賢者様が大好きだからお役に立ちたい〜俺の探査スキルが割と便利だった〜

柴花李

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第五十話 晶洞の奥に眠るもの

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「なあ、調査の前になんかオッサンの言う珍奇なもん探してかねえ?」
 このところ午前六時くらいではまだ陽の光の端も見えないなと思いつつ、アレグはクラッスラ前広場に置かれた灯り魔法のランプに照らされ虹模様の揺れるオリンドのスフマカン鶴嘴を見ながら提案した。
 どうにも実際に使われる様を早く見たくて仕方ないようだ。
「良いですね。後回しにしているとそのうちうっかり依頼自体を忘れてしまいそうですし、リンドもさっそく使ってみたいでしょうから」
 同じくオリンドの方をちらちらと見ながら、ただし視線を注ぐ先は背の鶴嘴に興奮して赤くなっている頬だが、エウフェリオも賛同する。
「俺も何が眠ってんだか知りてえし、賛成だ」
「そうねえ、カロンの話じゃ家具を贈った感触もかなり良かったみたいだし、ここらでだめ押ししとくとアルちゃんの自由も確保しやすいかもね」
「マジで!?…そっか!オーリン、なんかすっげえの頼むな!」
 楽しそうに言うウェンシェスランに食い気味で反応したアレグは次いでオリンドの腕に腕を絡めて揺すった。
「う、うん、頑張る」
 でもみんなの言う珍奇な物って何だろう。
 首を傾げたオリンドは新しく自分用にと購入したギルド版の地図を鞄から取り出していくつか頁をめくる。
「…ん。と。…どういうのがいい?魔力がすごく高いヤツとか、見たこともない絡繰仕掛けの道具とか…」
 すぐに探査を始めたオリンドは自分なりにこれぞと思うものを書き記し始めた。
「…どれがいいってか」
 イドリックは複雑そうにへにゃりと笑う。
 蓋を開けるまでもなく何もかも中身が見えるオリンドだとわかっているが、その力を使った結果も何度か見てきたが、こともなげに大層なことを言うその無自覚さが楽しくもあり困りものでもある。
 通常は使えないとされる探査スキルに代わり、地中に眠る何某かを探し出すための魔力や金属などを探知する道具も無きにしも非ずだが、ことクラッスラでは魔素や魔力が濃く流れも複雑でほとんど当てにもできない。過去にどのような場所でどのような物が出たかなどを頭の痛くなるほど資料を漁り見当をつけ考察を繰り返して、それでも出たとこ勝負で壁を掘ったり隠し扉を解除ないし壊したりした何度目かにようやく宝らしい宝に出会える、ダンジョンとはそういう場所だ。そんなだから多くは魔物を倒すことで生計を立てているというのに。
 どういうのがいい?だってよ。
「あーん、もう。知ってたけど、たっくさんお世話になってるけど!ほんっとリンちゃんありがたいわあ!」
 強化のためケスネに鎧を渡しているから本日のオリンドは鎖帷子しか纏っていない。それをいいことにウェンシェスランは思い切り抱きついてはしゃいだ。
「へぅあああ!」
 途端に茹で上がり印を書き込みかけていた地図を放り出して硬直するオリンドに、周囲から遠慮の無い笑い声が上がる。
 純情だの可愛いだのおぼこいだの、お披露目会でも聞かれた単語がごろごろと聞こえてきた。
「でしょ!?可愛いでしょリンちゃん!いじり甲斐がすっごいのよ!」
「あっはっは!あまり揶揄ってやんなよぉ!」
「いじめだ、いじめ!女と手も繋いだことなさそうな奴にゃ刺激が強すぎるだろ!」
「かぁいそうで見てらんないよ!お兄さん、あたしらんとこに転職したなら、優しく可愛がってあげるよお!」
 見物人に立てた親指を突き出して言うウェンシェスランには、顔見知りらしき冒険者から大層な野次が飛んできて周囲を更に笑わせる。
 調査団に加わった冒険者たちの、彼が描いた地図への評価が噂されていることも功を奏しているのだろう、思ったより早くオリンドという存在はこの街に受け入れられたらしい。
「ばっかやろう、オーリンを良い子良い子すんのは俺らの特権なんだよ、誰が渡すか!」
