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洋子の白い闇
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彼女はリフトを降りて、いきなりゲレンデの反対方向に
滑りはじめた。
その先は急斜面、そして高さ30メートルの崖。
落ちれば、命の保障はない。
と、いうか、確実に死ぬ。
一瞬僕はためらった。
でも、身体が先に動いていた。
「待てっ!」
直滑降で滑り降りて彼女に体当たりした。
二人とも転んだままそのまま滑り落ちる。
僕が無理やり木にぶつかり、なんとか二人は止まった。
「なんでこんなことするんだ」
怒りにも似た気持ちがこみ上げ
荒い言葉を彼女にぶつけた。
まだ、二人とも息が荒い
彼女は「死にたい!」と叫んだ。
白いスキーウェアが破れかけている。
僕のダークグレーのウェアも破れそうだ。
激しい滑降だった。
とにかく体勢を整え、リフトまで這って登る。
無言で雪を掴み、数センチづつ這い上がる。
ようやくリフトに着いた時には、もう日が
暮れようとしていた。
落ち着きを少し取り戻した彼女に
「何で死のうとした?」と聞いた。
彼女は、無言で答えない。
でも、こっちも命を懸けたのだ。
聞く権利はある。
もう一度聞く。
「何で?」
彼女は静かに答える。
「生きていくのに絶望したの…」
彼女とは、 昨日リフトで出会った。
ゲレンデの第三リフトに乗った時だ。
険しい山頂まで行くリフト。
ペアリフトなので、何度か白いスキーウェアを着た
彼女と一緒になった。
3回目に一緒になった時、話しかけた。
「今日はコンデション悪いですね
」
「ええ、そうですね。でも、慣れてるから…」
「滑るの上手だけど、よくここに来るのですか?」
「ええ、このスキー場のロッジでバイトしてるんで
空き時間によくここを滑るんです、
このあたりの事は何でも知ってますよ」
「へえー、だったら上手いわけだ」
「ありがとうございます、昔はへたっぴぃだったんですよ」
「誰かに教えてもらったとか?」
「ええ、昔の彼に…」
リフトは終点に到着した。
軽く会釈をして別々のコースを滑る。
白いスキーウェアにワンレングスの髪がよく似合う。
リフトも止まり、最後の滑降を終えた。
宿泊してる「ケルン」という名前のロッジの
食堂で夕食を頼んだ。
オーダーを取りにきてくれたのは
、
昼、リフトで一緒だった彼女だ。
そういえば、ロッジでバイトしていると言ってた。
地元産の牛肉を使ってるという
「高穂高原牛ハンバーグセット」と生ビールをオーダーした。
今時珍しいだるま型ストーブをガンガンに焚いて、
暑いくらいなので、ビールがすごく旨い。
彼女が食事を持ってきてくれたとき、軽く話しかけた。
「どうしてここでバイトを?」
「スキーを死ぬほどできるから」と、彼女。
「お仲間とご一緒ですか?」と逆にに質問される。
「いや、一人で」と僕。
一人で泊まりでスキーに来るなんて、
かなり珍しいケースだろう。
「そうですか…」
彼女は静かに微笑んで、去っていった。
僕はいわゆる派遣切りで職を失った。
一応夢を持って小さな劇団に所属している。
だが、劇団の仕事はほとんどない。
端役すら、なかなか廻ってこない。
生活のために派遣の仕事に就いていた。
しかし、その仕事を失ったので、
将来のことも考えたいと一人旅
と、いうか一人スキーに出た。
夢と現実の両立はなかなか難しい。
齢を重ねるあせりだけがつのる。
眠りかけの頭に、あれこれと将来の不安が襲ってきた。
現実から逃げるために、こんなとこまで来たのに、
それは無駄だったようだ。
将来や、今やるべきことの明確な答えが
見つからないまま、昼間の疲れからか
睡魔に襲われ、そのまま眠ってしまった。
翌朝、カーテンの隙間から射す陽で目が覚めた。
7時30分。
スキー客としては遅い方だろう。
また、あの食堂に朝食を食べに行く。
彼女がいるのをちょっぴり期待していた。
でも、彼女の姿は見当たらず、
中年のおばさんが朝食を持ってきてくれた。
劇団、安定した収入、矛盾、結婚…。
昨夜寝る前に悩まされたことが
喉の奥に小骨が刺さったような不快感をもたらす。
でも、外を見ると今日は晴天だ。
抜けるような青い空、白いゲレンデが銀色に光っている。
東京に帰っても、仕事はない…。
そんな不安を振り払って、スキーウェアを身に付けゲレンデに出た。
彼女とは、 昨日リフトで出会った。
ゲレンデの第三リフトに乗った時だ。
険しい山頂まで行くリフト。
ペアリフトなので、何度か白いスキーウェアを着た
彼女と一緒になった。
3回目に一緒になった時、話しかけた。
「今日はコンデション悪いですね」
「ええ、そうですね。でも、慣れてるから…」
「滑るの上手だけど、よくここに来るのですか?」
「ええ、このスキー場のロッジでバイトしてるんで
空き時間によくここを滑るんです、このあたりの事は
何でも知ってますよ」
「へえー、だったら上手いわけだ」
「ありがとうございます、昔はへたっぴぃだったんですよ」
「誰かに教えてもらったとか?」
「ええ、昔の彼に…」
リフトは終点に到着した。
軽く会釈をして別々のコースを滑る。
白いスキーウェアにワンレングスの髪がよく似合う。
リフトも止まり、最後の滑降を終えた。
でも、外を見ると今日は晴天だ。
抜けるような青い空、白いゲレンデが銀色に
光っている。
東京に帰っても、仕事はない…。
そんな不安を振り払って、スキーウェアを身に付け
ゲレンデに出た。
リフトに乗ってる時の風が頬に心地良い。
病んだ心とは別に、身体がスキーに向って
整ってくる。
ここ「高穂高原スキー場」は標高が高いせ樹氷ができている。
木が別の存在に見え、
氷が陽の光を受けてキラキラ光ってる。
何もかも忘れるくらい思いっきり滑ろう。
一人だからスケジュールも気軽だ。
そして、第三リフトに何度も乗った。
そうしているうちに、彼女とまたリフトで一緒になった。
昨日の夜、ロッジで再会したせいか、今日は何となく
心を開いて話せる。
「昨日はどうも…、いつからここでバイトを?」
「先月から、でももうすぐ終わるんですよ」
「誰か、お友達とかと一緒にやってるんですか?」
「いえ、一人で」
彼女がここでアルバイトを一人でしているのも何か理由
があるのかと思った。
まさか僕と同じような理由ではないだろうけど…。
あまり詮索はしたくない。
「今日は晴れて良かったですね、アイスバーンも
あまりないみたいだし」
「そうですね、ここからの景色を見ていると東京に
いたとき自分はいったい何やってたんだろうという
気持ちになりますね」
「東京にいたしたんですか?」
「ええ、ここにアルバイトにくるまでは」
「僕も東京から来ました…、
そういえばお名前聞いてなかったですね」
「ええ、野上洋子といいます」
「僕は、沢田芳樹です」
よく考えたら昨日は自己紹介さえせずに
いろいろしゃべっていたことに気がついた。
風に揺れるワンレングスの黒髪が
陽射しを受けて銀色に光っている。
「今日のバイトは?」
彼女と一緒に滑りたい気持ちが湧いてきて
思わず聞いてしまった。
「夜の6時からです」
「それじゃ、少し一緒に滑りませんか?」
1秒…2秒、3秒ほど沈黙。
「いいですよ、でもあなたについていけるかしら?」
謙遜もいいとこだ、急なコブ斜面を
ウエーデルンでかっとばしていくスピードは
素人離れしている。
僕のほうが置いていかれそうだ。
そして、何本か、一緒に滑った。
スキーの板をゲレンデにさして休憩する。
「それにしても上手ですね、昨日も思ったんだけど」
心から出た言葉だ。
「ありがとう、昔、インターハイの優勝目指していたから…」
あまり、その話題に触れたくなさそうに、彼女は答えた。
趣味でやってるスキーヤーと、競技でやってるスキーヤーとの
力の差はかなり大きい。
