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49『憎たらしさの原因』
しおりを挟む妹が憎たらしいのには訳がある
49『憎たらしさの原因』
里中副隊長は黙り込んだままだ。
スニーカーエイジ、本番の真っ最中に優奈が殺された。まるで蚊を叩き潰すようにして。
直後の甲殻機動隊の動きは早かった。
ハナちゃんを始め高機動車が何台もやってきて、会場の捜索をやるとともに、俺たち関係者をすぐに会場から連れ去った。
顧問の蟹江先生には一枚の保護令状が示されただけだった。
同じ物が、フェリペ、お父さんの職場、お母さんが仕事を請け負っている出版社にも送られたことを、移送中の高機動車の中で伝えられた。
つまり、俺たちは当分世間から隔離されて生きていかなければならなくなった。
俺たちを乗せた十台あまりの高機動車は、会場を出ると、すぐに別々の道を走り出し、目立たないトンネルや脇道に入るとステルスモードになって数秒後には国防軍仕様の高機動車に変身。バラバラのコースで時間差をつけて信太山の国防軍駐屯地に入っていった。
駐屯地内の二カ所の格納庫が地下基地への入り口になっており、俺たちは高機動車ごと地下基地に入っていった。時間を置いて、格納庫からは国防軍の同型の高機動車が現れ、国防軍の日常業務に就いた。これで、たとえ衛星で追尾していても、俺たちの行方は分からないだろう。
俺たちは、居住スペースに案内され、しばらくその共用ラウンジのようなところに留め置かれた。
そのスペースの片隅……里中副隊長は、さっきから黙ったままだ。
一度、ねねちゃんが自分と里中副隊長のリストバンドを繋いで情報を伝えていた。そのとき、ねねちゃんは、我々一人一人の顔も見た。ねねちゃんに同化したことがある俺には、それが全員の健康状態や精神状態をチェックしているのだと分かった。
やがて、壁の一角にスクリーンが現れ、女性隊員が映った。
『副長、解析が終わりました』
「どっちのグノーシスだ?」
『これをご覧下さい』
スクリーンが、もう一面現れた。大阪府内の地図に、十数カ所のドットが点滅している。
「これが、やつらの喪失ポイントだな……レッドが二つ……向こうのグノーシスだな」
『はい、断定はできませんが、双方のグノーシスの共同作戦の可能性があります』
「全員。喪失ポイントで向こうの世界に行ってるな……」
『こちらをご覧下さい。十分前のものです。三カ所向こうからこちらに来た痕跡です。すぐにステルス化したので、現在位置は不明です』
「こちら同様、オフラインで行動しているんだな……」
『新しい動きです』
画面が切り替わった。俺たちの家が映し出され、たった今、そこに二台のタクシーが到着したところだ。
そして、あろうことか、タクシーからは俺と幸子、それにチサちゃん。もう一台には親父とお袋が降りてきた。
「全員義体だな。保護令状はキャンセルされたな……」
『これからボスが全員のマーキングをやりますので、一時画面を切ります』
「うん」
幸子が、パッと喜びの表情になったところで、画面が消えた。
「いったい、何がおこったんですか?」
親父が静に聞いた。
「佐伯さん、落ち着いて聞いて下さい。向こうとこちらのグノーシスの一部が連携して、幸子クンの抹殺にかかりはじめた」
「なんのために……」
「お父さんも、お母さんも薄々気づいておられるだろうが、十年前の事故は、仕掛けられたものです」
「やっぱり……」
「どういうことだよ、十年前って、幸子の交通事故だろ?」
「あ、ああ……」
「わたしが代わりに説明します。太一、君の妹はブリゾン病という難病に冒されていた……ということになっていた」
「なっていた?」
「ああ、本物なら十歳までの致死率は95%。貧血、白血球の減少、突発的な発熱。そういう初期症状は、全てグノーシスのでっち上げだ。信じ込んだご両親にグノーシスは持ちかけた。『娘さんを助ける方法があります』と」
「じゃ、幸子は?」
「この世界がパラレルワールドだということは知ってるね……パラレルワールドを結びつけ、自由に行き来するためには、コネクターという特殊な能力を持った人間が必要なんだ。だいたい五十年に一人、そういう人間が現れる。幸子クンは、その能力を持って生まれてきた。ただ、この力は、両方の世界を結びつけておくだけで、大量の情報や、人間、機材を送る力は無い。双方の歴史が互いに完全ではないのは、このパイプの細さに原因があると、やつらは考えた」
「新潟に原爆が落ちたり、極東戦争が遅れて起こったり……」
「他にも無数な違いがある。向こうの世界ではケネディー暗殺は食い止められている。だが人が思うほど大きく歴史は変わらない。だが、両世界のグノーシスは、幸子クンの能力を高めることで、両世界の交流をマックスにしようとした。そのためには、幸子クンを一度殺し、その能力をコンピューターに移し替え増幅する必要があった。それが幸子クンの義体化だよ」
「幸子……」
幸子は、困ったような顔で俺を見つめていた。
「ただ、その能力を最大に引き出し、安定したものにするためには、皮肉なことに、幸子クンの人間的な感情を回復しなければならない。最初は仮説にすぎなかったが、念のため、幸子クンの脳細胞の一部を残しておいた。太一、君にも大きな力がある。君は、ねねのCPにさえ人間性を与えた。幸子クンの人間性がもどらないのは……」
「ちょっと待ってください……さ、幸子は、そんなことのために……」
言葉を続けようとしたが、これまでに、幸子が被ったあれこれを表す言葉が出てこない。
殺されただけでは言い尽くせない、体だけではなく心までズタズタに切り裂かれ、バラバラにされ、まるでゲーム機をバージョンアップするように書き換えられているんだ。
こんなことをするくらいなら、世界なんて滅んでしまえばいい。
だが、俺のわなないた口は言葉を紡がない。言葉にしたら僅かに残っているかもしれない幸子の心を傷つけるだけだ。
そこで、里中副隊長も言葉を止めた。それに、俺は深呼吸で応えて、その後を幸子が引き取った。
「わたしの人間性が回復したら、二つの世界は重なって……おそらく、両方とも消滅する」
「それも仮説だけどね、可能性はある。グノーシスもそれに気づいて、もしくは、他の理由で、幸子クンの抹殺に乗り出した」
「じゃ、甲殻機動隊のやっていることは……」
「まどろっこしいだろうが、現状の維持。そして現状を維持しながら、幸子クンの人間性を回復させる」
『副長、ボスのマーキングが終わりました』
画像の俺たちの義体の頭上には、義体であることを示すIDが点いていた。
「この映像を見たら、現物の義体を見ても見分けがつきますよ。国防軍全員のCPチップに、これをインストール」
『はい、ただちに』
で、こちらもただちにやらなければならない事が起きた。
幸子が久々のフリーズをおこしてしまったのだ……。
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