「きみ」を愛する王太子殿下、婚約者のわたくしは邪魔者として潔く退場しますわ

間瀬

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19 消せない想い

 ふと開いた目には、閉じられた厚いカーテンの隙間から差し込む月の光と、ベッドの天蓋が映りましたわ。
 そして、やはりあれはただの夢でしたのね、とひどく落胆いたしましたわ。

 ――あれは、たしか、婚約者として初の顔合わせをしたときのことでしたわ。
 その日、わたくしは、初めて会う「婚約者」という未知の存在に内心怯えておりました。
 朝早くに起こされて念入りに身支度を整えていただき、お父様とお母様に挟まれて宮殿へと参りましたの。

「……ご、ごきげんよぅ……初めて、お目にかかります……アリアンヌ=マルゼリアスティーナ・ド・ギーズ、と申しますわ……以後、お見知り置き、くださいまし……」

 緊張のあまり舌を噛んでしまい、顔を――おそらくは耳まで真っ赤にしながら、なんとか挨拶をいたしましたの。
 それまでは一度も人前に出たことがなかったため、人見知りだったのですわ。
 せっかくお母様直々に教えていただいた挨拶がうまくできなかったことが悔しくて、恥ずかしくて。
 顔を下に向けて、せめて涙をこぼさないようにと唇を噛んでいたのですわ。
 それなのに。

「ギーズ公爵令嬢、ご挨拶ありがとう。私の名はラファエル=フランソワ・ド・ブルボン。これからは婚約者として良き関係を築いてゆけたら嬉しい。よろしく」

 わたくしの失態など気にも留めないとでも言うかのように、柔らかい声音でご挨拶を返していただけたのですわ。
 思わず目を丸くして顔を上げると――整えられた庭園を背にして穏やかに微笑む、美しいお顔がございました。
 こんなに神々しいお方がいるのかと、子どもながらに感動いたしましたわ。
 そのお顔を見つめているうちに、いつの間にか心に余裕ができてまいりましたの。

「……はい、こちらこそよろしくお願い致しますわ」

 そして今度こそ、きちんとした言葉をお返しできたのですわ。
 緩んだ表情で。
 そんなわたくしの様子に、ラファエル王太子殿下は安堵したかのような息をもらされ、こうおっしゃったのですわ。

「婚約者なのだから、しっかりと仲を深めたいんだ。だから、まず――」

 そこでラファエル王太子殿下は一度言葉を切り、太陽の光が眩しかったのか、目を細められましたわ。

「あなたのことを、ファーストネームで呼ばせてもらっても、良いだろうか」

 先程まではわたくしのことを気遣う余裕すらあったというのに、落ち着きのない、そわそわとした様子でこちらを見つめられて。
 そんなラファエル王太子殿下がおかしくて、自分でも知らぬ間にくすくすと笑ってしまいましたの。
 すると、彼は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、すねたようなお声を出されたのですわ。

「いくらなんでも、笑うのはひどいのではないかい?」
「いえ……失礼いたしましたわ」

 そこで一つ息をついて覚悟を決め、ラファエル王太子殿下の美しい瞳を見つめ返しますと、爽やかな風がわたくしたちの間を通り抜けてゆきましたの。

「どうぞ、アリアンヌと、お呼びくださいまし」
「……アリアンヌ嬢、ありがとう。では、私のことも、ラファエルと呼んでくれないだろうか」
「はい、ラファエル様っ」

 この時、このお方とならば良い関係が築けそうだと初めて感じたのですわ。
 後々、妃教育の中で、まだ王族ではなく臣下なのだからと講師の方に教わりましたので、呼び方は「殿下」に矯正いたしましたけれども。
 この日の思い出は、きっと、いつまでも薄れることはないでしょう。
 初めは「婚約者」という肩書を持った、兄のように気を許せるというだけの存在でしたわ。
 しかし、それから時を重ねるにつれ、わたくしの心は、恋へと傾いてゆき。
 それ恋心を自覚したのは、今から二年程前、十二歳の誕生日の日でしたわね。

「アリアンヌ嬢、誕生日おめでとう。私、ラファエル=フランソワ・ド・ブルボンは、あなたを一生大切にすると誓います」

 花束とともに贈られた言葉に、思わず涙がこぼれておりましたの。

 ――ですから、より一層哀しいのですわ。
 いっそ全てを忘れられたらと、一体何度思ったことでしょう……。
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