迷宮の主

大秦頼太

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冬のあほうつかい

冬のあほうつかい 5

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 サースは食堂で頭髪の薄いゴマフと何人かの子供に囲まれていた。
「サースは元亜法使いなんだ。ここでオレたちと一緒に育ったんだ。で、今は何をしてるんだ?」
「旅人さ。この十数年この大陸の色んなところを見て来たけど、やっぱりここが一番キレイだね」
「シミュラ様にもお前が帰ってきたことを伝えてあるからじきに呼ばれるだろうさ」
 食堂の戸が開き、しばらくするとシミュラが早足気味に入ってくる。サース、ゴマフ共に慌てるが子供たちは気にもしていなかった。
「サース! よく戻ってきました。さあ、顔を見せておくれ」
 両手を広げてサースを迎え入れようとしているシミュラに対してサースは膝をついて頭を垂れる。
「只今戻りました。お呼びくださいましたらこちらからご挨拶に伺ったのですが」
「いいのですよ。さあ、昔のようにおいでなさい」
「いえ、私ももう分別のある大人になったのです。いつまでも子供のように甘えることはできません」
「そう……。それは、残念です」
 シミュラはサースの姿をまじまじと見つめる。
「それで、今は何を?」
「旅をしております。大陸の西側は大体見て回りました」
 サースがシミュラの側にやってきた青い髪の子供を見つける。
「この子が今の?」
「そう。私の亜法使いカペラ」
「シュミラ様、この人……」
「僕も亜法使いだったんだよ。よろしくね」
 サースが笑いかけるとカペラはシミュラの影に隠れてしまう。
「おや、珍しい」
「嫌われちゃったかな? 困ったことがあったら、僕に聞いてね。これでも僕は亜法使いだったんだ」
 サースが声をかけてもカペラはシミュラの後ろから出てこなかった。サースもそれ以上声をかけることはせずにシミュラに向き直る。
「シミュラ様、戻る途中で町の様子を見てきました。今の時点で二つの軍隊が来ています」
「厳しい春になりそうですね」
「今、川に雪解けの水を流せば東の軍と町を潰せますよ」
「それは草原の生き物の棲家も荒らすことになるからやらないわ。サース、ここでの戦いはただ勝てばいいという話ではないのよ」
「草原なら亜法で元通りにできます」
「サース」
「彼らは本気です。ここを落とそうとしている。ここには子供だって多いのでしょう? 僕はいろんな町を見てきました。軍隊に潰された町を……。あんな酷いことがここに……」
「ゆっくりしてゆきなさい。着いたばかりで疲れているのでしょう」
 シミュラとカペラは手を繋いで食堂を去っていった。
 黙ってうつむくサースにゴマフが声をかける。
「シミュラ様だってご存知さ。ご自身だって戦争で家族を失っているんだから」
「そうだったね。でも、時間は流れるもんだろ? 忘れてしまうことだって……」
「忘れるわけがないだろ。シミュラ様は慈悲深い方なんだ。味方だけじゃない。動物にも敵にも愛情がお有りなんだよ」
「敵に情けをかけるからなめられるんだ。僕が亜法使いのままだったら、あんな奴らすぐにやっつけられるのに」
 いきり立つサースにゴマフはため息を付いた。
「お前、全然大人になれてないな」
「大人さ。子供だったら亜法を失うことはなかった」
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