明神男坂のぼりたい

武者走走九郎or大橋むつお

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105〔フレキシブル〕

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明神男坂のぼりたい

105〔フレキシブル〕 

                   


「美紀はいけるかもしれんなあ……」

 仲間美紀を見舞った帰り、車の中で笠松プロディユーサーが呟き、クララさんが頷いた。

 いける? なんだろう?


 事務所に帰ると、見舞いに行ったメンバーに市川ディレクターと夏木先生も加わって小会議になった。

「美紀は、どこか吹っ切れた顔をしていた。リストカットに失敗はしたけど、自分の中の何かが吹っ切れた顔になってた。どう思う?」

「わたしは、美紀ちゃん自身分かってないと思いました」

「いちおう安心はしたんだと思います。自分は死ねないという見定めがついたのか、また続けようかという気持ちかは分かりませんけど……」

 クララさんは断定的に言う。あたしは、そこまで言い切る自信は無くて語尾が濁る。

「これは、持っていきようだと思うんだ。こちらの押方次第で、美紀はどちらにでも変わる。どうだろ市川さん?」

「もう一つ勝負に出ますか」

「うん、アイドルグループで、リスカやったのは美紀が最初です。だから、それを乗り越えて続投するのも初めてになります。賭けてみる値打ちはあるかもしれませんね」

「あたしも、それがいいと思います。ここまできた六期生です。他の子たちには、まだまだ伸びしろがあります。美紀を引退させたらイメージダウンだし、みんなのモチベーションにもかなりの影響が出ます」

「そうだよな、ここまで製作費つぎ込んだ……いや、そういうことじゃなくても……」

 笠松さんは、なにやら考えながら顎をなでた。うちは、美紀ちゃんのことより、制作面やマネジメントの方に重心のある話に、ちょっと違和感があった。で、思い切って発言した。

「大事なのは、美紀ちゃんの心だと思うんです。まだ15歳です。美紀ちゃんの心に傷が残らないように考えるのが第一だと思います」

「ちょっと、俺の腕見てくれる?」

 笠松Pは左腕を水平に伸ばして見せた。

 え?

 市川Dは――ああ、それかあ――という顔をしてるけど、わたしとクララさんは、ちょっと驚いた。

 市川Dの左腕は10度ちかく逆方向に曲がってる。

 女の子で、時々逆方向に曲がる子がいるけど、体の柔らかさの証明みたいなもので、まあ、せいぜい5度くらいのもの。それが、五十前の男の人の腕が逆への字に曲がってるのは、ちょっと引いてしまう。

「小一の時に骨折してさ、病院も遠かったりで、途中で治療をやめたんだ。すると、こんな骨の付き方になっちまって」

「おまえ、それで体操部断念したんだったな」

「ああ、その腕じゃ、いずれ大きな怪我をするって先生に言われてなあ。日常生活に支障は無かったけど、人生の選択肢は狭まってしまった」

「美紀もいっしょだって言いたいのか?」

「ああ、医者は普通に日常生活できれば治ったってことになるんだろうけど、美紀の心の大事なところは曲がったままになると思うんだ。美紀は才能のある子だ、それが、ここで妥協したら、人前で自分を表現するのが苦手な子になってしまうと思う」

 人前で自己表現……学校の先生……だんご屋のアルバイト……巫女さんだって笑顔が大事だし……

「まあ、笠松は、そのおかげでこの業界に入ったんだけどな」

「うん、今度のことが、美紀の傷にならずに、将来の道を狭めることにならないように考えてやるべきだと思うんだ。それに、持っていきようによっては、美紀の心も救って、AKRをジャンプさせることもできると思うんだ」

「手記を出そう!」

「手記……そんなの書けるほど、美紀ちゃんは回復してません」

「アシスタントを付けるよ。桃井ってゴーストライターが使えると思います。大阪の奴ですが、明日にでも呼びます」

「よし、その線でいってみよう。明日、夏木さん、美紀のところに行ってくれないかな。全員じゃ多いから選抜から何人か引き連れて」

「了解しました」

 あっという間に話はまとまってしまった。市川ディレクターは、さっそく桃井さんに電話。夏木先生はメンバーに話しにいった。


 明日か明後日かと思ったら、その日の午後には桃井さんがやってきて、早くも全てが動き出した。


「桃井君、これがチームリーダーの明日香、こっちが座長の嬉野クララ。美紀が君に慣れるまで、どちらかをつかせるから、よろしく頼むよ」

「おまかせください。美紀ちゃんの心を癒して、ほんでから、同世代の同じような悩みを抱えてる子たちの心に訴えかけるような手記をものにします。お二人さんとも、どうぞよろしゅう」

 宣言して上げた顔は、どこかで見たことがある……あとでクララさんに言ったら「それなら、ビリケンさんだよ」と言われ、スマホで検索したらなるほどだった。大阪では有名な福の神で、足の裏をさするとご利益があるらしいけど、さすがに「足の裏触らせてください!」とは言う気にはなりません(^_^;)。

 桃井さんは、東京駅から直行して、あたしたちと話している。手許のタブレットには美紀に関する資料がノート一冊分ぐらい入ってた。びっくりしたことには、美紀が今まで住んでた三軒の家の外観、間取り、近所の地図と写真まで入っている。

「いつの間に揃えたんですか!?」

「新幹線には三時間近う乗ってますねんで、無駄にグリーンは乗ってません」

「え、グリーンで来たのか!?」

「はい、領収書」

 渋い顔をして領収書を経理に回す笠松P

「え、弁当代も入ってんのか、それも二つ!」

「文章書くのは頭使いまんねん。頭のエナジーは食いもんでっさかいなあ」

「アハハハハ、さすがは、一流のゴーストライターだな」

 市川Dがノドチンコむき出しで笑う。

「もう、ゴーストライターって言わんとってくださいよ、シンパシーライターです。相手の心に同化して、本人が言葉にならへん思いを文字に起こす仕事です。今度の仲間美紀さんの場合はカウンセラーでもあるつもりでっさかいね」

「ハハ、そうやってギャラ上げようって腹かあ……」

「堪忍してくださいよ、このお二人が変に思うやないですか。確かにぼくは世間でいうゴーストライターです。今のところ、そういうカテゴライズしかないからね。それから、ぼくは、これによって収入も得ている。せやけど考えてねぇ、世の中100%の善意もないけど、100%のビジネスもない。ぼくは、そのバランスはちゃんと取っているつもりだっせ」

 桃井さんは怪しげな圧があったけど、話しているうちに引き込まれていく。美紀やみんなとの二か月半を、いろいろと話した。桃井さんはヘラヘラと聞いてるみたいだったけど、マジになったり笑ったり、美紀のリスカに気づいて助けたくだりは、気づいたら手を握られていて、話終わったら昔からの知り合いのオイチャンみたいになってしまってた。

―― 明日香の世界も、たいがいだな ――

 家に帰ったら、さつきが、苦笑いしながら言う。どうやら、あたしは「乗せられてる」状況かもしれない。

 だけど、これで美紀が立ち直り、メンバーもうまくいったら、それが一番いい。

 あたしも、この業界のフレキシブルに慣らされてきたのかもしれない……。
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