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最初の少女時代。
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父親代わりの男は博学だった。元は東京で学者を目指していたにもかかわらず、どこで間違えたか、今では学問とは程遠い山奥暮らしだと時々自分を蔑んでいた。だから山の中で暮らしてはいても最低限の知識と教養は、物心付いた頃から与えられていた。
女である私は、もちろん男にはない身体の変化についても教えられた。
最初の月経があった時から今後子どもを産むために女として進化する外見や身体の体質、機能の発達などを詳しく教え込まれた。この人は医学の道を志したのかもしれないと、その時思った。
そしてその教えは個人の肉体的な部分に留まらず、一人の女として男にどう接するべきかという倫理観にも及んだ。
私が生まれる以前にこの国には『恋愛』という言葉はなく、異性を自由に好きになることも、自分で結婚相手を決めることも許されなかった。親が決めた生活協同体に過ぎなかった夫婦関係に、恋愛を持ち込む考えは全くなかった。
そして欧米の影響で、好きな相手と恋愛し、結ばれ、子を設けるのが理想的だとする価値観が生まれても、男女全てが自由を許された訳ではなく、妻が夫以外の男と性的関係を持った時、妻と相手の男を処罰するという『姦通罪』が存在したように、女だけに貞淑さが過剰に求められ、結婚前の性交はふしだらであり、性交した女は傷ものになるという女側に純潔を守ることを強く要求された時代だった。
男はそう今の世の中の情勢を切々と唱えてはいても、私に対してそうあるべきだと諭した訳ではなかった。
これからは女の純潔や貞操などには囚われない自由な恋愛がまかり通る時代が来ると訴えた。それはきっと私の容貌を身近に見続けたことで確信したのかもしれない。
「お前のような美しい女が一人の男に縛られるのは間違っている」
だからといって犬猫のように見境なく肌を重ねることを提唱した訳でもなかった。
「そうすることでお前に未来に向けて良い影響が齎されると考えるなら躊躇うことはない。きっと相手にも良い未来が切り開かれるだろう。だが、お前が不穏に感じる男とは決して結ばれてはならない。それには『人を見る目』を養うことが重要だ」
男はそう私に強く訴えた。
十五歳の時、私を長い間育ててくれた老夫婦が相次いで亡くなった。私は悲しむ時間も惜しむようにそれぞれを荼毘に付し、丁重に弔った後、遺言通り、けもの道を奥深く進んだ人が立ち入らない山の急斜面から二人を散骨した。
そして私は山を下り、街で働くことにした。
その頃は製糸業が盛んで、この国を動かす重要な産業の一つだった。
表向きは『国を強くする(富国強兵)ために』と謳いながら、大きな製糸工場の経営者は一番コストのかかる人件費を減らすことに主眼を置き、暴利を貪っていた。賃金は安く、長時間の労働、劣悪な環境で、怒鳴られながら働く。毎日が工場と寄宿舎の往復で外にも出られない。最悪の条件の中でも貧困で苦しむ人たちは、甘んじてそんな境遇を受け入れていた。
その場所に動員された多くが、文句を言わず、従順で、たとえ歯向かっても簡単に押さえ込める人種である未成年の女たち。
私はその中にあえて飛び込んだ。貧しいからでも家族のためでもない、ただ自分自身のため、技術を磨き一心不乱に働こうと思った。
私は家族が欲しかった。だからお金は必要だった。そしてもう一つ、あの言葉を信じた。
『お前の美しい姿なら、言い寄る輩は数多いだろう。』
だからって媚を売る訳じゃなし、男を見下す訳でもない。余り目立たぬよう誠実に取り組む姿こそが私自身をより際立たせ、魅力的に感じさせる方法だと考えた。
とはいえ、女子労働者の恋愛が品行の悪さの一つとして挙げられ、私の思惑は決してあからさまに行えるものではなかった。
だからしばらくは技術を磨くことに力を注いだ。現実問題富国強兵のための外貨獲得には糸は細く一定で、光沢がなければ輸出用にはならなかった。私は短い期間で高い技術を習得し、経営者にも一目置かれるような優等な女工として認められ、自分の価値を高めた。
それでも働き始めた頃から私を見るなり誰もが美しいと褒め讃え、その言葉に驕ることなく控えめに接していた。周囲の人間に隠れて言い寄る男も後を絶たなかった。でも私は簡単に身体を許すことはしなかった。注意深く観察し『人を見る目』を養った。育ての父の忠告を守り、決して自分の身を安売りしないよう肝に銘じた。
そんな中、他とは違う視線を送る男がいた。
精悍な顔つきだが、頬はこけ、身体はやせ細り、今にも倒れそうな佇まいなのに眼光の鋭さだけがやけに目立っていた。
「君は年端もいかないようだが、可愛いというより既に美しい。全てを見透かしたような達観した雰囲気を醸し出している。周りの女工たちに比べても格段に抜きに出ている。正に『掃き溜めに鶴』だね」
落ち着いた口調で、私を見るなり真っ先に言い寄る男がいた。だがそんな言葉とは裏腹に冷ややかな目をしてその男は続けた。