友人の友達で、一度国体に出場した選手と滑って、
次元の違いを痛いほど実感させられたことがある。
気合を入れると、彼はコブだらけの急斜面を
ほぼ真っ直ぐに猛スピードで滑り降りていった。
「彼氏に教わったと言っていたけど…」
ちょっと間をおいて、
「高校のスキー部の先輩だったんです、でも少し前にふられました」
真剣に聞く僕の姿勢に心を許してくれたのか、
過去の思い出をかみ締めるように
ぽつりぽつりと彼女が話す。
雪をかぶった梢が、僕たち二人の近くで
風に揺れてダンスをしている。
「職場も人間関係が悪くて、まったく行きたくなくなって、
無断欠勤の連続…」
「気持ちが沈んで、部屋からも出たくなくなったの、
そう、張り詰めてた糸が切れたみたいで」
つらかった日々を噛み締めるようにさらに彼女は語った。
久しぶりに、心を開ける相手を見つけたように、僕に話す。
「結局職場をやめて、うつ状態から脱出するのに1年くらいかかった。
それで、思い出の多すぎる家を引っ越して、
ここのロッジのアルバイトをすることになったの」
「実は僕も職を失って、…劇団の仕事はやってるんだけど…。」
僕も自分の境遇について彼女に話した。
知り合って間もないのに、こんなに話せるなんて不思議だ。
雪に包まれた世界に二人でいるからなのか、
心を許し、お互いかなり深いとこまで話した。
周りの景色に似合わない話を、二人でしてる。
考えてみれば不思議だ。
「うつ病って、自殺につながることがあるんですよね」
不用意に僕は彼女に聞いてしまった。
「幸い、私の手首に傷はないわ」と彼女は少し笑った。
「でも、そうしたい気持ちには何度もなったわ。
ここに来てからは一度もないけど」
それが嘘だったことは、後から分かる。
彼女のうつ病は治っていなかったのだ。
彼女の心はまだ、深い白い闇の底で喘いでいた。
真剣に聞く僕の姿勢に心を許してくれたのか、
過去の思い出をかみ締めるように
ぽつりぽつりと彼女が話す。
雪をかぶった梢が、僕たち二人の近くで
風に揺れてダンスをしている。
「職場も人間関係が悪くて、まったく行きたくなくなって、
無断欠勤の連続…」
「気持ちが沈んで、部屋からも出たくなくなったの
、
そう、張り詰めてた糸が切れたみたいで」
つらかった日々を噛み締めるようにさらに彼女は語った。
雪に包まれた世界に二人でいるからなのか、
心を許し、お互いかなり深いとこまで話した。
周りの景色に似合わない話を、二人でしてる。
考えてみれば不思議だ。
「うつ病って、自殺につながることがあるんですよね」
不用意に僕は彼女に聞いてしまった。
「幸い、私の手首に傷はないわ」と彼女は少し笑った。
「でも、そうしたい気持ちには何度もなったわ。
ここに来てからは一度もないけど」
それが嘘だったことは、後から分かる。
彼女のうつ病は治っていなかったのだ。
彼女の心はまだ、深い白い闇の底で喘いでいた。
いろいろ話しているうちに、1時間近くも経った。
「もう2~3本滑りませんか」僕は彼女に言った。
「そうですよね、ここはスキー場なんですものね」と彼女は
出会ってから一番の笑顔で答えた。
それから二人でいろいろなコースを滑った。
二人で銀世界の中にいると、恋人同士のような錯覚に陥る。
二人で呼吸を合わせて滑っていると、
何も語らずに心が通じあう気がしてきた。
彼女も同じ気持ちだったようで、
いつしか、昔の恋人と一緒に滑っているような
気持ちになってたようだ。
そう、思い出してはいけない記憶。
彼女は思い出と一緒に滑っていた。
そして、第三リフトを降りた時、
突然ゲレンデに背を向けて滑り出した。
僕は命がけで彼女を止めた。
何故、急にそんなことをしたのか彼女に問う。
「彼との記憶が蘇って、頭が真っ白になって、気がついたら
崖に向ってしまったの」
うつ病の自殺願望が急に出たようだ。
僕と一緒に滑っているうちに、彼との幸せだった日々を思い出し
、
