二人羽織 妖狐と退治屋の恋

桔山 海

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三十八話 戦いは始まった

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 だが、白峰の素性を明らかにすれば、三百年も生きていない妖怪としては若い部類に入ることがわかった。

 意思の強さだけで、千年を生きた私の両親を倒してみせたのだ。きっとこの世界は意思の強さが、ものを言う。

 私の両親は慈悲深すぎて、危機感に乏しかった。でも、私は違う。慈悲は無いが危機感は十全に持っているつもりだった。

 俄然、私は負ける気がしなくなってきた。

 私は記憶の巻物の作成が捗りに捗った。寝る間も惜しんで、巻物の作成に没頭した。

 要点だけをまとめるなどという、妥協では伝わらないと確信したのである。

 白峰が経験してきた、壮絶な修行に比べれば残り四日程度、寝ないで作業をすることですら生ぬるいように思える。

(もっとだ。余さず、鮮明に、全てをさらけ出す。私の全てを知ることができるように、経験したこと、感じたこと、全てを……)



 そして、記憶の巻物は私の思う完璧な状態で準備できた。

『いよいよ、明日ね……』

 母に話しかけられて、いつの間にか、日にちが過ぎていたことに気づいた。

『私は全ての準備を終えました。あとは待つのみです』

 本当にやりきった。これ以上ないほどに……。

 時刻は前日の夜だったが、眼が冴えて眠れやしない。まるで、作り出した巻物をかけらでも損なうことを恐れて、本能がそうさせているようだった。



 そして、日が昇るのを眠ることなく見届けると、白峰が牢の外へ現れた。

「まさか、本当に一度も逃亡を図らないとはな……」

 誰も触れていないのにも関わらず、牢の扉は開いた。おおかた、君護が遠隔で操作しているのだろう。私は白峰の方へと歩み寄った。

「母のことを信じていましたが、今は自分と忍を信じます」

「そうか……なら、ここで抵抗してみるか?」

 白峰は私のことを見下ろし、冷たい眼差しを向けてくる。

「いいえ、ここでは何も……。さぁ、私を処刑場まで運んでくださいませんか? 私を連れ去ったと時のように……」

 白峰の目つきが変わり、私に対する侮りの色が消えたのがわかった。自らの死を前にこんなにも冷静でいる者など、白峰にとっては不気味極まりないだろう。

 そして、白峰は私の肩に触れて空間転移を行った。

 一瞬、目の前が暗転する感覚のあと、見えてきたのは草木も生えない茶色い荒野が広がっていた。

 そこには見物と見られる妖怪たちが周囲を囲んでいた。父が殺された時にいた鬼神、土蜘蛛、牛鬼、雪女、妖狸、猫又、犬神など大妖怪ばかりであった。

 すると背後から聞きなれた声が聞こえてきた。

「やっと来たか……白峰」

 私が振り返ると、そこには忍が血まみれの状態で担いだ刀から血を滴らせていたのだ。だが、忍の表情は自信に満ちていた。

 きっと、父が忍にこの場所を指し示してくれたのだろう。

 だが、血まみれの忍の姿は流石に心配になった。

「忍、大丈夫なの?」

「大丈夫だ、葛。全て後ろの奴らの返り血だ」

 忍の後ろを見れば妖怪の死体が転々と転がっていた。鬼や巨大な蜘蛛など、どれも一太刀で両断されていた。

 私の横でズシンと地面が揺れる感覚がして白峰の方向を見ると、その手にはすでに岩塊のような特大剣が握られていた。

 白峰も忍が油断ならない相手だと、本能で察したようだ。

「せっかくの観客だったのだ。殺した罪は大きいぞ」

「向こうから勝手に襲ってきたんだ。自分の力量も知らずに、俺に負けた奴らの方が悪いだろ。それに観客が減ってよかったじゃないか。これからお前が負けるところを見られる数が減ったのだからな」

 白峰は忍の煽りを笑って受け流した。だが、一切の油断が感じられない緊迫した空気が二人の間には漂っていた。

 力を持つ妖怪ほど、今の忍がどれほど力を持っているか正しく理解し、手を出さなかったのだろう。私でも、忍のみなぎる力がわかるほどだった。

 ここが、どれだけ町から離れたところかはわからないが、道中の妖怪も狩ったはずだ。数日前と同じ人間とは、とてもじゃないが信じられなかった。

 白峰との和解は必要だが、いきなり交渉を始めてはいけないと思っていた。

 私と忍の強さを示し、その上で和解を提案することが必要だと考えていた。強さも示さずにする和解など、弱き者の命乞いでしかない。

 白峰は辺りを見渡し、ため息を吐いた。

「しかし……お前の母はなんと薄情な奴だ。娘の危機に現れないなんて」

 白峰は私の腰に差している白鞘の太刀が母であることも知らずに言い放った。母には少しだけ様子を見ていてほしいと予め伝えてあった。

 私は忍の隣に立ち白峰を見据えた。

「言いましたでしょう? 白峰さま。今は自分と忍のことを信じていると……。私と忍で、あなたに力を示します。あなたと同じ二対二です。これで対等というものです」

 白峰は私の発言を受けて一瞬だけ、眉にしわが寄り「鞍馬か」と呟いた。特大剣を強く握り、今まさに戦いに意識が切り替わったのがわかる。

 忍も、戦いなれた上段構えで白峰を睨みつけた。

「いいだろう。来るがいい。結局、処刑する予定だったのだ」

 岩塊のような特大剣を背に担ぎ、白峰は戦闘態勢をとった。私は忍に憑依をして支援に徹しようと思ったが、忍の心象風景を見て心が熱くなった。

 今まで燻っていた木々からは赤い炎が立ち昇っていたのだ。今まで、火が付きそうで付かなった忍の心象風景についに炎が上がった。

 勇気を忍からもらった気がする。

 私は、その赤い炎を見た瞬間、無意識に大太刀に赤い狐火を纏わせていた。今まで狐火など使えたことなどないのにも関わらず、この場で使えるようになったのは間違いなく、忍のおかげだろう。

 母の白い狐火には遠く及ばない。しかし、私のできる最大の支援だ。

 忍は大太刀を上段に構えて白峰と対峙して、お互いに僅かな動きさら見逃さんとばかりに睨み合った。

 お互いにじりじりと間合いを詰めて、辺りには大太刀の風切り音が鳴るばかりだった。

 そこへ白峰は大きく踏み込み、岩塊のような特大剣は忍の体へと迫った。

 今まさに、私と忍の運命をかけた戦いが幕を開けたのである。
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