こわれてしまいそうな恋心

橘祐介

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君と花火をもう一度

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*短編小説です

『君と花火をもう一度』

 

「じゃ、お大事に」

小さな女の子が僕にバイバイしてくれる。

ひまわり総合病院の小児科。

僕はここに勤めて3年目になる。

15人目の患者さんが終わった。

ふー、一息。

もうあれから10年。

 

高3の夏。

 

「お、お前、何」

「どう、似合ってる」

髪をアップにして、音森夏澄は藍色の浴衣を着て僕の前でにこにこしている。

「びっくりさせんなよ、いつもジャージだろ」

「お祭りなんだからいいじゃない」。

「まっ、そりゃそうだけど」

「ねえ、早く行きましょうよ」

「うん」

何だかいつものように彼女のペースに巻き込まれた。

今日は近所の神社で夏祭り。

盆踊りもある、というか、出る。

西の空が茜色から、群青色に変わってくる。

夕焼けがきれいだ。

 

彼女、音森夏澄とは幼馴染。

僕の家の2軒となりに住んでいる。

3歳の時から一緒。

幼稚園も一緒。

 

ある日、かくれんぼしていて、彼女がいなくなった。

あれ、うまく隠れたな、と思っていた、が、

ホントにいなくなったのだ。

探した、探した。

どこにもいない。

僕は不安になって泣きながら。

隣の町まで、探し歩いた。

あきれた事に、近所の公園の奥のベンチで、

おいしそうにアイスクリームを食べていた。

奥なので気が付かなかった。

「おい、探したぞ」

「へえ、このアイスおいしいよ」

「おまえなぁ、心配したんだぞ」

「そう」

「まっ、いいか、僕も食べる」

いつも日が暮れるまで、遊んだ。

 

僕の家は駄菓子屋。

文房具も売っているのだが、駄菓子が良く売れる。

小学校の前の坂道を少し登ったところに店がある。

「学校の上」、というあだ名で、近所の子供にけっこう人気があった。

それもそうだろう、幼い頃の僕、自分が欲しいものを仕入れていたのだから、

子供たちの気持ちがよく分かる。

母親の店だったが、店番はたいがい僕。

すごくふわふわした感じで、毎日楽しかった。

夏澄は特別なお客。

アイスクリームをただであげたり、

店のチョコレートを盗んで、近所の原っぱで二人で食べたりした。

よくどろんこ遊びしたので、パンツまで、どろどろ。

家に帰ったら、母さんにこっぴどく怒られた。

幼稚園を卒園して、小学校に。

夏澄とはクラスが別。

何だか、お互い違う友達が出来て、少し会うのが減る。

「夏澄、たまには遊ぼうよ」

「うん、いいけど、何する」

「そうだな、分かんない」

「バカ、考えてよ」

「まさかままごとはないし」

「当たり前でしょ、そんな子供みたいな」

まだ、子供だった僕たちがそういった会話をしていた。

「ねえ、隣の町に遊びに行こうよ」

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