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062『油断したロコ』

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巡(めぐり)・型落ち魔法少女の通学日記

062『油断したロコ』   




 ちょっと油断してました……


 自習時間の図書室、広げた新聞のバックナンバーに首を落とすロコ。

「……どうしたのよ?」

「『あしたのジョー』と『巨人の星』をずっと読んでいて……ちょっと新聞はご無沙汰だったんです」

 1970年にもだいぶ馴染んだわたしだけど、リアルなカルチャーにはあまり触れられてない。

 家に帰ったら2023年だからテレビとか見ないし。ネットで調べりゃテーマ曲ぐらいは動画で観られるけど、さすがに『あしたのジョー』とか『巨人の星』はネトフリでもAmazonプライムでもやってないよ。いや、たとえやっていても、半期で60本も新作アニメが発表される二十一世紀、アニメ評論家でもリアルタイムで全作品は観てないと思う。

 わたしが家で観てるのは『葬送のフリーレン』と『薬屋のひとりごと』ぐらいだ。過去の名作アニメなんて見てるヒマ無いよ。

「この三月に力石徹の葬式を本当にやったじゃないですか」

「りきいしとおる?」

「ええ、知らないんですかぁ!?」

「あ、声大きいよ」

 司書の先生が、こっちを睨んでるし。

「矢吹ジョーの運命のライバルですよ。それが、めちゃくちゃ人気で……ほら、これですよ!」

「あ、声……」

 ロコのスクラップの最初の方に、なんか暗い表情の男のイラスト……これが人気ぃ?

「マンガの登場人物の葬式を本当にやっちゃうって凄いですよ! 参列者もいっぱいで……ほら、お花も、こんなに届いてて……」

 切り抜きを読むと、出版元の講談社で大々的にやったらしい。

「よど号の犯人たちも『われわれは明日のジョーである』とかネタにしてて、ちょっと全巻……といっても出てる分だけですけどね、読んでみたんですよ。同じスポコンもので『巨人の星』があるじゃないですか、星飛雄馬は清く正しく真っ直ぐにボール投げてて、力石徹とかは、人生投げてる感じで、ボクシングさえ眼中にあるのかよって感じで矢吹ジョーとの戦いに命までかけるじゃないですか。十年もたたないのにヒーロー像がぶっ飛んでしまったって感じで、つい読み比べて、それで現実の世界には、ちょっとご無沙汰して……(-_-;)」

「えと……万博が終わったってぐらいしか思いうかばないけど……なにかあった?」

「ありましたよぉ。ドゴールは死んじゃうし、エレキのジミー・ヘンドリックスもロックの女王ジャンス・ロブリンも死んだし、日本のロバート・キャパって言われた沢田さんも死んじゃったし、沖縄で初の国政選挙、なんで、返還もされてないのに国政選挙ができたのか? 銀座のホコ天は一度も行ってないのに、もう三回目になってるしぃ……ダメだ、時代に取り残されてますぅ(-_-;)」

 ロコは生まれる時期を間違ったと思う。ネットやスマホのある時代に生まれたら、なかなかのジャーナリストになったんじゃないかと思う。

 だから、励ましてあげなきゃと思って、彼女のスクラップ帳を覗き込む。

「あれ、なんで缶コーヒーの切り抜きなんかがあるの?」

 それは、新聞の片隅から切り抜いた、なんの変哲もないレギュラーサイズの缶コーヒー。

「ああ、9月に発売されたんですよ。コーヒーを缶詰にしようっていうのは新しい発想なんで、取りあえず切り抜いたんです」

 なんの解説もコメントもないので、ほんとうについでだったんだ。

「……これって、将来はあたりまえになる……かもしれない」

「そうですかぁ……コーヒーって喫茶店で飲むでしょ、雰囲気のものだから、自販機で買って飲みますかねえ。自販機と言えばコーラかジュースでしょ」

 いやいや、自販機売れ筋のトップは……

「お茶とか売ったら伸びると思う」

「え、お茶ですか?」

「自販機の飲みものって、みんな甘いじゃない。甘いもの飲んだら喉乾くじゃない、口の中ネチャつくしさ。のどを潤そうって思ったら、ノンシュガーでしょ」

「ノンシュガー、うまいこと言いますねえ。でも、お茶って、学食のテーブルにもヤカンでおいてますしねえ」

 そうか、この時代はお茶でお金を取るって発想が無いんだ。

「あはは、まあ、思いつきだし(^_^;)」

「あ、思い付きは大事です。インスタントラーメンだって、最初は思い付きだったっていいますからね」

 そうだ、大阪の池田のオジサンが思い付きと執念で作ったんだった。50周年とかで、5個パックの包装に印刷してあった。

「あ、そろそろチャイムだね」

「四時間目の自習って最高ですね、よそより先に学食にいけます(^▽^)/」

「そうだね、行こうか」



 他の子も同じで、みんな学食に足を運ぶ。

 でも、今日の自習も現国の杉野先生だった。

 大丈夫かなあ……一瞬思ったけど、ランチのいい匂いがしたら吹っ飛んでしまった(^_^;)。




☆彡 主な登場人物

時司 巡(ときつかさ めぐり)   高校一年生
時司 応(こたえ)         巡の祖母 定年退職後の再任用も終わった魔法少女
滝川                志忠屋のマスター
ペコさん              志忠屋のバイト
猫又たち              アイ(MS銀行) マイ(つくも屋) ミー(寿書房)
宮田 博子(ロコ)         1年5組 クラスメート
辻本 たみ子            1年5組 副委員長
高峰 秀夫             1年5組 委員長
吉本 佳奈子            1年5組 保健委員 バレー部
横田 真知子            1年5組 リベラル系女子
加藤 高明(10円男)       留年してる同級生
藤田 勲              1年5組の担任
先生たち              花園先生:4組担任 グラマー:妹尾 現国:杉野 若杉:生指部長 体育:伊藤 水泳:宇賀
須之内直美             証明写真を撮ってもらった写真館のおねえさん。
その他の生徒たち          滝沢(4組) 栗原(4組)
灯台守の夫婦            平賀勲 平賀恵  二人とも直美の友人  

 
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