迷宮の主

大秦頼太

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冬のあほうつかい

冬のあほうつかい 2

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 氷の城から麓の町ノースフロストまでの間には平野が広がっている。秋が来る頃には雪が降り始めるが土地自体は非常肥沃である。しかし、町の実情から見れば誰も耕作などはしない。そのため平野は春から夏にかけて草原となりトナカイやヘラジカなどの大型の草食動物、リスやウサギなど小動物などが活動をし、キツネやテン、クズリ、グリズリーやオオカミなどの肉食動物が草食動物を狩る豊かな自然環境が存在している。一般的にはこういった豊かな草原は猟師たちにとっては夢のような猟場になるのだが氷の城の庭とも言える場所であり、ほとんどやってくることはない。冬になれば動物たちも冬眠や西に移動していき草原は深い雪に埋もれる。

 平野の南側はノースフロストに至るのだが冬場はひと気がない。この町は冬に生活をするには危険で過酷な環境のために住人も冬の間はもっと南の町へ移動してしまう。ただこの町は氷の城の前哨基地となるため、シミュラも過去には冬場のうちに町を破壊するなどの手段を用いたこともあった。しかし、何度か襲撃をすると町側にも対策をされてしまった。春に攻勢をかけても敵勢力も数が多くシミュラの戦力が削られてしまうことになり、冬にわざわざ仕掛けても町自体が季節労働者向けのようなものなので人と物資は一緒に南へ移動してしまう。そのためわざわざ攻め込んでも奪い取るものもない。町を囲う塀も板塀程度の物なので人がやってくる春が来るたびに新しく直されてしまうのでわざわざ破壊しても意味がなかった。使役している生き物を動かせば食料が必要だし、迷宮より魔物を出動させ動かすにはかなりの量の魔素と呼ばれる燃料がいる。さらに魔素を魔物に供給するには迷宮の中でなければならない。シミュラは迷宮の主であっても外で魔素を補給させるすべを知らなかった。氷の城の防衛も大事であるが、その地下にある迷宮の奥にある物を守り抜かなければならない。魔物を外に送りすぎてしまうと腕利きの冒険者達に迷宮を攻略されシミュラは永遠とも呼べる命と強力な魔力を失うのである。冬は数少ない冒険者の相手をしていればいいが、春になると周辺国家や傭兵団の軍隊をいくつか相手にしなければならない。その間をすり抜けて入り込む冒険者も厄介なものだった。

 そんなにぎやかな春が北の大地にやってくる。草原の肉食動物が目覚める頃、ノースフロストにも人間の姿をした猛獣たちが大挙してやってくるわけだ。
「氷の城には財宝が溜め込まれている」
「城の奥には世の支配者になれる力が眠っている」
 彼らはそんな噂話を信じてやってくるわけである。そうなると軍隊や冒険者に物資を供給する商人たちも繁忙期を迎えることになる。港には軍船や商船がひっきりなしに横付けされ人や荷物を降ろし、寒々としていた町は一気に膨張していく。ただ立ち並ぶ店は家屋と言うよりはいつでも即撤収できるようテントのような屋台系のものであった。
 とにかく戦いやすい季節ということもあってノースフロストは一気に賑わいを見せるわけである。

 やってくる者たちにとってはいい季節だが、攻め込まれるシミュラにとっては迷惑なものだった。周辺に生息している動物を魔力で操ることも可能だがずっと兵力として使い続けるわけにも行かない。無理な使い方をすれば彼らの生息数にも影響を与えるし、そうなると動物の数を増やすことができずやがては兵力を整えることもできずに詰むことにもなり得る。
 他にも魔力で氷の巨人を動かすこともできるが細かい命令はできない上に数体作るのがやっとである。氷の巨人自体は凄まじい攻撃力ではあるが、寒さで土地を荒らす。使いすぎれば動物たちの食料がなくなってしまう。その代わりの火力となるのは氷の砲台や投石機ではあるが、敵味方が入り乱れた場面では使うことができない。
 この地を守ることは想像以上に繊細で難しいのである。
 シミュラの家系は代々この地を治めてきたが、何度か迷宮の主の地位を奪われてしまったことがある。それでもこの地を取り返すことができたのは、シミュラが有能であると言うよりはこの地の防衛が想像以上に困難であるということを現しているのだろう。
 シミュラにはもう血の繋がった家族はいない。父は迷宮の維持に失敗し、母もその時に殺された。兄は争奪戦で破れ、貧しさの中で妹を病気で喪った。ようやく氷の城を取り戻したのは百三十年以上前のことだった。冒険者の中に紛れ、魔物と戦い罠に阻まれ仲間をすべて失いながらもようやく手に入れたものだった。
 迷宮の主になってからしばらくは順調だったが冒険者達の間に「攻略本」なるものが共有され始めたあたりから難しくなった。一定の冒険者達は迷宮探索を途中で切り上げてそこまでの記録を集めて本としてまとめているのである。仲間を失っても、迷宮攻略を続けるような冒険者ではなく冒険で得た情報を売るという稼ぎ方が登場したために罠や謎掛けがほぼ無力化され深部にたどり着く冒険者が爆発的に増えた。その対応のために蓄えた資材や資金などが使用されて財政の赤字が長らく続いてしまった。

 そんな中、シミュラを救ったのが亜法使いの子供たちであった。その行いは失った妹の代わりを求めただけだったのかもしれないが、シミュラは周辺の村々で身寄りのない子供を見つけると氷の城へ連れてきて育てていた。そんな中の一人がある日、魔法を使ったのだ。シミュラが教えたわけではない。普通、魔法を使うには触媒のようなものが必要となる。シミュラは周辺の水気を使うことで氷を作ったり、物を温めたり、溶かしたりできる。
「シムラ様! 空からアメが降ってきたよ! 僕ね、アメアメアメなめるアメ~ってお空にお願いしたんだよ」
 後になってわかったことだが亜法使いになる子供はシミュラの名前を正確に言えない。
 その時、呼び名を注意することなく降ってきた雨を見に行ったのは、その時期に雨が降ることが珍しかったのとその量によっては雪が融かされて雪崩が起きることがあるからだった。そうして見に行った先で驚きの声を上げた。天候はよく晴れ雨など降っておらず、冬の日の中でもだいぶ穏やかな天気だった。大騒ぎをする子供たちの目の前の雪の上にカラフルな点が落ちていることに気がついた。雪の上に飛び出してはしゃぐ子供たちを見てシミュラは「お待ちなさい! キッチンで洗ってもらってから口の中に入れるのですよ!」などと言うしかできなかった。
 原理は分からなかったが、亜法使いはその身の内にある無限の想像力で不可能を可能にしてしまうようだった。
 それからというもの歴代の亜法使いの子供たちは迷宮の新しい階層を作り、豊かな発想により様々な罠や謎を作り出し冒険者の侵入をほぼ完全に防ぐようになった。やがて大人になった元亜法使いたちは他の子供達と同じようにその後も城で生活するか外の世界に旅立つかを自ら決めることができた。氷の城で育った者は城で寿命を迎えた者や戦死した者、時々戻ってきてまた旅立つ者と様々だったが、亜法使いだった者は好奇心が旺盛で氷の城に残り続ける者は少なかった。
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