6 / 6
6
しおりを挟む
古谷京子さんとの関係についてですけれど──。
何度聞いても理解できない。否、理解できないというより上手く翻訳することができないというべきか。外国語に翻訳しようという訳ではない。世間に広く伝えるために使われる世間が分かりやすい言葉、一般の言葉に言い換えることができないということだ。
一般の言葉に置き換えられないということは、世間にそれを受け入れる概念の枠がないということになる。
そうならば、大いにやり辛いということになる。
世間一般の緩い枠で規定される曖昧な概念を絞り込み、きちんと選別された明確な枠組みに移し替え、さらに精錬していく──それが最初のステップだ。
刀の作りかたによく似ていると思う。金属を叩いて伸ばし、それを整えるだけでできる、と思っているものがもしいたら、それは間違いである。
その過程だけでも複雑で繊細なのだ。まず炭と砂鉄を混ぜて鋼を作る。さらにそれを砕き上質なもの、玉鋼と呼ばれるものだけを取る。それを取る作業においてはただの鋼は不純物だ。純度を高くするには、鋼でも取り除かなければならない。
そうした作業を丹念に行い、ようやく純粋な玉鋼になる。だがこれに価値が出るのはこの後だ。それらを再度加熱し、板にし、さらにそれを板に流し込み、加熱する。それらを鍛造し、ようやく刀の形にしていく。その後も叩いて不純物を取り除く。叩いて叩いて。ようやく刀と言っても良いものが出来上がる。
刀に刀としての価値が出るのはその後だ。現在では主に美術品として用いられている。だがその価値も見る人によって様々だ。
その材料の玉鋼など、刀に使わない限りただの石だ。
現実も──同じだ。
出来ごとは、どんな出来事でもまだ鋼にすらなっていない炭だ。砂鉄だ。
混ぜ合わし、不純物を取り除き、漸く玉鋼になる。
しかし──その段階ではまだ価値は定まらない。
それはさらに熱し加工し刀の材料にしなければつかえない。
だから加工する。
言葉を置き換え、選択し、文書に記し、推敲し、精度を上げ、純度を高め、事実という刀にする。
そうしないと、出来事の価値は明確にならない。
この仕事は、正にそういう作業だと私はおもっている。
私が加工するのは、犯罪だ。
罪は法に照らして決められる。その基準は明快だ。
それがルールだ。
しかし、ルールに落とし込めるレベルまで加工しなければ、その明快さは得られない。
胸が打たれる感動的な出来事でも法を犯していれば違法行為だ。
胸糞が悪くなる酷い出来事でも法の定める範囲内なら罪は無い。
切り分けなければならない。慎重に、精密に、微細に切り分けなければならない。
情に流されるなだの気持ちを考慮しろだのという大雑把な切り方ではいけない。そんな入り口で迷っているわけにはいかない。そんなものは、鋼にする段階で選りわけられているべきものだ。
そこまで追い込まなければルールには落とし込めない。落とし込めても明確な回答は得られない。
鋼にする段階でどの砂鉄を選ぶか。それで作る鋼の純度をどこまで上げれるか。
それが私の──弁護士の仕事だ。
殺人か過失致死か。殺意はあったのか。犯行時の精神は正気だったか。
どうであれ、起きてしまった出来事には変わりはないのだろう。死人が生き返る訳もないし、時間も元に戻らない。
だが、どれかを選ばなければならない。
そうしなければ量刑はままならない。判決には従わなければならない。罪刑法定主義は、民主主義の根幹である。ルールは常に明確でなくてはならない。
ルールに当てはめるためには、選ばなければならないのだ。選んで加工し、磨き上げなければならない。
その選択が正しいかどうか、それを精査し判定するのが裁判である。
なのに。
「知り合いです」
針沼総司はそう答えた。
「いや、待ってくれないか。それは、何も言い表していないんだよ。それをいうなら私とあなたも知り合いではあるでしょう」
「そうなんですか?」
「そうでしょう」
そうじゃないって人がいましたから、と針沼は言った。
「はあ、そうですか」
「まあ俺...僕的には顔見知りで名前を知ってる人が知り合い、程度の感覚だったんだですけどそれじゃあよく行くコンビニの店員は知り合いかよとかいわれたんで」
「知り合いなんじゃないですか」
「いや、そういうのは馴染みの客と店員だからって。そんなので知り合い知り合い言ってたら世の中知り合いだらけだ、的な」
「まあ、そうですね。だから聞いてるんです。どういう知り合いか、と」
針沼は考え込んでしまった。
「例えば、私とあなたは知り合いですけれど、顧客と弁護士、なんです」
「僕、客なんですか」
依頼された訳ではない、私は彼の国選弁護人だ。
「いずれにしろ、私にはちゃんと話してください」
針沼は困った顔をした。
困ったような顔をしてますが、というと、針沼は、ええ困ってますと答えた。
「困ることはないでしょう。正直に言えばいいんです」
「正直に言うと違うといわれてきたので、困ってるんですよ」
「正直ねえ」
困るのは私の方だ。
遣り辛い。とても遣り辛い。
何も話してくれない顧客はいた。嘘をつく人もいた。罪が軽くなるならデタラメでもなんでも話すと言い出した人もいた。本当に何も覚えてない人もいた。
だが、話さないなら話させるまでである。話せない理由さえ見つければ、そしてそれを取り除くことができれば、大抵は喋るようになる。
嘘は見破ればいい。見破れなければ、その時点で負けだ。
不信得者は諭せばいいし、忘れているなら思い出させるしかない。
多くの場合、顧客と弁護士の利害関係は一致している。利害という表現に語弊があるなら、同じだ方を向いていると言えばいいだろうか。いや、同じ方を向かなければいけないのである。
少なくとも弁護士は顧客の側に立っている。
被告が減刑を望んでない場合でも、それはそうなのである。顧客のそうした言い分が正当なものか否かは、十分に吟味されなくてはいけない。罪を認め、悔いているのだとしても、検察側の求刑を鵜呑みにしていいという訳ではない。正しい求刑のためには、厳正かつ詳細な審議がなされなくてはいけない。
どうであれ、私は被告側にいる。
でも、この男は──。
遣り辛い。
本当に。
遣り辛い。
何度聞いても理解できない。否、理解できないというより上手く翻訳することができないというべきか。外国語に翻訳しようという訳ではない。世間に広く伝えるために使われる世間が分かりやすい言葉、一般の言葉に言い換えることができないということだ。
一般の言葉に置き換えられないということは、世間にそれを受け入れる概念の枠がないということになる。
そうならば、大いにやり辛いということになる。
世間一般の緩い枠で規定される曖昧な概念を絞り込み、きちんと選別された明確な枠組みに移し替え、さらに精錬していく──それが最初のステップだ。
刀の作りかたによく似ていると思う。金属を叩いて伸ばし、それを整えるだけでできる、と思っているものがもしいたら、それは間違いである。
その過程だけでも複雑で繊細なのだ。まず炭と砂鉄を混ぜて鋼を作る。さらにそれを砕き上質なもの、玉鋼と呼ばれるものだけを取る。それを取る作業においてはただの鋼は不純物だ。純度を高くするには、鋼でも取り除かなければならない。
そうした作業を丹念に行い、ようやく純粋な玉鋼になる。だがこれに価値が出るのはこの後だ。それらを再度加熱し、板にし、さらにそれを板に流し込み、加熱する。それらを鍛造し、ようやく刀の形にしていく。その後も叩いて不純物を取り除く。叩いて叩いて。ようやく刀と言っても良いものが出来上がる。
刀に刀としての価値が出るのはその後だ。現在では主に美術品として用いられている。だがその価値も見る人によって様々だ。
その材料の玉鋼など、刀に使わない限りただの石だ。
現実も──同じだ。
出来ごとは、どんな出来事でもまだ鋼にすらなっていない炭だ。砂鉄だ。
混ぜ合わし、不純物を取り除き、漸く玉鋼になる。
しかし──その段階ではまだ価値は定まらない。
それはさらに熱し加工し刀の材料にしなければつかえない。
だから加工する。
言葉を置き換え、選択し、文書に記し、推敲し、精度を上げ、純度を高め、事実という刀にする。
そうしないと、出来事の価値は明確にならない。
この仕事は、正にそういう作業だと私はおもっている。
私が加工するのは、犯罪だ。
罪は法に照らして決められる。その基準は明快だ。
それがルールだ。
しかし、ルールに落とし込めるレベルまで加工しなければ、その明快さは得られない。
胸が打たれる感動的な出来事でも法を犯していれば違法行為だ。
胸糞が悪くなる酷い出来事でも法の定める範囲内なら罪は無い。
切り分けなければならない。慎重に、精密に、微細に切り分けなければならない。
情に流されるなだの気持ちを考慮しろだのという大雑把な切り方ではいけない。そんな入り口で迷っているわけにはいかない。そんなものは、鋼にする段階で選りわけられているべきものだ。
そこまで追い込まなければルールには落とし込めない。落とし込めても明確な回答は得られない。
鋼にする段階でどの砂鉄を選ぶか。それで作る鋼の純度をどこまで上げれるか。
それが私の──弁護士の仕事だ。
殺人か過失致死か。殺意はあったのか。犯行時の精神は正気だったか。
どうであれ、起きてしまった出来事には変わりはないのだろう。死人が生き返る訳もないし、時間も元に戻らない。
だが、どれかを選ばなければならない。
そうしなければ量刑はままならない。判決には従わなければならない。罪刑法定主義は、民主主義の根幹である。ルールは常に明確でなくてはならない。
ルールに当てはめるためには、選ばなければならないのだ。選んで加工し、磨き上げなければならない。
その選択が正しいかどうか、それを精査し判定するのが裁判である。
なのに。
「知り合いです」
針沼総司はそう答えた。
「いや、待ってくれないか。それは、何も言い表していないんだよ。それをいうなら私とあなたも知り合いではあるでしょう」
「そうなんですか?」
「そうでしょう」
そうじゃないって人がいましたから、と針沼は言った。
「はあ、そうですか」
「まあ俺...僕的には顔見知りで名前を知ってる人が知り合い、程度の感覚だったんだですけどそれじゃあよく行くコンビニの店員は知り合いかよとかいわれたんで」
「知り合いなんじゃないですか」
「いや、そういうのは馴染みの客と店員だからって。そんなので知り合い知り合い言ってたら世の中知り合いだらけだ、的な」
「まあ、そうですね。だから聞いてるんです。どういう知り合いか、と」
針沼は考え込んでしまった。
「例えば、私とあなたは知り合いですけれど、顧客と弁護士、なんです」
「僕、客なんですか」
依頼された訳ではない、私は彼の国選弁護人だ。
「いずれにしろ、私にはちゃんと話してください」
針沼は困った顔をした。
困ったような顔をしてますが、というと、針沼は、ええ困ってますと答えた。
「困ることはないでしょう。正直に言えばいいんです」
「正直に言うと違うといわれてきたので、困ってるんですよ」
「正直ねえ」
困るのは私の方だ。
遣り辛い。とても遣り辛い。
何も話してくれない顧客はいた。嘘をつく人もいた。罪が軽くなるならデタラメでもなんでも話すと言い出した人もいた。本当に何も覚えてない人もいた。
だが、話さないなら話させるまでである。話せない理由さえ見つければ、そしてそれを取り除くことができれば、大抵は喋るようになる。
嘘は見破ればいい。見破れなければ、その時点で負けだ。
不信得者は諭せばいいし、忘れているなら思い出させるしかない。
多くの場合、顧客と弁護士の利害関係は一致している。利害という表現に語弊があるなら、同じだ方を向いていると言えばいいだろうか。いや、同じ方を向かなければいけないのである。
少なくとも弁護士は顧客の側に立っている。
被告が減刑を望んでない場合でも、それはそうなのである。顧客のそうした言い分が正当なものか否かは、十分に吟味されなくてはいけない。罪を認め、悔いているのだとしても、検察側の求刑を鵜呑みにしていいという訳ではない。正しい求刑のためには、厳正かつ詳細な審議がなされなくてはいけない。
どうであれ、私は被告側にいる。
でも、この男は──。
遣り辛い。
本当に。
遣り辛い。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる