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まめのいと
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ある日のことでございます。天界に住む役人が池のほとりを歩いておりますと一人の職人風の男がその池のほとりで泣いておりました。この池は地獄とつながっておりますから、覗きこめばそこに地獄を見ることが出来ます。どうやら職人は池の底を見て泣いているようでした。役人はひどく驚きました。時どき地獄の様子を見るものがいてもこんなに涙を流すものはおりませんでしたから。何しろ天界と言うところは悲しみとは縁遠いところでしたので、訳を知りたくなりました。役人はたまらず職人にどういうわけで泣いているのだと話しかけました。すると、職人は涙ながらに語るのです。
「わたくしがまだ生前に人間界におりました時、一度だけ強盗に襲われたことがございます。後になって聞けばその強盗は名前をユスリカと言って人の命を命とも思わずにまるで野菜でも採るように人殺しをするという大変な極悪人だったそうでございます。しかしながら、わたくしの命を取ることなく見逃してくださいました。その後、生きることの大切さを知ったワタクシは必死で働き、店を構え家族を養い、最後の時には沢山の孫達に囲まれて幸せな一生を終えることが出来たのでございます。しかしながら、その幸せは強盗のユスリカがワタクシの命を取らなかったために得た幸せでございます。今、わたくしはその恩を返すこともなくこうして天界と地獄という離れた世界に別々に暮らすことになっております。それを思うと心が苦しくなり泣いておりました」
役人はなるほどこの職人は天界に暮らすだけあって、なかなかやさしい心根の持ち主だと思いました。役人はこの池は地獄と通じているので自力で助けることが出来るなら強盗ユスリカを天界に招くことも出来ると説明してやりました。ただし、天界に住む人間が池に落ちてしまうと戻ってくることは出来なくなるのだと注意もしてやりました。職人は役人に感謝を述べて生前に培った自分の経験と技術を持って入念な準備をいたしました。
数日後、役人が池のほとりを通りかかると、職人が今まさに池に何かを投げ込もうとしておりました。役人が声をかけると職人は深々とお辞儀をして臭いのする豆を取り出しました。
「わたくし、生前は納豆を作ってこれを売っておりました。この納豆を一粒落とし、長くひいた糸を伝わせてユスリカを救おうと思ったのでございます」
なるほどと役人はうなずきました。職人は納豆をぐるぐるとかき混ぜると役人が見守る中、糸をひく納豆を一粒箸でつまんで池に落とすのでした。豆はすーっと吸い込まれるように池の底、地獄に向かって落ちていきます。
一方その頃地獄では、暗い空の上から一粒の豆が糸をひきながら、ちょうどユスリカの前に落ちてきました。ユスリカはそれに気が付きますと、納豆を一粒口の中に入れました。すると何やら上の方から声が聞こえました。その声は糸を伝って上まで登ってこられれば今いる地獄を抜けだして天界で暮らすことが出来るというのです。
ユスリカはこれ幸いと糸を掴んでグイグイ引っ張りますが、糸は伸びるばかりで一向に登れませんでした。しかし、ユスリカは諦めることなく必死になって両手で持って糸を引き続けます。そうしているうちに地獄に住む亡者たちも集まりだしてみんなで納豆の糸を引きました。けれども誰も登れません。ですが、どの者もあきらめませんでした。しばらくすると地獄は亡者がひいた納豆の糸で溢れかえってしまいました。
それを天界から眺めていた役人と職人は、糸の中でもがく亡者たちを見て、大笑いしました。職人は言いました。
「よく考えて見れば、強盗の気まぐれなどに感謝する必要はなかったのですな」
役人はそれはもっともなことだと言って笑い続けました。
おしまい。
「わたくしがまだ生前に人間界におりました時、一度だけ強盗に襲われたことがございます。後になって聞けばその強盗は名前をユスリカと言って人の命を命とも思わずにまるで野菜でも採るように人殺しをするという大変な極悪人だったそうでございます。しかしながら、わたくしの命を取ることなく見逃してくださいました。その後、生きることの大切さを知ったワタクシは必死で働き、店を構え家族を養い、最後の時には沢山の孫達に囲まれて幸せな一生を終えることが出来たのでございます。しかしながら、その幸せは強盗のユスリカがワタクシの命を取らなかったために得た幸せでございます。今、わたくしはその恩を返すこともなくこうして天界と地獄という離れた世界に別々に暮らすことになっております。それを思うと心が苦しくなり泣いておりました」
役人はなるほどこの職人は天界に暮らすだけあって、なかなかやさしい心根の持ち主だと思いました。役人はこの池は地獄と通じているので自力で助けることが出来るなら強盗ユスリカを天界に招くことも出来ると説明してやりました。ただし、天界に住む人間が池に落ちてしまうと戻ってくることは出来なくなるのだと注意もしてやりました。職人は役人に感謝を述べて生前に培った自分の経験と技術を持って入念な準備をいたしました。
数日後、役人が池のほとりを通りかかると、職人が今まさに池に何かを投げ込もうとしておりました。役人が声をかけると職人は深々とお辞儀をして臭いのする豆を取り出しました。
「わたくし、生前は納豆を作ってこれを売っておりました。この納豆を一粒落とし、長くひいた糸を伝わせてユスリカを救おうと思ったのでございます」
なるほどと役人はうなずきました。職人は納豆をぐるぐるとかき混ぜると役人が見守る中、糸をひく納豆を一粒箸でつまんで池に落とすのでした。豆はすーっと吸い込まれるように池の底、地獄に向かって落ちていきます。
一方その頃地獄では、暗い空の上から一粒の豆が糸をひきながら、ちょうどユスリカの前に落ちてきました。ユスリカはそれに気が付きますと、納豆を一粒口の中に入れました。すると何やら上の方から声が聞こえました。その声は糸を伝って上まで登ってこられれば今いる地獄を抜けだして天界で暮らすことが出来るというのです。
ユスリカはこれ幸いと糸を掴んでグイグイ引っ張りますが、糸は伸びるばかりで一向に登れませんでした。しかし、ユスリカは諦めることなく必死になって両手で持って糸を引き続けます。そうしているうちに地獄に住む亡者たちも集まりだしてみんなで納豆の糸を引きました。けれども誰も登れません。ですが、どの者もあきらめませんでした。しばらくすると地獄は亡者がひいた納豆の糸で溢れかえってしまいました。
それを天界から眺めていた役人と職人は、糸の中でもがく亡者たちを見て、大笑いしました。職人は言いました。
「よく考えて見れば、強盗の気まぐれなどに感謝する必要はなかったのですな」
役人はそれはもっともなことだと言って笑い続けました。
おしまい。
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