「おお!?同じく良い子良い子されてるお前が言っちまうのかよアル!」
 アレグが笑顔で拳を振り上げ応酬した言葉にすぐさまイドリックが突っ込むと広場は沸きに沸いた。
 おかげさまでオリンドの「ちゅーもしたし、…ぇ、えっちもした…ぞ…」という小さな呟きは誰に聞かれることも無かった。
「はいはい、そのくらいにしてください。リンドの作業が止まってしまったじゃないですか」
 拗ねたオリンドの姿に探査を中断させられたからだろうと捉えたエウフェリオは地図を拾い上げ、丁寧に砂埃を払って手渡しつつアレグたちを嗜める。ついでにウェンシェスランを板壁を剥がすような動作で引き離してもう一つ周囲の笑いを誘った。
 もう匙が落ちても笑うのではなかろうか。賑やかだなと思いつつオリンドは探査を再開する。
 これまで色んな地で探査を行ってきたが、クラッスラを見るのはいつでも一際胸が躍った。なにしろ埋まっている物が桁違いに多く、また種類も様々だ。
 全て見通せるようになった今は殊更に楽しく、あれもこれもとつい見てしまう。
「……へぁっ!?」
 そんな、やめ処もわからなくなるほど次々と拾い上げていた時だった。なんとなく気になる魔素の塊に意識を飛ばした途端、その形状に驚いてオリンドは素っ頓狂な声を上げた。
「どしたオーリン!?なんかあったか!?」
 驚くべき宝があったのか恐ろしい何かがあったのか。反射のようにしてすぐさまアレグが覗き込んでくる。
「ぁう、…な、…なん、なんでこんな…」
 対してオリンドは脳に浮かぶ映像から意識を離せず、手の中の地図を握りしめて眉間を熱くさせた。
 その肩をエウフェリオが強く掴んで揺する。
「リンド!?…どうしました?何があったんです!」
「ふはっ、…あ、…うっ。…ご、ごめん、目が離せなかった」
 助かった。と大きく息を吐いて肩の力を抜いたオリンドは、素早く地図をめくると六十階層の頁を開いた。
 その手元を覗き込んでいたエウフェリオが頁番号を見るや件の晶洞に思い当たり、即座に隠遁魔法を展開する。周囲では耳目も敏く異変に気付いた冒険者や町人が、小声も聞き漏らさぬよう意識を集中させ始めていた。万が一にも聞かれるわけにはいかない。
「こ、ここ。晶洞の奥に、魔物の姿のまんまの魔石がある」
「…えっ?」
 やや蒼白になりながら言うオリンドに、誰もが言葉を失った。
 沈黙をどう取ったものか、彼はくしゃりと眉を下げた。
「え、えっと、…前回、は、こっちに気を取られすぎて…、たぶん重なってて見えてなかった。…ごめんなさい」
 あまりにも晶洞の魔素が濃過ぎて目を奪われ、重なる位置にあった魔物魔石を見落としていたと悄気るオリンドにアレグは勢いよく首と両手を振った。
「いやいやいや!そうじゃなく!ていうかオーリンが謝る必要無えよ!…じゃなくて俺らの頭が追い付かねえだけ!」
 頭に当てた片手をもどかしそうに動かしてアレグは唸る。
「そうだ、おまえさんが謝る必要はどこにも無い。というか、なんだ魔物の姿の魔石って…!?」
 落ち着けとイドリックはオリンドの肩に片腕を回すと、地図を覗き込んで誰にともなく問いかける調子で自らのまとまらない感情を吐き出した。
 通常であれば魔石は、地中に埋まった魔物の死体が骨と皮ばかりになって核が剥き出しになり、土砂の圧力を受け周辺の魔素を吸収して変化し出来上がる物のはずだ。それが丸ごと魔石になっているとはどういうことか。
「…っ、で、でっかい魔石で彫刻した、とか?…かしら?」
 意味がわからないわそんな物。
 気付けば張られていた隠遁魔法に安堵の溜息を吐きつつ、どう考えたものかとウェンシェスランは首を捻る。
「ううん。彫刻じゃ無い。…毛並みとか髭とか、こんなの石を削って作れる物じゃ無い…よ」
 自分の見ているものが信じられないとオリンドは口元を手で押さえる。塞がないと何かが漏れてしまいそうだ。
「晶洞の近く…ということは、魔素脈が通っていませんか」
 過去にそこで魔物が多数死ぬ何かが発生し多量に核が集まったのだとしても、洞窟状になるほど結晶が育つには至るまい。ならば近くを魔素の流れる地脈があるのだろうと、前々から見当を付けていたエウフェリオは何の気無しに確認を取った。
「えっ?うん。通ってる。すごく濃いやつ。…あっ、そうか。丸ごとのやつ、妙に並んでると思ったら、魔素脈に沿って埋まってるんだこれ。…、…っえ?」
 聞かれて答えたオリンドは、誘発されて見ているものに対する引っ掛かりが解けたと口にしてからその異常さに気が付いた。同時に、魔素脈にも重なってたから判別しにくかったこともあって前回は見落としたのかなと、ぼんやり考えを逸らしたのは無意識にその異常さから気持ちを守るためだったかもしれない。
「…な、るほど…。たまさか太い魔素脈の近くに埋まった魔物の体が魔石化したのかと考えたのですが、…先日の二階部屋といい、どうにも大層な趣味が流行っていたようですね」
 すると、オリンドは口にしていないがおそらく魔物周辺の地層は重力魔法で圧力をかけられたり、時間魔法で時を進められたりした痕跡があることだろうと推測して、更にその尋常で無さにエウフェリオはこめかみを痛めた。
「大層な趣味で片付けられても困るわあ…。まあでも、見てみなきゃわかんないけど、だいぶ珍奇に該当しそうね?」
「はは。そいつを王に献上するってか」
 もはや乾いた笑声しか出てこない。
「あー。いんじゃね?オッサンもうまじで珍しい物すげえ好きだし。背景がそんなんでも物は物として愛でそう」
「わかった…。…で、でもこんなすごく奥に埋まってるの、どうやって掘るの…?」
 どうやら掘り出して献上することに決定したらしい。が、魔石は件の晶洞より更に地中深くに眠っている。晶洞だけでもかなり奥の方だというのに、更にそれを迂回して掘らねばならないとなると一朝一夕では適うまい。どうするのかと首を捻ったオリンドの、その背中をアレグとイドリックはほとんど手加減無しに笑顔で叩いた。
「あいっ…!」
「お前が背負ってるもんは何だってんだよ!」
「おまえさん本当にひとつことに集中すると他が疎かになるな!」
「わあーっ!そうだった!」
 俺は一体何でこんな素晴らしい道具を背負っていることを忘れてあわわわわ。
「…えっ、でも、本当に時間足りるの?」
 瞬時に痛みも忘れてオリンドは背中のスフマカン鶴嘴にわたわたと腕を伸ばし、しかして楽に掘れるとはいえ調査の時間はどうなのかと再び首を傾げる。
「なに、少しばかり掘ってみて、時間がかかるようであれば更に強化魔法をかけるもよし、いざとなればアルの力で切り開くもよしです」
「そ、そうか…。えっ?掘り出した土砂は?」
「この鞄がありますから」
 にこりと言うエウフェリオにオリンドは一旦思考を停止させ、彼の持つ収納魔法鞄をじっと見て、それからすこぶる付き笑顔をもう一度見て、思考を手放した。
「……うん。…フェリが良いならそれで……」
「よくないでしょー!?よく考えてリンちゃんー!?古代魔法!古代魔法の書で魔法をかけてる鞄よ!?それだってフェリちゃんの魔力を常時じわじわ吸ってんのよ!中身が増えるほど消費魔力も増えるのよ!それを土砂運びのトロッコ代わりにしようってのよ!?」
「え…っ!?そ、そん、そんな…」
「シェスカ、貴方が先日言った、私の魔力が六から七割まで回復すれば良いとは、それ込みの計算でしょう。…大丈夫ですよリンド。想定通りならこの鞄が溢れようと大した魔力は持っていかれません」
「ほ、ほんとう!?…気絶したり、しない!?」
「しませんしません。心配なら少しずつ入れていきましょう。それで危ないと判断したらそこで止めて別の方法を取りますから」
「うっし。そんなら決まり決まり。いつまでも喋ってねえで、行くぞほら」
 どこをどう巡ったとしてもエウフェリオがオリンドのためにこうと決めたのだから梃子でも動かん。と、早々に見切りを付けていたイドリックはそろそろ蹴りがついたと見るや、とっとと歩き出しながら声をかけた。
「あん、もおぉ。あとで魔力足りなくなっても知らないわよお?」
「ってか、そういやさあ、魔力回復の魔石もついでに探してもらったら良いんじゃねえの?」
 希少だとか言ってあまり在庫も持ってないよな。と、以前から疑問に思っていたアレグはことのついでにウェンシェスランに聞いた。
「うーん。ついでで出てくるかしらねえ…。あれはできかたが特殊なのよ」
