33 / 84
033『西の空』
しおりを挟む
漆黒のブリュンヒルデ
033『西の空』
自殺女を成仏させてやって気が付いた。
ほら、『呪』と『祝』を間違えてたOL。
呪うはずのところを祝ってしまって、死んでも死にきれないで、道端でヘバっていた。
あの女を助けたあと、調子がいいのだ。
一部始終を見ていたスクネ老人も、軽口を飛ばすくらいに機嫌が良かった。
この異世界に来て、かなりの数の妖を名前を付けることで成仏させたり昇天させたりしたが、成仏、昇天させた後、いささか体調が悪くなることが多かった。弱音を吐くのは嫌だったから、祖父母や人に言ったことは無かったがな。
あいつの名前聞かなかったなあ……。
まあいい、調子がいいにこしたことは無い。
学校から帰ると祖父母の機嫌が悪い。
リビングのテレビを見ながら「不見識だ!」「場当たり的すぎる!」とか罪もないテレビにボヤいている。
「なに怒ってるの?」
冷蔵庫のお茶を出しながら声をかけてみる。
「どうすんの、ひるでは!?」
「え?」
矛先が向いてきて、思わずお茶をこぼしそうになる。
「安倍さんがね、またバカなことを!」
「三月二日から、日本中の学校を休みにするって言ってる」
え?
テレビの画面にはアナウンサーやコメンテイターが口角泡を飛ばして、祖父母と同じようなことを言い募っている。
なるほど、新型コ〇ナウイルス対策のため、安倍首相が全国の学校を休校にしてほしいと要請したのだ。
学校では話題になっていなかったから、下校している間に発表されたんだ。
「議会にも掛けないで、横暴よ、思い付き丸出しじゃない」
「要請というのは他人任せに過ぎるだろう、ほんとに安倍晋三という男は」
なんだかボロクソだ。
面白いので、ソファーに座って祖父母とテレビの憤慨を聴いてみる。
長期間休校にするには準備が要る! 子守は誰がするのか! 子守の為に休んだ親の給与保証は!
卒業式が出来ない! 入試はどうする! 病院関係者の親は休めないぞ! 予算の裏付けがない!
みんな好きなことを言っている。
そもそも、この異世界の日本には緊急事態法が無い。
首相として言えるのは『要請』が限度だ。「やるんなら、はっきり言え!」と祖母はまくしたてるが、首相に要請以上の権限が無い。ついこないだまでは『安倍独裁!』とか叫んでいた人が言うべきではないと思うぞ。
しかし、義憤にかられて息巻くことで元気にしているのは、かりそめの孫としても嬉しい。
「あまり血圧上げないようにね」
一声かけて、自分の部屋に向かう。
東南の方角……霞が関のあたりだろうか、そこへ向かって芥子粒のようなものが集まってとぐろを巻き始めている。あれは、日本中から集まっている非難や不満だ。どうやら蟠って積層した黒雲になりそうだ。
安倍首相も苦労なことだ。
『西の空も御覧じろ』
スクネ老人の声がした。
窓に顔を寄せると、電柱の上に老人の姿があった。天狗のように一本足で立って腕組みして西の空を仰いでいる。
部屋の窓からは西の空は見えないので、部屋を出て廊下の窓から窺ってみる。
ああ……
西の彼方の空に禍々しいものが見えた。
世の中のありとあらゆるカビを混ぜて、そいつに命が宿ったものが沸騰するように湧きたっている。
『ご加勢ねがえるか』
え、ひょっとして、あれを退治しようというのか?
『オリャ--!』
老人が跳躍した。直ぐに西の窓からも見えて、スクネ老人は気の早い五月人形のような出で立ちになり、その先に現れたおきながさんといっしょに西の空の彼方に駆け去っていった。
並の妖退治ではないことが始まろうとしている。
部屋に戻ると、祖母が門扉に『安倍政治を許さない!』のポスターを貼りなおしているのが見えた。
とりあえず、我が家は平和だ。
一肌脱がずばなるまいか……。
033『西の空』
自殺女を成仏させてやって気が付いた。
ほら、『呪』と『祝』を間違えてたOL。
呪うはずのところを祝ってしまって、死んでも死にきれないで、道端でヘバっていた。
あの女を助けたあと、調子がいいのだ。
一部始終を見ていたスクネ老人も、軽口を飛ばすくらいに機嫌が良かった。
この異世界に来て、かなりの数の妖を名前を付けることで成仏させたり昇天させたりしたが、成仏、昇天させた後、いささか体調が悪くなることが多かった。弱音を吐くのは嫌だったから、祖父母や人に言ったことは無かったがな。
あいつの名前聞かなかったなあ……。
まあいい、調子がいいにこしたことは無い。
学校から帰ると祖父母の機嫌が悪い。
リビングのテレビを見ながら「不見識だ!」「場当たり的すぎる!」とか罪もないテレビにボヤいている。
「なに怒ってるの?」
冷蔵庫のお茶を出しながら声をかけてみる。
「どうすんの、ひるでは!?」
「え?」
矛先が向いてきて、思わずお茶をこぼしそうになる。
「安倍さんがね、またバカなことを!」
「三月二日から、日本中の学校を休みにするって言ってる」
え?
テレビの画面にはアナウンサーやコメンテイターが口角泡を飛ばして、祖父母と同じようなことを言い募っている。
なるほど、新型コ〇ナウイルス対策のため、安倍首相が全国の学校を休校にしてほしいと要請したのだ。
学校では話題になっていなかったから、下校している間に発表されたんだ。
「議会にも掛けないで、横暴よ、思い付き丸出しじゃない」
「要請というのは他人任せに過ぎるだろう、ほんとに安倍晋三という男は」
なんだかボロクソだ。
面白いので、ソファーに座って祖父母とテレビの憤慨を聴いてみる。
長期間休校にするには準備が要る! 子守は誰がするのか! 子守の為に休んだ親の給与保証は!
卒業式が出来ない! 入試はどうする! 病院関係者の親は休めないぞ! 予算の裏付けがない!
みんな好きなことを言っている。
そもそも、この異世界の日本には緊急事態法が無い。
首相として言えるのは『要請』が限度だ。「やるんなら、はっきり言え!」と祖母はまくしたてるが、首相に要請以上の権限が無い。ついこないだまでは『安倍独裁!』とか叫んでいた人が言うべきではないと思うぞ。
しかし、義憤にかられて息巻くことで元気にしているのは、かりそめの孫としても嬉しい。
「あまり血圧上げないようにね」
一声かけて、自分の部屋に向かう。
東南の方角……霞が関のあたりだろうか、そこへ向かって芥子粒のようなものが集まってとぐろを巻き始めている。あれは、日本中から集まっている非難や不満だ。どうやら蟠って積層した黒雲になりそうだ。
安倍首相も苦労なことだ。
『西の空も御覧じろ』
スクネ老人の声がした。
窓に顔を寄せると、電柱の上に老人の姿があった。天狗のように一本足で立って腕組みして西の空を仰いでいる。
部屋の窓からは西の空は見えないので、部屋を出て廊下の窓から窺ってみる。
ああ……
西の彼方の空に禍々しいものが見えた。
世の中のありとあらゆるカビを混ぜて、そいつに命が宿ったものが沸騰するように湧きたっている。
『ご加勢ねがえるか』
え、ひょっとして、あれを退治しようというのか?
『オリャ--!』
老人が跳躍した。直ぐに西の窓からも見えて、スクネ老人は気の早い五月人形のような出で立ちになり、その先に現れたおきながさんといっしょに西の空の彼方に駆け去っていった。
並の妖退治ではないことが始まろうとしている。
部屋に戻ると、祖母が門扉に『安倍政治を許さない!』のポスターを貼りなおしているのが見えた。
とりあえず、我が家は平和だ。
一肌脱がずばなるまいか……。
0
あなたにおすすめの小説
失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた
しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。
すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。
早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。
この案に王太子の返事は?
王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
いいえ、望んでいません
わらびもち
恋愛
「お前を愛することはない!」
結婚初日、お決まりの台詞を吐かれ、別邸へと押し込まれた新妻ジュリエッタ。
だが彼女はそんな扱いに傷つくこともない。
なぜなら彼女は―――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる