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十三話 これはきっと仕組まれた出会いだった

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 街道近くの畑にいた小鬼の群れを忍と私は、斬り捨てながら思案を巡らせていた。

 忍の生きている間は、あの旗の下で他愛のない会話をして過ごしていたい。そう思い始めていた。会話の最中から薄々気づいていたが、体に力がみなぎるのを感じられた。

 他の妖怪は知らないが、少なくとも妖狐は感情を向けられると成長するというのを強く体感することができた。

 私が強くなるのに必要だったのは、鍛錬でもなく、誰かの隣にいることだったのだ。

 少なくとも私は、いち早く小鬼の群れを殲滅することに途中から意識を切り替えて無心で斬り捨てていた。十三体の小鬼を漏れなく退治したことをお互いに確認すると、忍が大きくため息をついた。

「朝一番で、依頼が入った時に無性にむかむかした理由がわかった。……君と話しがしたかったんだ」

「私も今、同じこと考えてました。早く帰りましょう」

 自然と私は忍の手を取って町へ走り出していた。視線が合うと忍は微笑みを見せた。私にだけ見せてくれる忍の素顔というものは、独占欲を大いに満たし気分を良くしてくれた。依頼人に向かって、ぶっきらぼうに対応する忍の様子を思い出しては、悦に浸ってしまうほどだった。

 出会って、まだ二日しか経っていないのを忘れるくらい、忍のことで頭の中がいっぱいだった。しかし、お互いがお互いに求める要素の全てを持ち合わせていた。それが貴重だとわかっているからこそ早く打ち解けることができたのだろう。

 私にとって必要だった、家族以外の本音で話せる隣にいてくれる誰か。

 忍にとって必要だった、簡単に死なない隣にいてくれる誰か。

 思わず両親の意図を感じてしまうほど、私にとって都合が良い出来事である。自分たちがいなくなることを見越して、代わりに忍という支えになる者を探し出して引き合わせたのではないかと思ってしまうほどだ。



 町に帰ると、私たちは焼き魚と味噌汁を商人から差し入れられた。夕食として旗の下に座り食べることにした。

「食べ物はこうして、いつも誰かが差し入れてくれる。俺たちは、恵まれた生活をしているよな」

「そうですね。相手にするのは雑魚ばかりですが、一応は命を懸けているので正当な対価だと私は思います。妖怪が世にいるかぎりは忍さんの生活は安泰でしょう」

 忍は遠くに沈みかけた夕日を眺めながら味噌汁をすすった。

「妖怪っていなくなると思うか?」

「言葉を話す上位の妖怪はいなくなったりはしないと思います。ですが、妖怪というのは恐れの象徴なのです。今の人々にとって恐ろしいのは鬼や天狗、巨大化した動物という姿なのでしょう。時代が変われば、現れる妖怪の姿も変わると思います」

「興味深いな……」

 忍は考え込んでしまった。

「私の予想では、未来での妖怪の姿は人間の形をしていると思いますよ。人間は武器を使って動物への恐怖をいずれ克服するはずです。この世界の仕組みについても解明が進むはずです。そんな世界になった時、脅威となるのは同じ人間しかいない。何年先の未来かわからないですけどね」

 弓という遠距離から安全に敵を殺す方法を生み出し、火を利用して食物を安全に食する方法を解明していた。妖怪は個人が進化するのに対して、人間は進化はしないが道具を発明して総体が発展する。いつか大妖怪をも殺す道具を人間は作るに至るかもしれない。

「そろそろ、戻るか」

 私は頷いて旗の下を後にして忍の横を歩き、長屋に向かっていった。



 戸の前で手を振り「また明日」と呟いて、部屋に入ると変化を解いて狐の耳と尻尾を出現させた。今日は無性に成長の手応えがあったので尻尾の数を確認しておこうと思ったのだ。自分の手で触り尻尾を数えると、やはり三本になっていた。十五歳で二尾、二十歳で三尾というのが、妖狐として妥当な成長なのかわからなかったが成長には変わりないと、前向きに受け止めることにした。

 耳と尻尾を隠して、外に出て忍の部屋の戸を叩いた。

「少しいいでしょうか。見せたいものがあります」

 忍は装備を外した状態で戸を開けて招き入れてくれた。忍の部屋は女物の柄の布切れや付けているのを見たことのない甲冑など、意外にも物が散乱している印象を受けた。

 そんなことよりも、私は尻尾が増えた喜びを共感して欲しくて、戸を閉めると耳と尻尾を出現させた。

「あ、尻尾が三本になってるぞ」

「そうです。今さっき気づいて嬉しくなって見せにきちゃいました」

「妖狐にとっては、めでたいことなんじゃないか? 祝いの品を探してくるから、明日は一人で旗の下にいてもらえるか?」

「嬉しいです。では、お言葉に甘えて……楽しみにしています。では、また明日」

 私は自分の部屋に戻ると予想外の光景を目にした。

 白鞘の太刀を置いたと思っていた場所に胡蝶蘭の花が一輪、落ちていたのだ。もちろん私が持ち込んだものではなかった。忍と話していた一瞬に誰か私の部屋に入ったのか疑ったが、物音もしなかったので可能性としては薄い。

 どちらにしても、あってもしょうがない物だ。処分しようと触れた瞬間、白鞘の太刀に形が変ったのだ。

『おめでとう……葛』

 ふと、頭の中で母の声がしたような気がして、目頭が熱くなった。涙こそ出なかったが何故か、胡蝶蘭の花が置いてあったことに不信感が無くなって私は、横になるとゆるやかに眠りに落ちていった。
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