リフトを降りた時、急に現実の世界に戻った
。
そして、衝動的に自殺を考えた…。
彼女はそんな心の旅をしたのだろう。
何はともあれ、僕たちは無事で、山頂のリフト降り場に
たどり着いた。
しかし、命をかけてまで彼女を助けに行った僕の気持ちは
何だったのだろう。
僕こそ、自殺願望を持ってたのかもしれない。
派遣切りの事、劇団の事、実家の両親の事、
すべてが重荷になっていた。
何か、きっかっけが欲しかったのかもしれない。
それが彼女の突発的な行動だった。
僕も死んでもいいと思って彼女を助けに直滑降した。
救出した彼女に問う。
「何で死のうとした、もう、うつ病は治ったと言ってたじゃないか」
「あなたと過ごした時間が、あまりにも楽しかったので…、
彼との別れや、今までのつらかったことが、一気に込み上げてきて
自分を見失って、気がついたらあの崖に向ってしまった…、
まだ、うつ病の自殺願望は消えてなかったの」
僕は息を整えながら彼女の話を静かに聴く。
「私、この白い闇の中から誰かに助けてもらいたかったの。
さみしくて、さみしくて、人生に絶望して…
崖に向った時、あなたが助けに来てくれることを
心のどこかで期待していたのかもしれない…」
「そんな、無茶な、もし僕が行かなかったらどうなってたんだ」
「そのまま崖に飛び込んだかもしれない…」
「ええ、ありがとう、取り返しのつかない事をするところだったわ」
彼女はうつむいて泣いている。
今の僕は、そんな彼女を守れたことで、
ちょっぴり自信を取り戻せた。
いろいろ問題をかかえて死にかけていた僕の心が、
この事件で生き返った。
僕こそが、本当は彼女に救われたのかもしれない。
これからの二人を祝福するように、
夜が迫り白い闇となったゲレンデの下で、
今から二人で帰るロッジの暖かな灯りが煌いて見えた。
(おわり)
滑りはじめた。
その先は急斜面、そして高さ30メートルの崖。
落ちれば、命の保障はない。
と、いうか、確実に死ぬ。
一瞬僕はためらった。
でも、身体が先に動いていた。
「待てっ!」
直滑降で滑り降りて彼女に体当たりした。
二人とも転んだままそのまま滑り落ちる。
僕が無理やり木にぶつかり、なんとか二人は止まった。
「なんでこんなことするんだ」
怒りにも似た気持ちがこみ上げ
荒い言葉を彼女にぶつけた。
まだ、二人とも息が荒い
彼女は「死にたい!」と叫んだ。
白いスキーウェアが破れかけている。
僕のダークグレーのウェアも破れそうだ。
激しい滑降だった。
とにかく体勢を整え、リフトまで這って登る。
無言で雪を掴み、数センチづつ這い上がる。
ようやくリフトに着いた時には、もう日が
暮れようとしていた。
落ち着きを少し取り戻した彼女に
「何で死のうとした?」と聞いた。
彼女は、無言で答えない。
でも、こっちも命を懸けたのだ。
聞く権利はある。
もう一度聞く。
「何で?」
彼女は静かに答える。
「生きていくのに絶望したの…」
彼女とは、 昨日リフトで出会った。
ゲレンデの第三リフトに乗った時だ。
険しい山頂まで行くリフト。
ペアリフトなので、何度か白いスキーウェアを着た
彼女と一緒になった。
3回目に一緒になった時、話しかけた。
「今日はコンデション悪いですね
」
「ええ、そうですね。でも、慣れてるから…」
「滑るの上手だけど、よくここに来るのですか?」
「ええ、このスキー場のロッジでバイトしてるんで
空き時間によくここを滑るんです、
このあたりの事は何でも知ってますよ」
「へえー、だったら上手いわけだ」
「ありがとうございます、昔はへたっぴぃだったんですよ」
「誰かに教えてもらったとか?」
「ええ、昔の彼に…」
リフトは終点に到着した。
軽く会釈をして別々のコースを滑る。
白いスキーウェアにワンレングスの髪がよく似合う。
リフトも止まり、最後の滑降を終えた。
宿泊してる「ケルン」という名前のロッジの
食堂で夕食を頼んだ。
オーダーを取りにきてくれたのは
、
昼、リフトで一緒だった彼女だ。
そういえば、ロッジでバイトしていると言ってた。
地元産の牛肉を使ってるという
「高穂高原牛ハンバーグセット」と生ビールをオーダーした。
今時珍しいだるま型ストーブをガンガンに焚いて、
暑いくらいなので、ビールがすごく旨い。
彼女が食事を持ってきてくれたとき、軽く話しかけた。
「どうしてここでバイトを?」
「スキーを死ぬほどできるから」と、彼女。
「お仲間とご一緒ですか?」と逆にに質問される。
「いや、一人で」と僕。
一人で泊まりでスキーに来るなんて、
かなり珍しいケースだろう。
「そうですか…」
彼女は静かに微笑んで、去っていった。
僕はいわゆる派遣切りで職を失った。
一応夢を持って小さな劇団に所属している。
だが、劇団の仕事はほとんどない。
端役すら、なかなか廻ってこない。
生活のために派遣の仕事に就いていた。
しかし、その仕事を失ったので、
将来のことも考えたいと一人旅
と、いうか一人スキーに出た。
夢と現実の両立はなかなか難しい。
齢を重ねるあせりだけがつのる。
眠りかけの頭に、あれこれと将来の不安が襲ってきた。
現実から逃げるために、こんなとこまで来たのに、
それは無駄だったようだ。
将来や、今やるべきことの明確な答えが
見つからないまま、昼間の疲れからか
睡魔に襲われ、そのまま眠ってしまった。
翌朝、カーテンの隙間から射す陽で目が覚めた。
7時30分。
スキー客としては遅い方だろう。
また、あの食堂に朝食を食べに行く。
彼女がいるのをちょっぴり期待していた。
でも、彼女の姿は見当たらず、
中年のおばさんが朝食を持ってきてくれた。
劇団、安定した収入、矛盾、結婚…。
昨夜寝る前に悩まされたことが
喉の奥に小骨が刺さったような不快感をもたらす。
でも、外を見ると今日は晴天だ。
抜けるような青い空、白いゲレンデが銀色に光っている。
東京に帰っても、仕事はない…。
そんな不安を振り払って、スキーウェアを身に付けゲレンデに出た。
彼女とは、 昨日リフトで出会った。
ゲレンデの第三リフトに乗った時だ。
険しい山頂まで行くリフト。
ペアリフトなので、何度か白いスキーウェアを着た
彼女と一緒になった。
3回目に一緒になった時、話しかけた。
「今日はコンデション悪いですね」
「ええ、そうですね。でも、慣れてるから…」
「滑るの上手だけど、よくここに来るのですか?」
「ええ、このスキー場のロッジでバイトしてるんで
空き時間によくここを滑るんです、このあたりの事は
何でも知ってますよ」
「へえー、だったら上手いわけだ」
「ありがとうございます、昔はへたっぴぃだったんですよ」
「誰かに教えてもらったとか?」
「ええ、昔の彼に…」
リフトは終点に到着した。
軽く会釈をして別々のコースを滑る。
白いスキーウェアにワンレングスの髪がよく似合う。
リフトも止まり、最後の滑降を終えた。
でも、外を見ると今日は晴天だ。
抜けるような青い空、白いゲレンデが銀色に
光っている。
東京に帰っても、仕事はない…。
そんな不安を振り払って、スキーウェアを身に付け
ゲレンデに出た。
リフトに乗ってる時の風が頬に心地良い。
病んだ心とは別に、身体がスキーに向って
整ってくる。
ここ「高穂高原スキー場」は標高が高いせ樹氷ができている。
木が別の存在に見え、
氷が陽の光を受けてキラキラ光ってる。
何もかも忘れるくらい思いっきり滑ろう。
一人だからスケジュールも気軽だ。
そして、第三リフトに何度も乗った。
そうしているうちに、彼女とまたリフトで一緒になった。
昨日の夜、ロッジで再会したせいか、今日は何となく
心を開いて話せる。
「昨日はどうも…、いつからここでバイトを?」
「先月から、でももうすぐ終わるんですよ」
「誰か、お友達とかと一緒にやってるんですか?」
「いえ、一人で」
彼女がここでアルバイトを一人でしているのも何か理由
があるのかと思った。
