おいもいちみ

けまけま

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おいも いちみ(1.山編)

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寂しすぎる山道だった。

歩いても歩いても、たどり着かない。


人の姿を最後に見たのは3日前・・・

顔はいもでも、足は棒・・・。

日暮れまではまだ時間があるはずなのに、道の両側にうっそうと茂る木々のせいで、辺りは薄暗かった。



職探しをしていたおいもさん、いくつもの会社を回ったあげく、やっとありつけた仕事が・・・

山賊さんぞくだった。

どうせならエレガントな都会の窃盗団がよかったが、文句は言っていられない。


賊のアジトはもう近いはずだ。ブルブルっと、武者震いがした。
道中、何度かポンポコやコンコンに化かされて、すっかり身ぐるみを剥がされていたせいかもしれない。
だが、晴れて「山賊お芋」になった暁には、今度は身ぐるみを剥がす側になるのだ。
気を引き締めなければ。


その時、空から一羽の鳩が

パタパタパタッ

と、お芋さんのところに舞い降りてきた。

脚に紙が巻き付いているではないか。

お芋さんは、自分への恋文に違いないと思い、早速取り外して読んでみた。


「まだ見ぬあなた、早く私のアジトへ来てよ。二人でステキな夜を過ごしましょ。」


ひと筆で綴った感じの墨文字からして、書いたのは、年が22で長い黒髪の美人だろう。
お芋さんは、その紙の裏に返事を書き、鳩の脚にくくり付けて空に放った。


「僕は怪盗お芋。君のハートにロック・オン。」



それからどれくらい歩いたことだろうか・・・。


“山賊アジト”

という表札の一軒家があった。おそらくここだ。
お芋さんは玄関の戸を蹴り開けて叫んだ。

「たのもう!」

アジトの中は暗かったが、すぐにパッと裸電球が灯り、

よっしゃー ほらさー
よっしゃー ほらさー

という音頭が聞こえてきた。
そしてそれに乗って、奥の方から四人の山賊が列をなして歩いてきた。

一番前のが親分格なのか、とてつもなく顔が大きく、後ろの奴らは隠れて見えなかった。

よっしゃー ほらさー
よっしゃー ほらさー

隊列は向きを変え、お芋さんの前に横一列に並んだ。
しばらく沈黙した後・・・
左端にいた親分がおもむろに口を開いた。


「あ、あ~~~」


あくびをしただけなのか・・・。


次に親分の隣りにいた、筋肉ムケムケの赤鬼のような弟分が言った。

「俺はここのNo.2、名前はシャテーだ。
おい、新入り、よく聞け!
ああ~俺、肌弱いのに日焼けし過ぎで、皮がボロボロヒリヒリだわ。」


続いて左から三番目にいた、やや太っているが人相の悪い子分が、ガムを噛みながら言った。

「俺たち山賊にとって一番大事なのは、上下関係だ。お前なんか新入りのペーペーだ!俺はゴロツキーってんだ。まあ、食えや。」

そう言って3枚残っている板ガムを差し出した。それを一枚抜いたらネズミ捕り器の小さいのが仕掛けてあって指を〝バチン!“と挟まれるのをお芋さんは知っていたので、遠慮しておいた。