「私は君に好意を抱いている。でも私は君を抱いたりはしない。なぜなら私が不幸になるから」
意味深な物言いだった。
それでも私は、私の家族として相応しい男(ひと)を捜し続けた。
女である私は、もちろん男にはない身体の変化についても教えられた。
最初の月経があった時から今後子どもを産むために女として進化する外見や身体の体質、機能の発達などを詳しく教え込まれた。この人は医学の道を志したのかもしれないと、その時思った。
そしてその教えは個人の肉体的な部分に留まらず、一人の女として男にどう接するべきかという倫理観にも及んだ。
私が生まれる以前にこの国には『恋愛』という言葉はなく、異性を自由に好きになることも、自分で結婚相手を決めることも許されなかった。親が決めた生活協同体に過ぎなかった夫婦関係に、恋愛を持ち込む考えは全くなかった。
そして欧米の影響で、好きな相手と恋愛し、結ばれ、子を設けるのが理想的だとする価値観が生まれても、男女全てが自由を許された訳ではなく、妻が夫以外の男と性的関係を持った時、妻と相手の男を処罰するという『姦通罪』が存在したように、女だけに貞淑さが過剰に求められ、結婚前の性交はふしだらであり、性交した女は傷ものになるという女側に純潔を守ることを強く要求された時代だった。
男はそう今の世の中の情勢を切々と唱えてはいても、私に対してそうあるべきだと諭した訳ではなかった。
これからは女の純潔や貞操などには囚われない自由な恋愛がまかり通る時代が来ると訴えた。それはきっと私の容貌を身近に見続けたことで確信したのかもしれない。
「お前のような美しい女が一人の男に縛られるのは間違っている」
だからといって犬猫のように見境なく肌を重ねることを提唱した訳でもなかった。
「そうすることでお前に未来に向けて良い影響が齎されると考えるなら躊躇うことはない。きっと相手にも良い未来が切り開かれるだろう。だが、お前が不穏に感じる男とは決して結ばれてはならない。それには『人を見る目』を養うことが重要だ」
男はそう私に強く訴えた。
十五歳の時、私を長い間育ててくれた老夫婦が相次いで亡くなった。私は悲しむ時間も惜しむようにそれぞれを荼毘に付し、丁重に弔った後、遺言通り、けもの道を奥深く進んだ人が立ち入らない山の急斜面から二人を散骨した。
そして私は山を下り、街で働くことにした。
その頃は製糸業が盛んで、この国を動かす重要な産業の一つだった。
表向きは『国を強くする(富国強兵)ために』と謳いながら、大きな製糸工場の経営者は一番コストのかかる人件費を減らすことに主眼を置き、暴利を貪っていた。賃金は安く、長時間の労働、劣悪な環境で、怒鳴られながら働く。毎日が工場と寄宿舎の往復で外にも出られない。最悪の条件の中でも貧困で苦しむ人たちは、甘んじてそんな境遇を受け入れていた。
その場所に動員された多くが、文句を言わず、従順で、たとえ歯向かっても簡単に押さえ込める人種である未成年の女たち。
私はその中にあえて飛び込んだ。貧しいからでも家族のためでもない、ただ自分自身のため、技術を磨き一心不乱に働こうと思った。
私は家族が欲しかった。だからお金は必要だった。そしてもう一つ、あの言葉を信じた。
『お前の美しい姿なら、言い寄る輩は数多いだろう。』
だからって媚を売る訳じゃなし、男を見下す訳でもない。余り目立たぬよう誠実に取り組む姿こそが私自身をより際立たせ、魅力的に感じさせる方法だと考えた。
とはいえ、女子労働者の恋愛が品行の悪さの一つとして挙げられ、私の思惑は決してあからさまに行えるものではなかった。
だからしばらくは技術を磨くことに力を注いだ。現実問題富国強兵のための外貨獲得には糸は細く一定で、光沢がなければ輸出用にはならなかった。私は短い期間で高い技術を習得し、経営者にも一目置かれるような優等な女工として認められ、自分の価値を高めた。
それでも働き始めた頃から私を見るなり誰もが美しいと褒め讃え、その言葉に驕ることなく控えめに接していた。周囲の人間に隠れて言い寄る男も後を絶たなかった。でも私は簡単に身体を許すことはしなかった。注意深く観察し『人を見る目』を養った。育ての父の忠告を守り、決して自分の身を安売りしないよう肝に銘じた。
そんな中、他とは違う視線を送る男がいた。
精悍な顔つきだが、頬はこけ、身体はやせ細り、今にも倒れそうな佇まいなのに眼光の鋭さだけがやけに目立っていた。
「君は年端もいかないようだが、可愛いというより既に美しい。全てを見透かしたような達観した雰囲気を醸し出している。周りの女工たちに比べても格段に抜きに出ている。正に『掃き溜めに鶴』だね」
落ち着いた口調で、私を見るなり真っ先に言い寄る男がいた。だがそんな言葉とは裏腹に冷ややかな目をしてその男は続けた。
「私は君に好意を抱いている。でも私は君を抱いたりはしない。なぜなら私が不幸になるから」
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それでも私は、私の家族として相応しい男(ひと)を捜し続けた。
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