漆黒のブリュンヒルデ

武者走走九郎or大橋むつお

文字の大きさ
6 / 84

006『武笠ひるで・1』

しおりを挟む

漆黒のブリュンヒルデ

006『武笠ひるで・1』 

 

 

 ゲホッ!!

 

 世界の縁から地獄に転がり落ちたのかと思った。

 したたかに背中を打って、呼吸が出来ない。瞬間に頭を庇ったのは長年の戦いで身に着いた脊髄反射。

 数十秒で呼吸が復活し感覚が戻ってきた。

 戦の中、草原や岩の上を褥(しとね)にすることには慣れている。背中に触れているのは、いくぶん暖かい。

 木の床か……立っていれば腰の高さほどのところをぐるりと窓が取り巻いている。馬ならば縦に二頭は入るか……と言って厩ではない。左右には布張りのベンチが伸びている。なにかを繋ぎ止めるためだろうか、背の高さほどのところ、窓に添ってたくさんの丸い輪がぶら下がっている。

 これは………………電車だ。 

 思い至ると同時に、仰臥した足許の向こうで声がした。

 白だ!

 コラアッ!

 反射的に怒って上体を起こす。ヤベエ! 一声残して前のドアから逃げるガキンチョたち。


 一瞬で記憶が蘇る。


 パソコンが再起動して、中断していたソフトが動き出したみたいだ。

 学校の帰り道、駅の脇に保存されてるデハの中で寝てしまったんだ。シートの上には半分開いた通学カバンからイヤホンが垂れ下がって、お気に入りのゲーム音楽がシャカシャカと漏れている。

 さ、帰るか。

 アイポッドの電源を切ってイヤホンでぐるぐる巻きにして通学カバンを肩に掛ける。

 まっぶしい。

 デハの外は晩秋の午後だというのに、眠りが深かったのか、いささか眩しく感じる。

 

 高校二年の武笠ひるでと姫騎士ブリュンヒルデの意識が同居している。

 ブリュンヒルデの意識が―― 穏やかな異世界だ ――と呟いている。

 

「せんぱ~い!」

 踏切の前に立ったところで声が掛かった。

 後ろの八幡神社の方からひるでと同じ制服が駆けてくる。

 えと……レイアじゃなくて後輩の福田芳子だ。

「デハの中で勉強ですか?」

「と、思ったら寝てしまった」

「だめですねえ、受験のために部活も生徒会も辞めたのに」

「ハハ、ついな。芳子こそ執行部会だったろう?」

「文化祭の総括だけだから、あっという間に終わりました」

「小栗は事務的だからなあ」

 小栗結衣は前期生徒会長を務めた自分の後任だ。有能だけど、余裕と言うか遊びに乏しい。しかし、自分は会長職を辞したばかりだ、批判めいたことは言うまい。

 
 カンカンカンカン

 
 遮断機が下りてきてしまった。

「すいません、わたしが声かけたから」

「いいさいいさ、ちょうど新発売が飲みたかったところさ。持ってろ」

 カバンを預けて、道路わきの自販機に向かう。この秋限定のココアとコーヒーを買う。

「飲み比べてみよう。ホレ」

 ココアの方を投げてやる。どっちにするなんて聞くと芳子は「どっちでも」と面白くない返事をする。決めてかかったほうがいい。

「あ、すみません」

 苦いとか甘いとか芳醇だとかコクだとか、いっぱしの御託を捻っているうちに遮断機が開く。

「あ、ネコがいる!」

 踏切の向こうに白猫が居る。二人で踏切を渡ると、踏切の真ん中ですれ違う。

 一瞬目が合う。

 こいつとは関りがあった気がするのだが……まあいい。

 帰ったら、祖母ちゃんの夕飯の手伝いだ。

 

 こっちのひるでは、気が回っているようで、どこかノンビリ生きているようだ。

 左方向に豪徳寺の森が広がる。武笠ひるでの家は、あの森の向こうだ。

 

 

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

いいえ、望んでいません

わらびもち
恋愛
「お前を愛することはない!」 結婚初日、お決まりの台詞を吐かれ、別邸へと押し込まれた新妻ジュリエッタ。 だが彼女はそんな扱いに傷つくこともない。 なぜなら彼女は―――

処理中です...