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第十話 近付く歯車
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予想通りオリンドの魔力量はエウフェリオを上回っていた。馬車で握らせた魔石二つ分に貯められた魔力は症状から推測するにその四分の一ほどが生命エネルギーに変換され、残りの四分の三が魔力として補填されたはずだが、それでも賢者の魔力量の実に八割を楽々と受け取ってみせた。
当然それだけの量を誇れば回路も相当数が必要になり、知識のないまま自己流で増やされた経路は複雑に絡んでいる。やり取りの量を一割程度に抑え数度の魔力送付と受取で多少の調整を行った感触で、これはかなり時間をかけなければならないと判断したエウフェリオは、数ヶ月に渡ってこの回路調整を毎日行う旨を伝えた。
予想を遥かに上回りオリンドは全身を真っ赤に茹だらせて、顔からベッドに伏し悶えた。あまりの初々しさに心が打ち震える。
「……だいぶ遅い時間になってしまいましたね。魔力の交換もかなりしましたから、明日は疲労が出るはずです。なるべくなら夕方くらいまでゆっくり眠ってください」
そろそろ日付を越えようかという時刻に迫っていた。火照った顔を埋めたままもぐもぐと頷いたオリンドは、か細くおやすみなさいと言ってから器用に布団の中へ潜り込んでいく。
「はい。おやすみなさい」
腰掛けていたベッドから静かに立ち上がってランプの灯りを消したエウフェリオは、そっと扉を抜けると後ろ手で閉めた。それから階下へ向かってこれまた静かに歩いていく。
が、一階にたどり着いたところで彼は駆け出した。目指す先はウェンシェスランの寝室だ。
「シェスカ。シェスカ、夜分にすみません、起きてらっしゃいますか?」
小声で呼びかけ控えめにノックをすると、果たして中からは起きていたらしい眠気の全く感じられない声が返ってきた。
「はぁい。お入んなさいよフェリちゃん」
「……失礼します」
そっとノブを回して部屋へ入り、扉を閉めたところでエウフェリオはその場に崩れるように座り込んでしまった。
「あらあらまあまあ、どうしたのよ?」
その背中を猫のように弧を描く目で眺めつつ、彼は至極楽しそうに問いかける。
「リンちゃんに惚れてることにでも気付いちゃった?」
「……!! どうしてそれを!?」
火中の栗が跳ねたような勢いでエウフェリオは振り返った。まるで見てきたようなことを言う。訝しんで見詰め返すと、ウェンシェスランはますます目を細めた。
「だあって、リンちゃんたらあんたの好みど真ん中顔じゃないの。それであんなに可愛くっちゃねえ」
指摘されて初めて気付いたように目が見開かれる。
そうか。なるほど、そういうことだったのか。
「……それで私はあの日オリンドの後をつけてしまったんですね……」
「自警団さんここです」
変態が居ます捕まえてください。
「おかげで彼を助けることができたじゃないですか……!」
これは後を付けるのに隠遁魔法を使ったことやオリンドのお尻を見て謎の衝撃に水差しを落としてしまったことを口走らなくて良かった。いや、フィカスでは様子のおかしさに付けているのがバレてはまずいと感じたことも本当だし、お尻の件は痩身のあまり心配になったのだと思っていたのも事実。なにを言われる筋合いも無い、はず。内心で脂汗をかきつつエウフェリオは弁解する。
「冗談よ。てか、本当に命の危うい時に参上する王子様やっちゃったの? ……引くわー……。さておき、それで? 告ったの?」
床に座ったままのエウフェリオの腕を引いて立ち上がらせたウェンシェスランは、椅子を勧めた。
「告……いえそんな性急な。今はオリンドの魔力回路と魔力回復に尽力せねば」
「うーわ、もう。真面目ちゃん」
椅子なんか勧めなきゃ良かったわ。
「で、どうなのよ。やっぱりリンちゃんの魔力量って相当なの?」
「ええ。もちろん私の魔力量を上回っていました」
「っちょ……! ほんとに!? ……っええ~、あんたはああ言ってたけど、同程度っても、ちょっと下くらいだと思ってたわあ……。なんで……どうやったらそんな量になるのよ」
「それがですね――」
エウフェリオは彼の魔力量と操作技術がとんでもないことになった理由を説明した。聞いているウェンシェスランの表情がぐるぐると変わりすぎて、吹き出すのを堪えつつの困難な作業であった。
「はぁ~、体内魔力循環法かあ……。それを子供の頃から? 遊びで? 毎日? 今や緊張を解す手癖にしてます、って? ……どうかしてるわ」
あたしだってめっちゃくちゃ集中しなきゃ出来ないのよぉおぉお!?