まさか僕と同じような理由ではないだろうけど…。
あまり詮索はしたくない。
「今日は晴れて良かったですね、アイスバーンも
あまりないみたいだし」
「そうですね、ここからの景色を見ていると東京に
いたとき自分はいったい何やってたんだろうという
気持ちになりますね」
「東京にいたしたんですか?」
「ええ、ここにアルバイトにくるまでは」
「僕も東京から来ました…、
そういえばお名前聞いてなかったですね」
「ええ、野上洋子といいます」
「僕は、沢田芳樹です」
よく考えたら昨日は自己紹介さえせずに
いろいろしゃべっていたことに気がついた。
風に揺れるワンレングスの黒髪が
陽射しを受けて銀色に光っている。
「今日のバイトは?」
彼女と一緒に滑りたい気持ちが湧いてきて
思わず聞いてしまった。
「夜の6時からです」
「それじゃ、少し一緒に滑りませんか?」
1秒…2秒、3秒ほど沈黙。
「いいですよ、でもあなたについていけるかしら?」
謙遜もいいとこだ、急なコブ斜面を
ウエーデルンでかっとばしていくスピードは
素人離れしている。
僕のほうが置いていかれそうだ。
そして、何本か、一緒に滑った。
スキーの板をゲレンデにさして休憩する。
「それにしても上手ですね、昨日も思ったんだけど」
心から出た言葉だ。
「ありがとう、昔、インターハイの優勝目指していたから…」
あまり、その話題に触れたくなさそうに、彼女は答えた。
趣味でやってるスキーヤーと、競技でやってるスキーヤーとの
力の差はかなり大きい。
友人の友達で、一度国体に出場した選手と滑って、
次元の違いを痛いほど実感させられたことがある。
気合を入れると、彼はコブだらけの急斜面を
ほぼ真っ直ぐに猛スピードで滑り降りていった。
「彼氏に教わったと言っていたけど…」
ちょっと間をおいて、
「高校のスキー部の先輩だったんです、でも少し前にふられました」
真剣に聞く僕の姿勢に心を許してくれたのか、
過去の思い出をかみ締めるように
ぽつりぽつりと彼女が話す。
雪をかぶった梢が、僕たち二人の近くで
風に揺れてダンスをしている。
「職場も人間関係が悪くて、まったく行きたくなくなって、
無断欠勤の連続…」
「気持ちが沈んで、部屋からも出たくなくなったの、
そう、張り詰めてた糸が切れたみたいで」
つらかった日々を噛み締めるようにさらに彼女は語った。
久しぶりに、心を開ける相手を見つけたように、僕に話す。
「結局職場をやめて、うつ状態から脱出するのに1年くらいかかった。
それで、思い出の多すぎる家を引っ越して、
ここのロッジのアルバイトをすることになったの」
「実は僕も職を失って、…劇団の仕事はやってるんだけど…。」
僕も自分の境遇について彼女に話した。
知り合って間もないのに、こんなに話せるなんて不思議だ。
雪に包まれた世界に二人でいるからなのか、
心を許し、お互いかなり深いとこまで話した。
周りの景色に似合わない話を、二人でしてる。
考えてみれば不思議だ。
「うつ病って、自殺につながることがあるんですよね」
不用意に僕は彼女に聞いてしまった。
「幸い、私の手首に傷はないわ」と彼女は少し笑った。
「でも、そうしたい気持ちには何度もなったわ。
ここに来てからは一度もないけど」
それが嘘だったことは、後から分かる。
彼女のうつ病は治っていなかったのだ。
彼女の心はまだ、深い白い闇の底で喘いでいた。
真剣に聞く僕の姿勢に心を許してくれたのか、
過去の思い出をかみ締めるように
ぽつりぽつりと彼女が話す。
雪をかぶった梢が、僕たち二人の近くで
風に揺れてダンスをしている。
「職場も人間関係が悪くて、まったく行きたくなくなって、
無断欠勤の連続…」
「気持ちが沈んで、部屋からも出たくなくなったの
、
そう、張り詰めてた糸が切れたみたいで」
つらかった日々を噛み締めるようにさらに彼女は語った。
雪に包まれた世界に二人でいるからなのか、
心を許し、お互いかなり深いとこまで話した。
周りの景色に似合わない話を、二人でしてる。
考えてみれば不思議だ。
「うつ病って、自殺につながることがあるんですよね」
不用意に僕は彼女に聞いてしまった。
「幸い、私の手首に傷はないわ」と彼女は少し笑った。
「でも、そうしたい気持ちには何度もなったわ。
ここに来てからは一度もないけど」
それが嘘だったことは、後から分かる。
彼女のうつ病は治っていなかったのだ。
彼女の心はまだ、深い白い闇の底で喘いでいた。
いろいろ話しているうちに、1時間近くも経った。
「もう2~3本滑りませんか」僕は彼女に言った。
「そうですよね、ここはスキー場なんですものね」と彼女は
出会ってから一番の笑顔で答えた。
それから二人でいろいろなコースを滑った。
二人で銀世界の中にいると、恋人同士のような錯覚に陥る。
二人で呼吸を合わせて滑っていると、
何も語らずに心が通じあう気がしてきた。
彼女も同じ気持ちだったようで、
いつしか、昔の恋人と一緒に滑っているような
気持ちになってたようだ。
そう、思い出してはいけない記憶。
彼女は思い出と一緒に滑っていた。
そして、第三リフトを降りた時、
突然ゲレンデに背を向けて滑り出した。
僕は命がけで彼女を止めた。
何故、急にそんなことをしたのか彼女に問う。
「彼との記憶が蘇って、頭が真っ白になって、気がついたら
崖に向ってしまったの」
うつ病の自殺願望が急に出たようだ。
僕と一緒に滑っているうちに、彼との幸せだった日々を思い出し
、
リフトを降りた時、急に現実の世界に戻った
。
そして、衝動的に自殺を考えた…。
彼女はそんな心の旅をしたのだろう。
何はともあれ、僕たちは無事で、山頂のリフト降り場に
たどり着いた。
しかし、命をかけてまで彼女を助けに行った僕の気持ちは
何だったのだろう。
僕こそ、自殺願望を持ってたのかもしれない。
派遣切りの事、劇団の事、実家の両親の事、
すべてが重荷になっていた。
何か、きっかっけが欲しかったのかもしれない。
それが彼女の突発的な行動だった。
僕も死んでもいいと思って彼女を助けに直滑降した。
救出した彼女に問う。
「何で死のうとした、もう、うつ病は治ったと言ってたじゃないか」
「あなたと過ごした時間が、あまりにも楽しかったので…、
彼との別れや、今までのつらかったことが、一気に込み上げてきて
自分を見失って、気がついたらあの崖に向ってしまった…、
まだ、うつ病の自殺願望は消えてなかったの」
僕は息を整えながら彼女の話を静かに聴く。
「私、この白い闇の中から誰かに助けてもらいたかったの。
さみしくて、さみしくて、人生に絶望して…
崖に向った時、あなたが助けに来てくれることを
心のどこかで期待していたのかもしれない…」
「そんな、無茶な、もし僕が行かなかったらどうなってたんだ」
「そのまま崖に飛び込んだかもしれない…」
「ええ、ありがとう、取り返しのつかない事をするところだったわ」
彼女はうつむいて泣いている。
今の僕は、そんな彼女を守れたことで、
ちょっぴり自信を取り戻せた。
いろいろ問題をかかえて死にかけていた僕の心が、
この事件で生き返った。
僕こそが、本当は彼女に救われたのかもしれない。
これからの二人を祝福するように、
夜が迫り白い闇となったゲレンデの下で、
今から二人で帰るロッジの暖かな灯りが煌いて見えた。
(おわり)
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そんなある日、玲央の出張に付き合うことになり、二人の恋が動き出す。
瀬川真冬 25歳
一ノ瀬玲央 25歳
ベリーズカフェからの作品転載分を若干修正しております。
表紙は簡単表紙メーカーにて作成。
アルファポリス公開日 2024/10/21
作品の無断転載はご遠慮ください。
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