最後に、右端にいた粗末でちっこいのが言った。

「俺の名前はワン=コロだ!お前はそれ以下だ!! どうだ、まいったか!ひゃっひゃっひゃ。」

お芋さんはなんだか馴染めない気がした。


一つ戻ってゴロツキーが言った。

「俺たちゃ民主主義だから、たまには多数決も使う。進んでるだろ!?驚いたか!ガム、食うか?」

お芋さんは、また遠慮した。


も一つ戻ってシャテーが日焼けムケムケの腕をこすりながら言った。

「だが上の者の命令は絶対だ。神の言葉と思え!」


そしていよいよ大きな顔の親分が、ゆっくりと口を開いた・・・


馬糞ばふん。」


貫禄だ。

お芋さんは礼を尽くして言った。

「親分さんの威厳と、シャテーさんのムケムケを見習いたいです!」

親分とシャテーは微笑んだ。


「ところで、序列で言うと・・・身長と顔の大きさからして、僕はシャテーさんとゴロツキーさんの間かと。そこに並んでよろしいでしょうか?」

「何をぬかすか新入り!」

ゴロツキーが顔を真っ赤にして怒鳴り、勢い自分で板ガムを抜いてバチン!となり、さらに怒り狂った。
すかさず、ワン=コロも言った。

「お前なんか俺以下のゴミだ!掃いて捨てるぞ!まいったか!!ひゃっひゃっひゃっ」


結局、多数決を用いることになり・・・

お芋さんの申し出に賛成なのは親分、シャテー、お芋さんの3人で、
反対なのはゴロツキー、ワン=コロの2人だったので、
お芋さんは上から3番目に入った。

ゴロツキーはふてくされて柱をかじった。
ワン=コロは荷物をまとめて出て行ってしまった・・・。

お芋さんは言った。

「もう一人、求人を出しましょうか。このままじゃゴロツキーがぺーぺーだから。」

「そうだな、早速そうしよう。」

シャテーが同意した。

ゴロツキーは、ガムをセットし直していた。


すると、親分がまた口を開いた。

「どうしてお芋くんは下着一枚なの・・・」

なんだ、普通に喋れるのか。

「ここに来るまでにいろいろありまして・・・」

気のせいか、親分の頬が赤くなっているような。手には手紙らしきものを握りしめていた。


と、その時、
けたたましい音が鳴り響いた!

ボヨーーン ボヨーーン
ボヨーーン ボヨーーン

警報器だ!


監視カメラが山道をやって来る一台の馬車を捉えているではないか。

シャテーが声を上げる。

「お客さんだ! これ逃したら次は3年後だぞ。何が何でもいただきだ!
全員出撃!! 俺は筋肉ムケムケだ!!」

だが、親分はどのイヤリングをつけて出かけるかで迷って、もぞもぞしていた。

「親分!急いで!!」

焦らされた親分は、戸棚や引き出しを片っ端から開けてアクセサリーを掻き出したので、部屋の中はまるで泥棒にでも入られたかのような有り様になった。


「おおい!親分!もう一刻の猶予もありやせんぜ!!ガムあげるから」


親分はガムを引いた。

バチン!!

「ぎょえ~~~っ!!」

ドスっ!!

親分は錯乱し、ガムに挟まれた手で冷蔵庫のドアを突き破ると、中からイヤリングを取り出して両耳に付けた。
実際それは、イヤリングではなくイカリングだったのだが、気付いていないようだ。

「今度こそ出撃だ!!」

シャテーが親分のお尻をど突きながら駆け出すと、お芋さんとゴロツキーもそれに続いた。


今度の山賊音頭は調子がいいぞ!

よっしゃー ほらさー
よっしゃー ほらさー

よっしゃー ほらさー
よっしゃー ほらさー

4人は部屋の中を3周走った後、その勢いで外に飛び出した。



外は静かだ。
すっかり夜になっている。

月明かりを受けて、親分のイカリングは生臭い輝きを放っていた。

四人は道端の茂みの中に身を隠した。ただ、親分の顔だけは大きすぎてどうしても隠せなかったので、お芋さんのひらめきで親分の顔に年輪を描き、切り株のフリをしてもらった。

親分はイカリングをペロリンと食べると、仰向けにたたずんで切り株になった。


風が吹いて木々がガサガサ騒いでいる。

「なんだか薄気味悪いなぁ。」

ゴロツキーは心細そうにお芋さんに身をスリスリさせてきた。

「ねえ、ガム、噛む~?」

「今どき馬車なんて・・・」

お芋さんは道の先に目をやったままつぶやいた。
シャテーも少しうなずいたようだった。

「西部の荒くれ者か、あるいは幽霊馬車か・・・」

そう言った時、

バサバサバサバサッ!


