漆黒のブリュンヒルデ

武者走走九郎or大橋むつお

文字の大きさ
16 / 84

016『表札をとる女』 

しおりを挟む
漆黒のブリュンヒルデ

016『表札をとる女』 

 

 
 雨が降るぞ。

 思わず言ってしまった。

 

 表に出ると、啓介が掃除しているのだ。

 いつもは、小母さんが家の前を掃いている。

「お、おまえのためだ」

「ほう」

 つい、意地悪な微笑みになってしまう。

「じつはな……」

 思い切り顔を寄せてくる。幼なじみだからの無作法、ちょっとは戻ったか……と思ったら、磁石が反発するように距離を戻す。

 反応で分かる、わたしの匂いだ。シャンプーと十七歳の女の子の匂いにクラっときたんだ。

「早く言え」

 気づかないフリして、こちらから寄せる。

「ひょ、表札が動くのを見たんだ」

「動いただけか?」

「気配が、気配がしたんだ。だれかが、おまえんところの門に近づいて表札に触ってる」

「姿を見たか?」

「いや、気配だけ。気配だけだけど、北の方から来て表札を触ったあとで豪徳寺の方へ行った。夜明け前だ」

「そうか、ありがとう」

 啓介の肩に手を置いて礼を言う。肩越しに玄関が見えて、戸の隙間から小母さんが微笑んでいるのが分かる。

 小さく微笑んで小母さんに挨拶して学校に向かう。

 
 あくる朝、裏の戸口から出て、うちの門が見える角で気配を殺す。

 
 通りの突き当りから滲み出るように人影が現れる。まさに人影、ボーっとしたシルエットだ。啓介は、これを感じたんだ。

 目を凝らすと、モンペに防空頭巾の女だと分かる。

 防空頭巾に隠れて表情までは分からないが、若い女だ。上はセーラー服の上にちゃんちゃんこ、肩にはズックの鞄をかけている……この時代の人間じゃない、妖(あやかし)だ。

 女は、通りに面した家々の表札を見ている。

 わたしの家の前まで来ると、立ち止まって表札に手をかけた。

『……まだ取れない』

 そう言うと、表札を睨んだまま後ずさりして、ため息をついて歩き出した。

 わたしの前を通ると、豪徳寺の方角へ向かった。

「ちょっと待て」 

 声をかけると、ビクッとして振り返る。

「なんで表札をとる」

 ズックの鞄には表札がいっぱい詰まっている。

『欲しいの表札が、貴女の家のを取ったら満願なの』

 意味不明だが、女から受けるオーラは剣呑なものだ。見過ごすわけにはいかない。

「成敗する」

 決心すると、右の手の平に実感。オリハルコンが光をまとって実体化する。

『い、いやあああ』

 オリハルコンを上段に構え、一気に間合いを詰める。

 妖とは言え、一撃で仕留めてやらなければ哀れだ。

 ん?

 胸には、葉書ほどの布が縫い付けてあって、住所、氏名、血液型の項目があるが、いずれも滲んでしまって読めない。

「おまえの名前は?」

『……分からない』

 魂の底が抜けたような声で言う。

 とたんに成敗する気が失せ、オリハルコンが光を失う。

「……名前を付けてやろう」

『ふぇ?』

「お前は、安西信子だ」

『あんざいのぶこ……安西信子なの?』

「そうだ」

『……嬉しい』

 嬉しそうに微笑むと、女は数えきれないほどの光の粒になって空に昇って行った。

 
 数十枚の表札が地面に残され、拾い集めて警察に届けた。

 

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

盾の間違った使い方

KeyBow
ファンタジー
その日は快晴で、DIY日和だった。 まさかあんな形で日常が終わるだなんて、誰に想像できただろうか。 マンションの屋上から落ちてきた女子高生と、運が悪く――いや、悪すぎることに激突して、俺は死んだはずだった。 しかし、当たった次の瞬間。 気がつけば、今にも動き出しそうなドラゴンの骨の前にいた。 周囲は白骨死体だらけ。 慌てて武器になりそうなものを探すが、剣はすべて折れ曲がり、鎧は胸に大穴が空いたりひしゃげたりしている。 仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。 ここは―― 多分、ボス部屋。 しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。 与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる 【異世界ショッピング】。 一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。 魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、 水一滴すら買えない。 ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。 そんな中、盾だけが違った。 傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。 両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。 盾で殴り 盾で守り 腹が減れば・・・盾で焼く。 フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。 ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。 ――そんなある日。 聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。 盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。 ​【AIの使用について】 本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。 主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。 ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

処理中です...