父さんが聞く。
ええと……え、どこだっけ?
「おい。若年性認知症か?」
いっしゅん焦ったけど、寝落ちしたことを思いだす。
まあ、お母さんが見てたのを視界の端に留めていたって程度なんだけどね。今どきの高校生は紅白なんて見ないし。
でも、紅白をネタに娘と普段は途絶えがちなコミニケーションを計ろうとしたのかも。
だったら申し訳ない(^_^;)
なんか返そうと焦ったら、さっさと諦めて? 呆れて? 表に新聞を取りに行った。
新聞とテレビが情報源……情弱のジジイになるぞ……思っても口には出さない。
うちのTGH高校の演劇部は、自分で言うのもなんだけどレベルは高い。過去三年間地区大会一等賞。で、本選では落ちてくる……その程度には。
今年は『その火を飛び越えて』という東風先生の本をやった。
いつも通り「すごいわ!」「やっぱ、勝てない!」などの歓声が幕が下りると同時におこった。香里奈なんかは「先生、本選は土曜日とってくださいね。わたし、日曜は検定だから」と、早手回しに息巻いていた。
上演後の講評会でも、審査員は「演技が上手い」「安心して観ていられる」などと誉めちぎってくれたけど、審査発表では二等賞だった。
一瞬「なにかの間違い?」というような空気になった。
一等の最優秀賞は、都立平岡高校だった。だけど、歓声も拍手も起こらない。当の平岡の生徒たちも信じられないという顔をしていた。
次の瞬間、会場はお通夜のようになってしまった。
柳先輩が、パンフを見たときの言葉が浮かんだ。
「チ、審査員、浦島太郎……!」
ちなみに柳先輩は、身長160センチのベッピンさんで、けして柄の悪いアンチャンではない。
そのベッピン柳先輩をしてニクテイを言わしめるほどに、劇団東京パラダイスの浦島太郎は評判が悪い。
一昨年の本選で、当時は統合前だった千鳥ヶ淵高校の作品を『現代性を感じない』とバッサリ切った前科がある。現代性が尺度なら古典はおろか、バブル時代の本だってできない。
問題は、いかに作品の中に人間を描きだすか。わたし的にはオモロイ芝居にするかが尺度だよ。
浦島太郎は、こんなことも言った。
「二年前もそうだったけど、なんで、今時こんな芝居するかなあ。バブルの時代の話しでしょ」
平岡高校の時は終戦直後、旧制中学が新制高校に変わるときのお話だったよ。そっちの方が時代性なくね?
ちなみに浦島太郎っていうのはキンタローと同様に験担ぎの芸名。幼稚園の生活発表会で浦島太郎の役をやって当たったんで、そのまんまで、やっている。
もっとも当たったのは、その日の弁当の食中毒で、本人はシャレのつもりでいてる。名前から来るマイナーなイメージには頓着してない……ところが、この人らしい。
我が城北地区には、生徒の実行委員が選ぶ地区賞というのがある。
我がTGH高校は、それの金賞をもらった。通称「コンチクショウ」という。まさに字の通り。
平岡高校は、それの銅賞にも入らなかったよ。
「どうしようもないなあ」
そう言ったら、東風先生に「言い過ぎ!」と怒られた。
腹の収まらないあたしたちは「アドバイスをいただきたい」ということで、浦島太郎を学校にお招きした。
一応相手は、プロで大人だから、礼は尽くす。
「先生の審査の柱は?」「わたしたちに高校演劇として欠けているものは?」「演出の課題は?」「どうやったら先輩たちのように上手くなれるんでしょう?」「高校演劇のありようは?」「道具の使い方のポイントは?」
浦島太郎は「道具を含むミザンセーヌのあり方が……」「演出の不在を感じた」「エロキューションはうちの劇団員よりいい。でも、それだけではね」などと言語明瞭意味不明なことを述べ、あたしらは、ただ「恐れ入る」ということを主題に演技した。
あたしは思った。
ダメだと思ったら落とすための理由を審査員は探す。イケテルと思ったら上げるための理由を探す。審査基準が無いためのダブスタの弊害。
西郷先輩が、帰りの電車で浦島太郎といっしょになった。
「いやあ、君たちのような高校生といっしょに芝居がしたいもんだ」
