せやさかい

武者走走九郎or大橋むつお

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416『母を見送って』

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せやさかい

416『母を見送って』詩(ことは)   





 ほんとうは空港まで見送りに行きたかった。


 でも、宮殿の車寄せで手を振ることで済ませた。

 おとつい、ロンドンで開かれている日本アニメフェスティバルに行くヨリコ王女を見送ったのも、この車寄せだった。

 王女は全英アニメ協会の招きでアニメフェスティバルの主賓で出かけている。

 つまり、ほんの二三日宮殿を離れる人への見送り。

 いってらっしゃい  いってくるね  ただいま  おかえり

 そんなノリで済ませられるようにね。



 見送ったのはお母さん。



 四月に怪我をして腰から下が動かなくなった。その付き添いに日本からやって来て、もう三か月以上も帰っていない。

 うちはお寺だから、坊守(ぼうもり)のお母さんの仕事も多い。ボランティアもやってるし、いちど日本に帰る必要があった。というか、本心は気が気ではなかったはずだ。

 うちのお寺は、檀家の婦人部の活動が活発。その婦人部の人たちをまとめているのはお母さん。家には、さくらと留美ちゃんが居てくれているけど、学校があるし、さくらは声優の真似事も始めたみたいだし。やはり一度戻らなければならない。

 本当は、しばらく来なくていいと思ってる。

 車いすの操作にも慣れたし、少しだけだけど脚の感覚も戻ってきた。完全に元に戻ることはないんだろうけど、これからの人生、このハンデを抱えて生きなければならない。

 女王陛下も「これを機会に、宮殿内のバリアフリーを進めましょう」とおっしゃる。「いえ、いまの設備でも十分です」と申し上げると、「いえ、わたしのためよ」とお応えになる。

 お母さんが留守の間、ソフィーに介添えさせようかともおっしゃったけど、丁重にお断りした。ソフィーは情報部に籍を置きながら近衛への出向ということになっている。ヤマセンブルグは侍従武官に近衛士官を配置している。将来、ヨリコさんが女王になった時にブレーンにさせるため。陛下の気配りは射程距離が長い。



「あ、もうお立ちになった……」



 そのソフィーが車寄せまでやってきた。

「もうしわけない、段取りが悪くて遅れてしまった」

「ううん、いいわよ。本人は直ぐに戻って来るつもりだから」

「コトハさんは、その……自立するつもりなんでしょ?」

「うん、でも、母は――今まで構ってやれなかったのを取り戻したい――と思っていて、それはそれで尊重してあげたいし」

「以心伝心、惻隠の情……どっちだろ?」

「シンパシー、英語にもいい表現があるわ」

「そうね。部屋に戻ろうか?」

「ちょっとお庭を散歩するわ」

「あ、ちょうど紫陽花が良い具合だから、見に行こう」

「お仕事は?」

「三十分は大丈夫」

「じゃあ」

 ウィーン

「ああ、電動になったんだ」

「うん、宮殿は広いから、意地を張らずにね」

 健康のためにも、しばらくは普通の車いすにしようと思ったけど、外に出ることを考えたら、やっぱり電動だ。



 脚を悪くしてから、毎日ベッドを起こしてもらって広大な庭園を眺めていた。



 本を読んだりゲームをしたり、パソコンをやったり。

 でも、少しずつ庭園を眺めている時間が増えて、先月からはヨリコ王女から貸してもらった双眼鏡を使っている。

 双眼鏡で眺めているのも悪くは無いんだけど、やっぱり、一番は自分の足を運んで直接観ることだ。

 花には匂いがあるし、空気や風の流れも間近に寄らなければ分からない。

「わあ、大きい」

 うちの境内にも紫陽花はあるけど、一回り以上大きい。

「こっちではハイドランジアって言うんだけどね、元々は18世紀に日本から輸入したものを品種改良したものなんだ」

「そうなんだ、この子たちのご先祖は日本から来たんだ……」

「あっちには日本から来たばかりの紫陽花もあるよ。大阪の領事館で育てていたやつ」

「わあ、ほんとだ、こっちの子に目を取られて気付かなかった」

 見比べてみると、日本の紫陽花は、どこか慎ましやかで微笑ましい。

 紫陽花は、育て方や土壌によって花の色が変わる。一輪ずつ違うというのではなくて、ポットや花壇ぐるみで色が異なる。それが時間差で変わるので色々あるように見えるんだけど、ここの紫陽花は、株ごとに色が違うように見える。