背もたれに背中を何度か打ち付けて地団駄を踏む。
「何も無い村だと言っていましたし、子供の身だからこそできたのかもしれませんね……」
家の手伝いこそあろうが他にするべき仕事も学業もなく、人見知りで篭っていたのだとすれば時間は余り放題だ。それに目的や興味を持った子供の集中力というものは侮れない。そこまで考えたエウフェリオは、はたと手を打った。
「……子供だから……。そう……そうですよ! 柔軟で、時に過集中を起こす子供だからこそ、興味と目的意識さえあれば……!」
「なるほど……。あっ、じゃあ魔法学校に入学の歳じゃ遅すぎるってことね? やだ、循環法教育の未来が変わるわ!? ……ちょっと。なんて子なのよリンちゃん……!」
「……本当に、素晴らしい逸材と巡り会えたものです」
「逸材すぎるわよ。はぁあ~、冒険の在りかたもひっくり返っちゃいそうねえ。今は当の本人がひっくり返ってるわけだけど。……何日くらい……ってか、あんたの時ってどのくらいで全快したっけ?」
ウェンシェスランの問いかけに、ちょっとした興奮状態から引き戻されたエウフェリオは過去の自らに起きた魔力不足を振り返る。
「一週間から十日ほどといったところでしょうか。安静を要するのは二日くらい……明後日までで済むと思いますが」
「ひゅー。さっすが日数かかるう。……最後の依頼、期限大丈夫だったかしら?」
「ええ、幸い一番期限の長い物が残りましたから……確か、あとひと月半ほどありますよ」
「そっか。それじゃあ目一杯休んでもらわなくちゃね。さて、あたしたちもそろそろ寝ましょ」
「そうですね。夜遅くに済みませんでした」
「いいってことよーう」
かくして己の恋心を自覚したエウフェリオだが、翌日も以前よりオリンドの姿を目で追う回数が増えただけの変化に留める辺り、さすがの精神力だった。それでもアレグやイドリックには一目瞭然で、しかし揶揄うなどということはせずに温かく見守ることを決めたようだ。
正確にはしばらくの休息を告げられて、自分のせいで数日の間を無為に過ごさせてしまうと落ち込むオリンドに、まさか追い討ちをかけるような真似のできるわけも無いからだったが。
休むことに関してはとにかく気にするな、俺たちは気ままに何ぞ任務でも受けてくるから。と言い置いて、二人は覗きたが──残りたがるウェンシェスランの首根っこも捕まえると引き摺るようにして飛び出していった。
やれやれ。
「さて、今日からは全体的な同調を目指しますよ。目標としては十日ほど。この同調で絡まっている回路を解します。ここが準備段階ですね」
客間を訪れたエウフェリオは、用意してきたのか小型の掲示板を持ち込み、広げて貼られた巻紙を掲示棒で示しながら説明する。シンプルで分かりやすい図が描かれていた。彼の手書きだろうか。ベッドにちょこんと座るオリンドは少々興奮気味にその絵を眺めた。
「この準備で慣れたら貴方のほうからも同調してもらって、解れた部分の向きをある程度揃えます。くれぐれも体調優先ですよ。気をつけて頑張ってくださいね」
示す腕の肩越しに振り返った柔らかな頑張れの笑顔が眩しい。
「お、俺のほうから……」
「ええ。大丈夫、そんなに難しくはないですよ。オリンドの方から同調ができるようになったら、次は互いの魔力をゆっくり少しずつ交換します」
言って差し示された図は、とてもかなり可愛らしく描かれた二人の人物の両手を介してぐるりと一巡りしている矢印だ。この絵をこの美麗な人が描いたのかと思うと説明がちょっと耳に入ってこない。
「……ん、あれ? き、昨日やったやつ?」
「あれは受渡しですね。完全に渡し終わってから戻してもらったでしょう?」