「ほぉん?…どういうふうに?」
「回復の妙水に浸かった核からできてんのよ」
「えー。じゃあ死にかけでそこに辿りついたってことじゃん。大したことねー怪我なら浸かってたらそのうち治…あっ、だからあんまり無いのか!」
「そ。しかもよ、老衰だ病気ならまだしも、瀕死の重傷だったら、負わせた捕食相手に見つからなかったってことでもあるのよ。更に確率下がるでしょ。それに、やっぱり人の魔力とは違うのよねえ。だから多用すると魔力酔いしちゃうってわけ」
「そうかあ…。んじゃ、例の回路調整で魔力交換するやつ?あれでオーリンからフェリに分けたりとかしたらダメなのか?」
「きゃー!!ちょっ…!ちょっと!…フェリちゃん隠遁魔法はまだ有効!?」
「ええ。効いてます。…アル、あまりそういうことを外で言うものではありません」
 なんとなしに解かない方がよさそうだという予感に従って良かったと胸を撫で下ろしつつ、エウフェリオはアレグを嗜める。
「ええっ!?なに?俺なんかまたまずいこと言った!?」
 慌てて口元を覆ったアレグはウェンシェスランとエウフェリオの顔を交互に見た。二人ともなんとも言い難い表情をしている。
「まずいことって言うか、朝っぱらからやめなさいって話ね」
 渋い顔をしたウェンシェスランは袖で口元を隠すと声を潜めた。
「フェリちゃんとリンちゃんがやってるのは、ギルドの講習なんかでやってる、手を繋いで少量を交換とか言うのじゃなくて、もっと深いところまで交換する方法なの。お互いの体液だとか血液だとかを入れ替えるような行為よ」
「…え…。う…ん。…それが?」
 なんとなくそんなような説明は前にも受けた気がするが。それがなんだというのだろう。
 よくわからずにアレグは首を傾げたし、背中で聞いていたイドリックも、当の施術を受けているオリンドもよくわからずきょとりとして耳をそばだてた。
「そうするとお互いの感情だとかまで同調して、そこに好意があればけっこう気持ちよくなっちゃうの。フェリちゃんリンちゃんみたいに深い恋情なんて持ってたりしたら、それこそ性交より気持ちいいかもね」
「っ、ちょっとシェスカ!言い方!」
「っわ、わぁああー!?!?しぇ、シェスカおま、なんてこと言うんだよー!?」
 ウェンシェスランの言にエウフェリオは何も無いところで躓きそうになりながら待ったをかけたし、アレグは急激に上がった体温を逃すように突き出した両腕をバタバタと上下に交差させた。
「アルちゃんが言わせるようなこと言ったのよお!…いい?人前…特に魔法に精通してる人間の前で、そんなこと言ったら、スケベ扱いされちゃうわよ?フェリちゃんの魔力量で回路調整してるなんてったら、リンちゃんの魔力量もバレちゃうし、ガッツリもガッツリ交換してることもバレちゃうし、二人の仲だってバレちゃうわ。本来ならギルドだとか教会の施術師に頼んで、なるべく無感動にやることなんだからね」
「…スケベがどうのより、オーリンの魔力量がバレるって方がヤバそうじゃねえか。いや、考えてみりゃそうなんだけどよ。そういうのは先に釘刺しとけよ、アルだぞ?」
 そういえば、自己流で無理を重ねた回路の調整は魔力量の近い者が行うという話をしていたか。そりゃあちっとでも詳しい奴が聞けば、フェリが調整してる時点でオーリンの魔力量も推測されちまうってもんだ。
 背中にひやりとしたものを感じながらイドリックは肩を竦めた。百八階層まで見通した日の魔力練り込み発光で相当高い魔力量の持ち主だということは浸透しているが、今のところ賢者相当とまでは思われていない。驚愕の探査スキルについて爆発的に噂話の広がっている昨今だ、もしこのことまで明るみに出ようものならどんな副作用が起きることやら。
「なにが俺か。…そりゃそうなんだけどさ。…くそう。…てか、オーリン。まじでそんな気持ちいいの?」
 くるり。アレグはちょっとした好奇心からオリンドを振り返った。
 オリンドは。
 二十歩ほど離れた後方で湯気を立ち昇らせて一人蹲っていた。
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