「庭師の技らしいんだけど、聞いても教えてくれない」

「フフ、国家機密なのかな」

「ハハ、どうだろ」

「花言葉は……旺盛な好奇心」

「え、そうだった?」

「わたしが付けたの」

「そうか、旺盛な好奇心……いいね、普通は『移り気』だからな……なんだか……」

「「さくらを思い出す!」」

 アハハハハ

 同時に同じことを思ったので笑ってしまう。

「年内にウクライナに行く」

「え?」

「戦闘に参加するんじゃない。もう三人亡くなってるからね、陛下もお許しにはならない」

「じゃあ……」

「復興していくプロセスを見るんだ。早晩戦争は山を越えて復興のフェーズになる」

「復興のお手伝いね」

「むろんそうだけど、戦争と戦後の復興は、いわば極限状態の中での国家経営。日本も復興援助の先頭に立つだろうし、そういう一切合切含めての勉強」

「そうなんだ……」

「殿下のお帰りは一日遅れるそうだ」

「そうなの?」

「殿下も向こうのアニメファンも、紫陽花のように好奇心いっぱいだからね。あ、公式には向こうの要請ということになっている」

「フフ、そうなんだ」

「そろそろ時間か……お前たち、もう出てきていいぞ、バンシーとリャナンシー」



 ヒ(;゚Д゚)!?



 可愛い声がしたかと思うと、紫陽花の陰から1/12サイズの真理愛学院生が出てきた。

「わたしの本性は魔法使いだ、ずっと前から見えている」

『知ってる!?』

『ヒギンズの子孫!』

「そう身構えるな。ご先祖のように退治したりしないから」

『ほんと?』

『ほんとか?』

「ああ、それより、名前を付けてもらったんだろ。教えてくれ」

『バン!』

『ナンシー!』

「なんか略しただけみたいだが……うん、親しみが籠った良い名前だ。よろしく頼むぞ」

『お、おお!』

『まかしとけ!』

 アハハハ

 魔法使いと妖精と人間と、ケラケラ笑いながら宮殿に戻る。



 ソフィーは車寄せまで戻ると、きれいに敬礼を決めて衛士詰所に戻って行った。


 入れ違いにヨリコさんから――ごめんなさい、帰りは明日になります――のメールが届いた。

 

☆・・主な登場人物・・☆

酒井 さくら      この物語の主人公  聖真理愛女学院高校二年生
酒井 歌        さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。
酒井 諦観       さくらの祖父 如来寺の隠居
酒井 諦念       さくらの伯父 諦一と詩の父
酒井 諦一       さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる
酒井 詩(ことは)   さくらの従姉 聖真理愛学院大学三年生 ヤマセンブルグに留学中 妖精のバン(バンシー)ナンシー(リャナンシー)が友だち
酒井 美保       さくらの義理の伯母 諦一 詩の母 
榊原 留美       さくらと同居 中一からの同級生 
夕陽丘頼子       さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王女 
ソフィー        ソフィア・ヒギンズ 頼子のガード 英国王室のメイド 陸軍少尉
ソニー         ソニア・ヒギンズ ソフィーの妹 英国王室のメイド 陸軍伍長
月島さやか       中二~高一までさくらの担任の先生
古閑 巡里(めぐり)  さくらと留美のクラスメート メグリン
百武真鈴(田中真央)  高校生声優の生徒会長
女王陛下        頼子のお祖母ちゃん ヤマセンブルグの国家元首
江戸川アニメの関係者  宗武真(監督) 江原(作監) 武者走(脚本) 宮田(制作進行) 
声優の人たち      花園あやめ 吉永百合子 小早川凜太郎  
さくらの周辺の人たち  ハンゼイのマスター(昴・あきら) 瑞穂(マスターの奥さん) 小鳥遊先生(2年3組の担任) 田中米子(米屋のお婆ちゃん)
  
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