西郷先輩は、そのままメールでみんなに知らせてくれた。
―― どの口が!? ――
あたしは、そう返した。
なんだか、がんばらなくっちゃという気持ちになって台本を読む。
「明日香、いつになったら部屋片づけのん!?」
お母さんの堪忍袋の緒が切れた。
「あ、今やろうと思ってたとこ」
白々しくお片づけの真似事を始める。
「今から、そんなことしないでよ。ゴミ収集が来るのは年明けの五日だぞ!」
大人は理不尽。
「買い物行ってきて。これリスト」
「ええ、生協で買ったんじゃないの!?」
「それでもいろいろ漏れるの。さっさとしないと昼ご飯ないよ!」
あたしは、玄関でポニーテールが決まっていることだけを確認。
「よし!」
そして、ホームセンターと近所のスーパーをチャリンコで周る。
「ええ……ディスクのRWに電池、ベランダ用ツッカケ……たかが三が日のために、年寄りの正月はたいそうなんだから」
そう思いながら、大事なものが抜けていることに気がついた。
しめ縄がない。
で、気を利かして1000円のしめ縄を買った。
「バカか。うちは喪中でしめ縄なんかできないでしょ!」
お母さんははっきり口に出して、お父さんは背中で非難した。
そうだ、この七月にお婆ちゃん(お父さんのオカン)が亡くなったんだった……。
自己嫌悪で締めくくった大晦日だった。
※ 主な登場人物
鈴木 明日香 明神男坂下に住む高校一年生
東風 爽子 明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
香里奈 部活の仲間
02〔大晦日の明日香〕
夕べのレコード大賞はどこだった?
仕事で見落としたお父さんが聞く。
ええと……え、どこだっけ?
「おい。若年性認知症か?」
いっしゅん焦ったけど、寝落ちしたことを思いだす。
まあ、お母さんが見てたのを視界の端に留めていたって程度なんだけどね。今どきの高校生は紅白なんて見ないし。
でも、紅白をネタに娘と普段は途絶えがちなコミニケーションを計ろうとしたのかも。
だったら申し訳ない(^_^;)
なんか返そうと焦ったら、さっさと諦めて? 呆れて? 表に新聞を取りに行った。
新聞とテレビが情報源……情弱のジジイになるぞ……思っても口には出さない。
うちのTGH高校の演劇部は、自分で言うのもなんだけどレベルは高い。過去三年間地区大会一等賞。で、本選では落ちてくる……その程度には。
今年は『その火を飛び越えて』という東風先生の本をやった。
いつも通り「すごいわ!」「やっぱ、勝てない!」などの歓声が幕が下りると同時におこった。香里奈なんかは「先生、本選は土曜日とってくださいね。わたし、日曜は検定だから」と、早手回しに息巻いていた。
上演後の講評会でも、審査員は「演技が上手い」「安心して観ていられる」などと誉めちぎってくれたけど、審査発表では二等賞だった。
一瞬「なにかの間違い?」というような空気になった。
一等の最優秀賞は、都立平岡高校だった。だけど、歓声も拍手も起こらない。当の平岡の生徒たちも信じられないという顔をしていた。
次の瞬間、会場はお通夜のようになってしまった。
柳先輩が、パンフを見たときの言葉が浮かんだ。
「チ、審査員、浦島太郎……!」
ちなみに柳先輩は、身長160センチのベッピンさんで、けして柄の悪いアンチャンではない。
そのベッピン柳先輩をしてニクテイを言わしめるほどに、劇団東京パラダイスの浦島太郎は評判が悪い。
一昨年の本選で、当時は統合前だった千鳥ヶ淵高校の作品を『現代性を感じない』とバッサリ切った前科がある。現代性が尺度なら古典はおろか、バブル時代の本だってできない。
問題は、いかに作品の中に人間を描きだすか。わたし的にはオモロイ芝居にするかが尺度だよ。
浦島太郎は、こんなことも言った。
「二年前もそうだったけど、なんで、今時こんな芝居するかなあ。バブルの時代の話しでしょ」
平岡高校の時は終戦直後、旧制中学が新制高校に変わるときのお話だったよ。そっちの方が時代性なくね?