大きな黒い影が彼らの上を横切った。

「ギャーっ!」

ゴロツキーは驚いて飛び上がり、そばにあった切り株の上に尻餅をついたが、切り株に跳ね返されて横っ飛び、シャテーの筋肉ムケムケの腕を掴もうとして思いっきり引っ掻いた。

「ギョエーっ!」

シャテーがのけ反った。

「しーっ、今のはただの巨大なコウモリだよ。」

お芋さんは冷静だ。

「馬車の音が聴こえる。」

小声で言った。

「僕にいい作戦がある。聞いて。」

シャテーとゴロツキはお芋さんの方を向いて静まった。
親分も聞いているはずだ。

「道の真ん中に切り株の親分を置いておけば馬車は停まる。誰か降りてきたところでシャテーさんが仁王立ちになって筋肉ムケムケをひけらかすんだ。見とれてる隙にゴロツキーと僕が後ろから乗り込んで、ゴロツキーが中の人にガムを振る舞い、僕が金目の物をいただく。どう?」

シャテーはすぐさま同意した。

「よし、できればカラーテレビが欲しい。いいか、女・子供には手を出すな。」

「よっしゃー!」

「ほらさー!」

四人は蟹歩きで守備位置に着いた。


車輪の音が大きくなり、月明かりに馬車の輪郭が浮かび上がった。

二頭立ての幌馬車だ。
一頭はタテ髪が長い。

手綱を握る人影が見える。


さらに近づいてきた時、はっきり見えた。
手綱を握っていたのは案の定、人間ではなかった・・・。

骸骨だ。

がいこつコツコツだ!


「ゆ、幽霊馬車だ!!」

ゴロツキーは慌てふためき、ガムを放り捨てて一目散にずらかった。

シャテーは筋肉がヒリヒリするから、と言って先に帰った。

切り株の親分は逃げ遅れたので、車輪が親分に乗り上げ、馬車はその場で横転!


カタカタ ゴキーッ!


がいこつコツコツが馬車から投げ出され、地面に肘をついて骨折した。

がいこつポキポキになった。

「イテテテ ポキン
 イテテテ ポキン」

声にならない声を上げて、カクカクしながら山道をアジトの方向へ走っていった。

先に逃げ込んだ二人と合流するだろうか。


その時、ガタガタっと馬車の荷台が揺れて、幌の中から西部の荒くれ者が3人も飛び出してきた! 銃を手にして、ただならぬ雰囲気だ。

「こりゃどうなってんだ、がいこつ御者がいねーぞ、ビリー!」

「おい、ジョニー!いつになったら覚えんだ。俺はビリーじゃねぇ。西部一の早撃ち、すね毛のトムだ!」

「俺だってジョニーじゃねぇ!泣く子もだまる西部一の色男、胸毛のハリーだ。」

「おいおい、お前ら、何度言ったらわかるんだ!西部一は俺様だろ。産毛のゴンザレスとは俺のことよ。」

「やるか?」

「望むところよ。」

「俺もだ!」

3人は、すね毛と胸毛と産毛を一斉に引っ張り合った。
産毛だけはすべってどうしてもつかめなかったので、鼻毛につかみかえた。

「やめろ~~、いて~~~~っ」

だが、5分経っても誰も降参しなかったので、真剣勝負に切り換えた。


ひゅ~~~~

と冷たい風が吹いた。



バン!


バン!


バン!



目にも留まらぬ速さで撃ち合って、バッタバッタと3人とも倒れてしまった。


今のは何だったのだろう・・・。

辺りはまた静まり返った。


お芋さんは誰もいなくなった馬車に乗り込み、カラーテレビを3台持ち出すと、1頭の馬の背中に縛りつけて荷台を切り離した。
そして、落ちていた麦わら帽を深くかぶってもう1頭の馬にまたがり、2頭連なって堂々とその場を立ち去ったのだった。

月明かりの下、お芋さんと2頭の馬が山道をゆく。シルエットはまさに勝利者のそれだった。

夜風が心地いいぜ。



しばらく経って、誰もいなくなった現場で、切り株がむくむくっと動き出した。

切り株は馬車の幌の中を覗いてみたが、宝石もお菓子もなかった。
目に涙を溜めながら、胸元にしまっていた手紙を取り出して読み返している。

「お芋くんにロックオンされたはずだった・・・。」

どうしていいか分からず、馬車の周りを右往左往した。
馬車の幌に切り株の影が動く。


バチン!!


ガムを拾ったようだ。
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