「あ。うん。そうだった。……てことは、同時に?」
「そうですね、理想は同時です。流れ込んできた向きと量を把握して、流されている間になるべく同じ量を逆流させないように送る。向きを揃えた回路を使いやすい位置へ誘導する、最後の段階ですね」
「う……で、できるのかな俺に……」
「ふふ。貴方なら大丈夫です。なにしろ体内循環法より単純な循環方法なんですから」
「……あっ」
つまり最終調整は自分の得意分野なのか。やにわに顔を明るくしたオリンドは、それならできると何度も頷く。
「では。ご理解いただけたところで……」
「あうわわー!」
「あうわわ?」
掲示板のペン立てに掲示棒を置くなり上着を脱いで半身を露わにしたエウフェリオが、なんの奇声だと振り返ると空中を遊泳するように飛び退さるオリンドが見えた。
「ちょっ……!?」
手を伸ばす暇も浮遊魔法をかける暇もなくベッドの向こうに上体が消えて、ごつんという音と共に足だけが掛布の上に投げ出される。
「オリンド!?」
「あだっ、だ、だい、だいじょぶ、大丈夫……!」
ややあって両足もベッドの向こうに消えると、後頭部をさすりながらオリンドが掛布に埋めるように顔をずり上げてきた。
「……オリンド?」
「うっ……あ、あの……ううっ……! ごめんなさいっ!」
というわけで昨夜あれだけ触れ合ったというのに恥ずかしがるオリンドのため、今日は背中側から抱えることにした。それでもやたらともぞもぞ動く四肢が羞恥の程を伝えてくる。
「その……ほんとにも、申し訳ない……」
「いいんですよ。気にしないでください」
「あ……いや、その、それだけじゃなくて……い、依頼のほうも、俺がこんなじゃなけりゃ……」
恥ずかしいだけではなく、拠点に縛り付けていると申し訳なく思う気持ちが彼の居心地の悪さに拍車をかけているらしい。
「……何を言うんです……」
いつか、打ち解けてくれたら、こんな過度な遠慮もなくなってくれるだろうか。寂しく思う気持ちを声に乗せないよう、エウフェリオは少しおどけたふうを装った。
「私には冒険より貴重な時間なんですよ?」
「えっ?」
「まさかこの世に私と近しい魔力量を、しかも上回って持つ人が居るだなんて思ってもみませんでした。その上こうして同調もして、この先には交換も行えるだなんて、楽しくて楽しみで仕方ないです」
「っそ……そ、そう……そう、なのか」
「ええ、そうですとも」
「……そっか……」
もにょもにょと呟いて、ようやく納得したらしいオリンドは、残った恥ずかしさを紛らわせるために例の仕草を始めた。最初に右手の人差し指と左手の親指、そして左手の人差し指と右手の親指とをくっつけ、そこから左の人差し指と右の親指を付けたまま軸にして、くるりと回転させて左の親指と右の中指を付ける。今度は新たに付けたその指を軸に回転させて、右の親指と左の中指を付ける。そうやって順繰り指を付け直すたびに右から左へ、左から右へと手から頭を通し足先を巡らせ、目まぐるしい速度で全身余すことなく隅々まで循環させている。なんという神技か。特にこうして触れ合い、回路を同調させていると技巧の程がありありと伝わってくる。
「……っ」
どくりと皮膚の下が戦慄いた。感動が官能を伴って全身を駆け抜ける。
これは私もまずいかもしれない。
あっという間に顔が熱くなるのを自覚してエウフェリオは声もなく呻く。今日は背中側からになって大変助かった。
しかして心地よく見事な感覚を、いつまでもこのまま味わっていたくもあるがそうもいかない。なにしろ回路の調整がままならないのだ。
「オリンド。大変素晴らしい感覚がこちらにも伝わってきて、とても至福ではあるのですけれども。すみませんが回路の調整をさせてくださいね」
