漆黒のブリュンヒルデ

武者走走九郎or大橋むつお

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077『貝殻の時計』

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漆黒のブリュンヒルデ

077『貝殻の時計』 

 

 
 気が付くとクロノスの時計店に戻っていた。

 
 狭い店内にはショーケースや壁や天井にまでびっしりと時計が置かれたり掛けられたり、ただでさえ狭いフロアは畳一畳分ほどしかお客のスペースがない。

 そのフロアに出発した時同様に丸椅子に掛けている。

「まあ、初めてだから仕方がないか……」

 クロノスは、わたしの顔も見ないで時計に手をかざした……あれはミッドウェーに転送される直前に見ていた時計だ。

「えい」

 クロノスが小さな掛け声をかけると、その時計は微細なポリゴンのようになって消えてしまった。

「消してしまうのか?」

「滅びた世界だからね……時計自体はスマホ画面のアイコンみたいなものだ。残していても紛らわしいだけさ」

「さて、次は……」

 クロノスは少し視線を彷徨わせて、入り口近くの貝殻の形をした時計を指さした。

「今度は、わたしも付いていくからね」

 
 貝殻時計の文字盤が白く光り、瞬くうちに広がったかと思うと、わたしを包んでしまう。

 フッと立ち眩みに似た浮遊感に襲われた……。

 
 土手道を歩いている。

 少し前を植木職人のようなナリをしたクロノスが歩いている。

 土手道はクロノスと歩いている他に並行して、もう一本高い土手道が走っていて、背の高い方は前方の雑木林の所で曲がっていて、先が見通せない。

「ここは……」

 どこかと訊ねようとしたら、並んで伸びているもう一つの土手が鳴りだした。

 カタン カタン カタン カタン カタン カタン カタン カタン

 なんだか、時計の化け物でも現れそうな気配だ。

「そんなもんじゃない……」

 クロノスの視線を追うと、カタンカタンの音が急速に大きくなってきて、雑木林の横から華奢な蒸気機関車が現れた。

 ポーーーーーーーーーー

 華奢な割には盛大な煙を吐きながら近づいて来て、わたしの前を走っていく。

 石炭の臭いが鼻につき、豪快な風を巻き起こし、八両ほどの客車を牽引して走り去っていく。

「下りの横浜行きさ、もう四十分もすれば上りがやってくる」

「明治時代……か?」

「明治十年かな、西南戦争が終わったころさ……さ、こっちだよ」

 鉄道の土手に気をとられていると、クロノスの声が下から聞こえる。少し手前が下り口になっていて、クロノスはもう下りていたのだ。

 下りていくと『ここより大森村』の道標があって、村の手前にある屋敷の門を潜った。

「この屋敷でなにかあるのか?」

「大したことじゃないよ……」

 屋敷の中に入るのかと思ったら玄関を前にして、横の庭の方へ周って行く。

 庭には農機具の小屋や大八車や名前の分からない農機具が置いてあるほかに、ちょっとした庭園になっていて、そこそこの大百姓の屋敷であるように思われた。

「感じのいい庭だな」

 振り向くと、クロノスは一休みした植木屋の爺さんという風情で庭石に腰掛けてキセルをふかしている。

「ここからが仕事だ」

「なにをするんだ?」

「行水をしてもらう」

「え?」

「そこの盥で行水をしてもらう」

 それだけ言うと、クロノスは蚊やり豚のようにポカっと煙を吐き出した。

 

 
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