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36『そういう31日だから』

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泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)

36『そういう31日だから』 



 イテ!

 不用意に顔を洗ったら痛みが走った。

 オデコの右側が赤く腫れている。

 あ~やっぱなあ。

 小菊が投げた貯金箱がまともにぶつかった跡なんだ。


 夕べのことだ……。


 風呂からあがって部屋に戻ろうとすると、珍しく小菊の部屋のドアが開いていた。ドアは隣り同士なので、自然に部屋の中が見えてしまう。
 
 オ

 思わず声が出てしまった。

 姿見の前で小菊がクルクル回っている。風呂上がりのパジャマじゃなくておニューの制服姿でな。

 で、姿見の中の小菊と目が合ってしまった。

「キャー! このド変態!!」

 で、貯金箱が飛んできて目から火が出た。

 新学期になれば、毎朝毎日人目に晒す制服姿も入学前ではダメらしい。

 でもな、不用意にドアを開きっぱにしとくほうが悪くねーか?

 ほんで、見られたからって「ド変態!!」はねえだろう、それも悲鳴の前奏付きでさ。
 
 小菊の悲鳴に松ネエが部屋から出てきた。階段の所には、途中まで上がって来た親父の首が覗いている。

「そりゃあさ、不安と期待の入り混じったイレギュラーなとこを見られたからだわよ」

 松ネエは二秒ほどで解説すると貯金箱を拾ってドアをノックした。

 階段に目をやると、サッと目線を外して親父の首が消える。会社じゃ有能な中間管理職らしいんだけども、もうちょっと家でも……って思うんだけど口にはしない。


「ね、オデコ冷やした方がよくない?」


 明くる朝、廊下で出会った松ねえは「おはよう」も言わずに顔を寄せてくる。

 冷やしといたほうが良かったかなあ……洗面の前で後悔してるわけだ。

 みっともないので、今日は家に居ることにする。

 桜もほころぶ四月になろうってのになんてこった……そう思ってリビングに行くと、テレビの表示は3月31日だ。

――そうか、3月ってのは大の月だったんだ――

 4月ってのは新年度でもって本格的な春の始まりでもある。だから4月1日ってのはウソみたいに晴れがましい。だからエイプリルフールってか?

 ま、そういう31日だからボンヤリ過ごすことにする。

 ボンヤリと朝のワイドショー、ここんとこ毎日の森供学園問題をやっている。

 俺みたいなのでも、いいかげんに飽きてきた。

 カドイケ夫人のメールが公開されて民民党の藤本さんも名前が挙がったのに、ニュースやワイドショーはどこもスルーしている。

 はんぱな興味なんだけど、あちこちチャンネルを変えてみる。

 変えているうちに、あちこちで桜のニュース。

 明治神宮の桜がアップになったかと思うと、宝塚の合格発表のニュース。

 何十倍もの難関を突破した女の子たちは、みんなキラキラしている。男だけど、このキラキラさは羨ましく思うぞ。

――宝塚おめでとう!――

 なんか、とってもリアルな声が廊下でした。

 すると、ドアが開いて、松ネエが同年配の女の子を招じ入れるところだ。

「あ、こちら従弟の雄一君。ゆう君、こちら高窓紗耶香、あたしの友だち、宝塚に受かって、わざわざ報告に来てくれたのよ!」

「え、あ、あ、おめでとうございます! どうぞお掛けになってください、いまお茶入れますんで」

「どうぞお構いなく」

 高窓さんは、さっきのニュースみたく髪をヒッツメのお団子にして、よく通る宝塚ボイスで挨拶してくれる。

 お茶を出しながら、こっちまで晴れがましい気持ちになる。

 そのうちお袋や祖父ちゃんまで出てきて、リビングはワイドショーのスタジオのような活気になる。

「ようし、こうなったらお祝いだ!」

 祖父ちゃんの発案で寿司富に行くことになる。

「あ、そんな、小松に報告に来ただけですから(^_^;)」

 高窓さんは恐縮する。

「いやいや、商店会の相互扶助、お互いの店を使うことにしてるんでね。相互扶助ても、なんか目的が立たないとね」

 祖父ちゃんは気配りの人だ。

「あんたもどう?」

 お袋が水を向けてくるが、オデコのタンコブを示して辞退する。

 みんなと入れ違いに小菊が帰って来た。

 昨日の今日なので、お互い目も合わさない。階段を上がる音が途中で止まった。

「あ、あのさ」

 思いかけず小菊の呼びかけが降ってくる。

「なんだ」

 顔も上げないで背中で返事する。

「夕べ、その……ごめん……」

 尻尾の方は消えそうな声で、それだけ言うと駆け足で部屋に消えて行った。




☆彡 主な登場人物

妻鹿雄一 (オメガ)     高校二年  
百地美子 (シグマ)     高校一年
妻鹿小菊           中三 オメガの妹 
妻鹿由紀夫          父
鈴木典亮 (ノリスケ)    高校二年 雄一の数少ない友だち
風信子            高校二年 幼なじみの神社の娘
柊木小松(ひいらぎこまつ)  大学生 オメガの一歳上の従姉
ヨッチャン(田島芳子)    雄一の担任


 
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