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057『宮の坂の夕陽』
しおりを挟む漆黒のブリュンヒルデ
057『宮の坂の夕陽』
ハアアア……ちょっと衰えているのよ……。
スクネ老人に腰を揉ませながらため息交じりにオキナガさんはこぼす。
世田谷八幡の奥は別次元の神域で、清浄な竹林の中に檜の床どこがあるきりである。
ここに招かれた者の分だけの円座があり、照れ隠しのような几帳の前に紫式部の居所のような畳が二畳。
そこに仰臥して、スクネ老人に腰を揉ませているのだ。
「琥珀浄瓶をやっつければ、元に戻ると思っていたんだけどね……」
琥珀浄瓶は大陸からやってきた不定形な妖怪の総元締めみたいなやつだ。スマホを通じて人の名前を奪っていく。スクネ老人が真っ先に気づき、わたしも久々に漆黒の甲冑を身にまといオリハルコンの大剣をふるったが、互角に戦えたのはほんのつかの間。オキナガさんが本地である神功皇后の姿で自ら琥珀浄瓶の中に飛び込んで、なんとか勝利したのが、やっと桜の花が綻ぶ頃だった。
「ひるでを日本中の八幡宮へ送り出したのは、ほとんど『お疲れさん』のつもりだったのよ……ずいぶん役に立ってもらったから、ちょっと青春してもらったんだけどね……」
「うん、八幡巡りは楽しかったけど、あれって、わたしへの慰労だけじゃないわよね」
「ご明察……日本中の神さまが元気なくてね。ひるでみたいな北欧系の人に行ってもらえば、いい刺激になると思ったのよ」
「実際、先々の八幡さまには好評で……」
マッサージの手を緩めず目配すると、正面に画面が現れ、日本中の八幡宮から来た『ひるで派遣要請』がスクロールされる。
「あ、ハワイ八幡宮があるニャ!」
「ここは、最後にみんなで行こうってとってあるの」
「それは、楽しみにとってあるのかニャ? いっとうしんどい任務なのかニャ?」
「その時にならなきゃ分からないねえ……玉代さん」
「へ、こけおっ(はい、ここにおります)」
「あなたに来てもらったのは、ぶっちゃけ、ひるでと一緒に戦ってもらいたいからなの」
「よかよ、うすうす、そげんこっじゃろうて思うちょった(o^―^o)」
「むろん玉代さん自身のためでもあるのよ。鹿児島のころのままじゃ、力が制御できなくて壊しまくってたでしょ」
「はい……」
「世の中、持ちつ持たれつ。ひるでなら信頼も置けるし、まあ、仲良くやってちょうだい」
「姫、あまり喋ると、解れませんぞ!」
ボキ!
「グ! あとちょっとね。スクネ、腰を重点的にやってくれる?」
「承知!」
グキ!
「グゴ!」
「もう少し、力をお抜きなされませ」
「うん……ひるで……ひるでさん」
「はい?」
「あんたにとっては異世界の日本は病んでいるのよ……ずっと先延ばしにしてきたツケが回ってきたのね……先の大戦じゃ、アイデンテティーや名前まで焼き尽くされた人たちが、妖や物の怪になり始めてる」
「分かってる。名前を取り戻してあげるのね……」
「あんたにはブァルハラでラグナロクに備える任務がある……ここでの仕事は、きっと、その時の役に立つわよ」
「あー、なんだかとってつけたみたいだけど、まあ、がんばるわ」
「玉代さん」
「はい?」
「ちょっと、耳を?」
玉代が耳を寄せると、ヒソヒソ話にしては長い話を耳打ちした。
え、なんで顔が赤くなるんだ?
「ま、そういうことだから、よろしくやってね。しばらく役には立ってあげられないけど、出来る限り助っ人は送るように頼んでおいたから……連絡係はスクネ……よろしく頼んだわよ……」
「「「あ……」」」
玉代とねね子と三人――もうちょっと話が聞きたい――状態のまま、オキナガさんは姿が薄くなる。
消える瞬間、いっしょに消えながらスクネ老人はため息をついた。
安心したようにも仕方がないともとれるようなため息だった。
「さ、家に帰って晩御飯にしもんそか!? お爺どんとお婆どんてっしょん夕食、わっぜ楽しみじゃ! いきましょ、ひるで!」
とりあえず、玉代は元気。
宮の坂を染め上げる夕陽を背に受けて、家路につく俄か又従姉妹の二人だった。
「あ、わたしも居るニャ!」
二人と一匹だった(^_^;)。
「い、一匹は無いのニャ!」
振り向くと、悔しそうにねね子が二人の影を踏んづけていた。
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