「あっ!? あー、うわわ! ごっ、ごめんなさっ……」
慌てて指を離したオリンドの、その循環の停止もまた見事なものだった。余力で余分に巡らせることなく、急激さに滞らせることもなく、最初から止まっていたようにふわりと落ち着く。
「……習慣とは、恐ろしいものですね……」
「うん?」
「いえ、なんでもありません」
そういえば元来の魔力量に胡座をかいて、この数年私も疎かにしていた。これを機に日課にするのもいいかもしれない。
「そうだオリンド、調整の後でもう一度お願いできますか?」
「ん、え? ……循環?」
「ええ。貴方の巡らせ方と止め方、参考にさせてほしいんです」
「……え、うわあ。……うわ、……うわあ……」
なんて? 賢者様が? なんて? 俺を? 参考に? ……ぅうわぁあ。
赤くなりながら青くなる顔を両手で覆うオリンドを、不思議に思ったエウフェリオは肩越しに覗き込む。
「どうしました?」
「どう……て、そ、そん……こんな、俺なんかを、賢者さ……ちが、せ、世界一の魔法使いが、そんな、参考とか……」
なんでどうしてそうなる。どうあったって俺みたいな日陰で野垂れ死ぬ生き物が、こうしてここに居るのもたまたま目に付いたっていうだけの話だろうに。なんで。
「あっ。……貴方、また私を別世界扱いしましたね? 数日とはいえこんなに近くに居るのに、まだ別世界扱いするんですか。やめてください。ほら、こんなに触ってるじゃないですか。魔力だって同調させてるところじゃないですか。一緒に冒険したじゃないですか。一緒に食事したじゃないですか。私は……いえ、アルたちだって、みんな貴方と同じところで生きてるんです」
彼にしては結構な早口だった。努めて柔らかくしているように聞こえる声に、オリンドは喉がきつく締まる感覚を覚えて、咄嗟に振り返る。
そこには、いつもと変わらない笑みがあった。あったけれど、同調した回路から伝わってくる魔力は僅かに揺れていて、もの悲しい。
唐突に、三件の依頼を取りに行った日の待ち合わせ場所の惨状と、それからこの拠点に張られた結界の存在を思い出した。短い間とはいえ一緒に過ごすうち、彼らの人懐こさと明け透けな性格は沁みるほどわかった。思うように対等な人付き合いができないことを苦しく思っているだろうことも今の言葉で想像が付く。
だというのに、そんな彼らからこれほど心を砕いてもらっている自分がこの有様では、拒絶しているようなものだと自身を反省した。
急に改めるのは無理でも、今すぐせめて様付けだけでもやめよう。オリンドは勇気を振り絞って口を開く。
「……ごめん、なさい……。え、エウフェリオ、は、こ、ここに居る……」
「はい。居ます」
「……俺と、同じところに……」
「そうです。一緒です」
「……うん……。うん。……い、一緒だ……」
「はい」
落ち着いてきたのか、流れ込んでくる魔力が優しく力強い感触に変化した。嬉しくて、思わずエウフェリオの顔を見詰めたすぐ後で、しかしあえなく天井を仰ぎ見る。
「……うう、でも」
「……でも?」
「っああ~~、同じ世界でも月とゾンビぃいい」
っちょ。
「なんてこと言うんですか」
当然それだけの量を誇れば回路も相当数が必要になり、知識のないまま自己流で増やされた経路は複雑に絡んでいる。やり取りの量を一割程度に抑え数度の魔力送付と受取で多少の調整を行った感触で、これはかなり時間をかけなければならないと判断したエウフェリオは、数ヶ月に渡ってこの回路調整を毎日行う旨を伝えた。
予想を遥かに上回りオリンドは全身を真っ赤に茹だらせて、顔からベッドに伏し悶えた。あまりの初々しさに心が打ち震える。
「……だいぶ遅い時間になってしまいましたね。魔力の交換もかなりしましたから、明日は疲労が出るはずです。なるべくなら夕方くらいまでゆっくり眠ってください」
そろそろ日付を越えようかという時刻に迫っていた。火照った顔を埋めたままもぐもぐと頷いたオリンドは、か細くおやすみなさいと言ってから器用に布団の中へ潜り込んでいく。
「はい。おやすみなさい」
腰掛けていたベッドから静かに立ち上がってランプの灯りを消したエウフェリオは、そっと扉を抜けると後ろ手で閉めた。それから階下へ向かってこれまた静かに歩いていく。
が、一階にたどり着いたところで彼は駆け出した。目指す先はウェンシェスランの寝室だ。
「シェスカ。シェスカ、夜分にすみません、起きてらっしゃいますか?」
小声で呼びかけ控えめにノックをすると、果たして中からは起きていたらしい眠気の全く感じられない声が返ってきた。
「はぁい。お入んなさいよフェリちゃん」
「……失礼します」
そっとノブを回して部屋へ入り、扉を閉めたところでエウフェリオはその場に崩れるように座り込んでしまった。
「あらあらまあまあ、どうしたのよ?」
その背中を猫のように弧を描く目で眺めつつ、彼は至極楽しそうに問いかける。
「リンちゃんに惚れてることにでも気付いちゃった?」
「……!! どうしてそれを!?」
火中の栗が跳ねたような勢いでエウフェリオは振り返った。まるで見てきたようなことを言う。訝しんで見詰め返すと、ウェンシェスランはますます目を細めた。
「だあって、リンちゃんたらあんたの好みど真ん中顔じゃないの。それであんなに可愛くっちゃねえ」
指摘されて初めて気付いたように目が見開かれる。
そうか。なるほど、そういうことだったのか。
「……それで私はあの日オリンドの後をつけてしまったんですね……」
「自警団さんここです」
変態が居ます捕まえてください。
「おかげで彼を助けることができたじゃないですか……!」
これは後を付けるのに隠遁魔法を使ったことやオリンドのお尻を見て謎の衝撃に水差しを落としてしまったことを口走らなくて良かった。いや、フィカスでは様子のおかしさに付けているのがバレてはまずいと感じたことも本当だし、お尻の件は痩身のあまり心配になったのだと思っていたのも事実。なにを言われる筋合いも無い、はず。内心で脂汗をかきつつエウフェリオは弁解する。
「冗談よ。てか、本当に命の危うい時に参上する王子様やっちゃったの? ……引くわー……。さておき、それで? 告ったの?」
床に座ったままのエウフェリオの腕を引いて立ち上がらせたウェンシェスランは、椅子を勧めた。
「告……いえそんな性急な。今はオリンドの魔力回路と魔力回復に尽力せねば」
「うーわ、もう。真面目ちゃん」
椅子なんか勧めなきゃ良かったわ。
「で、どうなのよ。やっぱりリンちゃんの魔力量って相当なの?」
「ええ。もちろん私の魔力量を上回っていました」
「っちょ……! ほんとに!? ……っええ~、あんたはああ言ってたけど、同程度っても、ちょっと下くらいだと思ってたわあ……。なんで……どうやったらそんな量になるのよ」
「それがですね――」
エウフェリオは彼の魔力量と操作技術がとんでもないことになった理由を説明した。聞いているウェンシェスランの表情がぐるぐると変わりすぎて、吹き出すのを堪えつつの困難な作業であった。
「はぁ~、体内魔力循環法かあ……。それを子供の頃から? 遊びで? 毎日? 今や緊張を解す手癖にしてます、って? ……どうかしてるわ」
あたしだってめっちゃくちゃ集中しなきゃ出来ないのよぉおぉお!?
背もたれに背中を何度か打ち付けて地団駄を踏む。
「何も無い村だと言っていましたし、子供の身だからこそできたのかもしれませんね……」
家の手伝いこそあろうが他にするべき仕事も学業もなく、人見知りで篭っていたのだとすれば時間は余り放題だ。それに目的や興味を持った子供の集中力というものは侮れない。そこまで考えたエウフェリオは、はたと手を打った。
「……子供だから……。そう……そうですよ! 柔軟で、時に過集中を起こす子供だからこそ、興味と目的意識さえあれば……!」
「なるほど……。あっ、じゃあ魔法学校に入学の歳じゃ遅すぎるってことね? やだ、循環法教育の未来が変わるわ!? ……ちょっと。なんて子なのよリンちゃん……!」
「……本当に、素晴らしい逸材と巡り会えたものです」
「逸材すぎるわよ。はぁあ~、冒険の在りかたもひっくり返っちゃいそうねえ。今は当の本人がひっくり返ってるわけだけど。……何日くらい……ってか、あんたの時ってどのくらいで全快したっけ?」
ウェンシェスランの問いかけに、ちょっとした興奮状態から引き戻されたエウフェリオは過去の自らに起きた魔力不足を振り返る。
「一週間から十日ほどといったところでしょうか。安静を要するのは二日くらい……明後日までで済むと思いますが」
「ひゅー。さっすが日数かかるう。……最後の依頼、期限大丈夫だったかしら?」
「ええ、幸い一番期限の長い物が残りましたから……確か、あとひと月半ほどありますよ」
「そっか。それじゃあ目一杯休んでもらわなくちゃね。さて、あたしたちもそろそろ寝ましょ」
「そうですね。夜遅くに済みませんでした」
「いいってことよーう」
かくして己の恋心を自覚したエウフェリオだが、翌日も以前よりオリンドの姿を目で追う回数が増えただけの変化に留める辺り、さすがの精神力だった。それでもアレグやイドリックには一目瞭然で、しかし揶揄うなどということはせずに温かく見守ることを決めたようだ。
正確にはしばらくの休息を告げられて、自分のせいで数日の間を無為に過ごさせてしまうと落ち込むオリンドに、まさか追い討ちをかけるような真似のできるわけも無いからだったが。
休むことに関してはとにかく気にするな、俺たちは気ままに何ぞ任務でも受けてくるから。と言い置いて、二人は覗きたが──残りたがるウェンシェスランの首根っこも捕まえると引き摺るようにして飛び出していった。
やれやれ。
「さて、今日からは全体的な同調を目指しますよ。目標としては十日ほど。この同調で絡まっている回路を解します。ここが準備段階ですね」
客間を訪れたエウフェリオは、用意してきたのか小型の掲示板を持ち込み、広げて貼られた巻紙を掲示棒で示しながら説明する。シンプルで分かりやすい図が描かれていた。彼の手書きだろうか。ベッドにちょこんと座るオリンドは少々興奮気味にその絵を眺めた。
「この準備で慣れたら貴方のほうからも同調してもらって、解れた部分の向きをある程度揃えます。くれぐれも体調優先ですよ。気をつけて頑張ってくださいね」
示す腕の肩越しに振り返った柔らかな頑張れの笑顔が眩しい。
「お、俺のほうから……」
「ええ。大丈夫、そんなに難しくはないですよ。オリンドの方から同調ができるようになったら、次は互いの魔力をゆっくり少しずつ交換します」
言って差し示された図は、とてもかなり可愛らしく描かれた二人の人物の両手を介してぐるりと一巡りしている矢印だ。この絵をこの美麗な人が描いたのかと思うと説明がちょっと耳に入ってこない。
「……ん、あれ? き、昨日やったやつ?」
「あれは受渡しですね。完全に渡し終わってから戻してもらったでしょう?」
「あ。うん。そうだった。……てことは、同時に?」
「そうですね、理想は同時です。流れ込んできた向きと量を把握して、流されている間になるべく同じ量を逆流させないように送る。向きを揃えた回路を使いやすい位置へ誘導する、最後の段階ですね」
「う……で、できるのかな俺に……」
「ふふ。貴方なら大丈夫です。なにしろ体内循環法より単純な循環方法なんですから」
「……あっ」
つまり最終調整は自分の得意分野なのか。やにわに顔を明るくしたオリンドは、それならできると何度も頷く。
「では。ご理解いただけたところで……」
「あうわわー!」
「あうわわ?」
掲示板のペン立てに掲示棒を置くなり上着を脱いで半身を露わにしたエウフェリオが、なんの奇声だと振り返ると空中を遊泳するように飛び退さるオリンドが見えた。
「ちょっ……!?」
手を伸ばす暇も浮遊魔法をかける暇もなくベッドの向こうに上体が消えて、ごつんという音と共に足だけが掛布の上に投げ出される。
「オリンド!?」
「あだっ、だ、だい、だいじょぶ、大丈夫……!」
ややあって両足もベッドの向こうに消えると、後頭部をさすりながらオリンドが掛布に埋めるように顔をずり上げてきた。
「……オリンド?」
「うっ……あ、あの……ううっ……! ごめんなさいっ!」
というわけで昨夜あれだけ触れ合ったというのに恥ずかしがるオリンドのため、今日は背中側から抱えることにした。それでもやたらともぞもぞ動く四肢が羞恥の程を伝えてくる。
「その……ほんとにも、申し訳ない……」
「いいんですよ。気にしないでください」
「あ……いや、その、それだけじゃなくて……い、依頼のほうも、俺がこんなじゃなけりゃ……」
恥ずかしいだけではなく、拠点に縛り付けていると申し訳なく思う気持ちが彼の居心地の悪さに拍車をかけているらしい。
「……何を言うんです……」
いつか、打ち解けてくれたら、こんな過度な遠慮もなくなってくれるだろうか。寂しく思う気持ちを声に乗せないよう、エウフェリオは少しおどけたふうを装った。
「私には冒険より貴重な時間なんですよ?」
「えっ?」
「まさかこの世に私と近しい魔力量を、しかも上回って持つ人が居るだなんて思ってもみませんでした。その上こうして同調もして、この先には交換も行えるだなんて、楽しくて楽しみで仕方ないです」
「っそ……そ、そう……そう、なのか」
「ええ、そうですとも」
「……そっか……」
もにょもにょと呟いて、ようやく納得したらしいオリンドは、残った恥ずかしさを紛らわせるために例の仕草を始めた。最初に右手の人差し指と左手の親指、そして左手の人差し指と右手の親指とをくっつけ、そこから左の人差し指と右の親指を付けたまま軸にして、くるりと回転させて左の親指と右の中指を付ける。今度は新たに付けたその指を軸に回転させて、右の親指と左の中指を付ける。そうやって順繰り指を付け直すたびに右から左へ、左から右へと手から頭を通し足先を巡らせ、目まぐるしい速度で全身余すことなく隅々まで循環させている。なんという神技か。特にこうして触れ合い、回路を同調させていると技巧の程がありありと伝わってくる。
「……っ」
どくりと皮膚の下が戦慄いた。感動が官能を伴って全身を駆け抜ける。
これは私もまずいかもしれない。
あっという間に顔が熱くなるのを自覚してエウフェリオは声もなく呻く。今日は背中側からになって大変助かった。
しかして心地よく見事な感覚を、いつまでもこのまま味わっていたくもあるがそうもいかない。なにしろ回路の調整がままならないのだ。
「オリンド。大変素晴らしい感覚がこちらにも伝わってきて、とても至福ではあるのですけれども。すみませんが回路の調整をさせてくださいね」
「あっ!? あー、うわわ! ごっ、ごめんなさっ……」
慌てて指を離したオリンドの、その循環の停止もまた見事なものだった。余力で余分に巡らせることなく、急激さに滞らせることもなく、最初から止まっていたようにふわりと落ち着く。
「……習慣とは、恐ろしいものですね……」
「うん?」
「いえ、なんでもありません」
そういえば元来の魔力量に胡座をかいて、この数年私も疎かにしていた。これを機に日課にするのもいいかもしれない。
「そうだオリンド、調整の後でもう一度お願いできますか?」
「ん、え? ……循環?」
「ええ。貴方の巡らせ方と止め方、参考にさせてほしいんです」
「……え、うわあ。……うわ、……うわあ……」
なんて? 賢者様が? なんて? 俺を? 参考に? ……ぅうわぁあ。
赤くなりながら青くなる顔を両手で覆うオリンドを、不思議に思ったエウフェリオは肩越しに覗き込む。
「どうしました?」
「どう……て、そ、そん……こんな、俺なんかを、賢者さ……ちが、せ、世界一の魔法使いが、そんな、参考とか……」
なんでどうしてそうなる。どうあったって俺みたいな日陰で野垂れ死ぬ生き物が、こうしてここに居るのもたまたま目に付いたっていうだけの話だろうに。なんで。
「あっ。……貴方、また私を別世界扱いしましたね? 数日とはいえこんなに近くに居るのに、まだ別世界扱いするんですか。やめてください。ほら、こんなに触ってるじゃないですか。魔力だって同調させてるところじゃないですか。一緒に冒険したじゃないですか。一緒に食事したじゃないですか。私は……いえ、アルたちだって、みんな貴方と同じところで生きてるんです」
彼にしては結構な早口だった。努めて柔らかくしているように聞こえる声に、オリンドは喉がきつく締まる感覚を覚えて、咄嗟に振り返る。
そこには、いつもと変わらない笑みがあった。あったけれど、同調した回路から伝わってくる魔力は僅かに揺れていて、もの悲しい。
唐突に、三件の依頼を取りに行った日の待ち合わせ場所の惨状と、それからこの拠点に張られた結界の存在を思い出した。短い間とはいえ一緒に過ごすうち、彼らの人懐こさと明け透けな性格は沁みるほどわかった。思うように対等な人付き合いができないことを苦しく思っているだろうことも今の言葉で想像が付く。
だというのに、そんな彼らからこれほど心を砕いてもらっている自分がこの有様では、拒絶しているようなものだと自身を反省した。
急に改めるのは無理でも、今すぐせめて様付けだけでもやめよう。オリンドは勇気を振り絞って口を開く。
「……ごめん、なさい……。え、エウフェリオ、は、こ、ここに居る……」
「はい。居ます」
「……俺と、同じところに……」
「そうです。一緒です」
「……うん……。うん。……い、一緒だ……」
「はい」
落ち着いてきたのか、流れ込んでくる魔力が優しく力強い感触に変化した。嬉しくて、思わずエウフェリオの顔を見詰めたすぐ後で、しかしあえなく天井を仰ぎ見る。
「……うう、でも」
「……でも?」
「っああ~~、同じ世界でも月とゾンビぃいい」
っちょ。
「なんてこと言うんですか」
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―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
一人、辺境の地に置いていかれたので、迎えが来るまで生き延びたいと思います
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大きなスタンビートが来るため、領民全てを引き連れ避難する事になった。
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「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
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貴族学園に通う主人公、シリル。ある日、ローズピンクな髪が特徴的な令嬢にいきなりぶつかられ「悪役令嬢」と指を指されたが、シリルはれっきとした男。令嬢ではないため無視していたら、学園のエントランスの踊り場の階段から突き落とされる。骨折や打撲を覚悟してたシリルを抱き抱え助けたのは、隣国からの留学生で同じクラスに居る第2皇子殿下、ルシアン。シリルの家の侯爵家にホームステイしている友人でもある。シリルを突き落とした令嬢は「その人、悪役令嬢です!離れて殿下!」と叫び、ルシアンはシリルを「護るべきものだから、守った」といい始めーー
※この話は小説家になろうにも掲載しています。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
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せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
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