ちなみに浦島太郎っていうのはキンタローと同様に験担ぎの芸名。幼稚園の生活発表会で浦島太郎の役をやって当たったんで、そのまんまで、やっている。
もっとも当たったのは、その日の弁当の食中毒で、本人はシャレのつもりでいてる。名前から来るマイナーなイメージには頓着してない……ところが、この人らしい。
我が城北地区には、生徒の実行委員が選ぶ地区賞というのがある。
我がTGH高校は、それの金賞をもらった。通称「コンチクショウ」という。まさに字の通り。
平岡高校は、それの銅賞にも入らなかったよ。
「どうしようもないなあ」
そう言ったら、東風先生に「言い過ぎ!」と怒られた。
腹の収まらないあたしたちは「アドバイスをいただきたい」ということで、浦島太郎を学校にお招きした。
一応相手は、プロで大人だから、礼は尽くす。
「先生の審査の柱は?」「わたしたちに高校演劇として欠けているものは?」「演出の課題は?」「どうやったら先輩たちのように上手くなれるんでしょう?」「高校演劇のありようは?」「道具の使い方のポイントは?」
浦島太郎は「道具を含むミザンセーヌのあり方が……」「演出の不在を感じた」「エロキューションはうちの劇団員よりいい。でも、それだけではね」などと言語明瞭意味不明なことを述べ、あたしらは、ただ「恐れ入る」ということを主題に演技した。
あたしは思った。
ダメだと思ったら落とすための理由を審査員は探す。イケテルと思ったら上げるための理由を探す。審査基準が無いためのダブスタの弊害。
西郷先輩が、帰りの電車で浦島太郎といっしょになった。
「いやあ、君たちのような高校生といっしょに芝居がしたいもんだ」
西郷先輩は、そのままメールでみんなに知らせてくれた。
―― どの口が!? ――
あたしは、そう返した。
なんだか、がんばらなくっちゃという気持ちになって台本を読む。
「明日香、いつになったら部屋片づけのん!?」
お母さんの堪忍袋の緒が切れた。
「あ、今やろうと思ってたとこ」
白々しくお片づけの真似事を始める。
「今から、そんなことしないでよ。ゴミ収集が来るのは年明けの五日だぞ!」
大人は理不尽。
「買い物行ってきて。これリスト」
「ええ、生協で買ったんじゃないの!?」
「それでもいろいろ漏れるの。さっさとしないと昼ご飯ないよ!」
あたしは、玄関でポニーテールが決まっていることだけを確認。
「よし!」
そして、ホームセンターと近所のスーパーをチャリンコで周る。
「ええ……ディスクのRWに電池、ベランダ用ツッカケ……たかが三が日のために、年寄りの正月はたいそうなんだから」
そう思いながら、大事なものが抜けていることに気がついた。
しめ縄がない。
で、気を利かして1000円のしめ縄を買った。
「バカか。うちは喪中でしめ縄なんかできないでしょ!」
お母さんははっきり口に出して、お父さんは背中で非難した。
そうだ、この七月にお婆ちゃん(お父さんのオカン)が亡くなったんだった……。
自己嫌悪で締めくくった大晦日だった。
※ 主な登場人物
鈴木 明日香 明神男坂下に住む高校一年生
東風 爽子 明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
香里奈 部活の仲間
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