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9『ざまー見ろ』

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はるか ワケあり転校生の7カ月

9『ざまー見ろ』        



「お母さん、写真撮ってよ、写真!」

 お風呂に入りかけていたお母さんをつかまえて、ピ-スして写真を撮ってもらった。

「似合ってるじゃない。はるかって、順応するの早いんだ。ま、女ってそういうもんだけどね」

 そう言い残して、この人でなしは、そそくさと風呂場に行った。

「溺れるんじゃないわよ!」
「誰かさんとはちがいま~す」

 で、あとは湯気にこもった鼻歌が聞こえてきた。

―― はるかの再出発! ――

 デコメいっぱいのタイトルとともに由香にメールを打った。

 吉川裕也からメールがきていた。

 ほら、食堂で標準語で声をかけてきたテンカス生徒会長。
 一見気まじめそうなイケメン。話してみると案外おもしろい。
 小学校を卒業すると同時に横浜から大阪に来たらしい。
 大阪弁と、標準語ってか横浜弁を器用に使い分けるバイリンガル。
 とりあえずメルトモになっておいた。
 あと、山田先輩とタマちゃん先輩にも。

―― 今日はいい出会いだったね。真田山にはいろんな人がいて、習慣とかも、東京とは、かなりちがう。分からないことがあったら、いつでも! YK ――

 OKの打ち間違いかと思ったら、

「ああ、イニシャル……キッカワ ユウヤだもんね」

 そして……ひそかに心待ちしていたメールは来ていなかった。
 幼なじみにさえ伝えていない新しいアドレス教えてきたのに!

 制服をパジャマに着替えると、風呂場で「ゲホゲホ……」とむせかえる声。

「ざまー見ろ」

 と、心で毒づいてベッドに潜り込む……と。
 あ、今日借りた本読まなくっちゃ……そいで、机に目をやると、部屋のかたすみにマサカドクン。
 ちょうどいい。マサカドクンについて説明しとくわね。

 わたしが五歳のときお父さんの会社が潰れたって話はしたわよね。で、実家の会社とは名ばかりの町工場の専務になったって。

 その年の秋、わたしはお父さんに連れられて、浅草の酉の市に行ったわけ。熊手にいっぱい縁起物付けてもらって、帰るのかなあ……と思ったら、

「ちょっと、寄っていくところがある。いいかい、はるか?」

 いいも悪いも、お父さんがそう言ったのは、もうタクシーの中。それっきりむっつり黙っちゃって。着いたところは、ビルの谷間。
 きれいに玉砂利なんかが敷いてあって、奥のほうに大きな石碑。

「なんだろ、これ……?」

 お父さんは、それまで見たこともないような怖い顔になって、深々と頭を下げていた。
 わたしもしなくちゃいけないのかなあ……そう思って、ぶきっちょに頭を下げたら、

 ……そこにマサカドクンがいた。

 二十センチくらいの、ホワーって、輪郭がぼけていて、顔もよくわかんない。でもなんだか、三等身くらいで、いちおう人のカタチをしている。

「おとうさん、これなに?」
「え……?」

 お父さんには見えないらしい……それが家まで付いてきちゃった。
 
 小学校に行くようになってから、お父さんと行ったところが将門塚であることが分かった。

 それから、なんとなく目鼻立ちが分かるようになってきた。どうして分かるようになったか、それも分かんない。

 ただ、ただなんとなくわたしに興味を持っているらしいということは分かってきた。逆に言えばわたしも、それだけ親しみを持つようになってきたということかもしれない。

 それから、わたしは、この「ホワちゃん」を「マサカドクン」と呼ぶようになった。
 ひょっとしたら、大阪には付いてこないかなあ……と半分さみしい気持ちで思っていたら、新大阪に着いたとき。新幹線のドアが開くと、足許にマサカドクンがホワホワと立っていた。

 演劇部……次も、いちおう行ってみようかな……あ、まだ本読んでなかった。

……でも、ね、む、い……。

 おやすみなさい……。


 ※ この話に出てくる個人、法人、団体名は全てフィクションです。

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