異世界からの友好的侵略者にバカ惚れしたのでひたすら口説く

浦門

文字の大きさ
28 / 58
二 最上霞は沈んでいる

15

しおりを挟む
「逃げて!」
 二人はわたしが叫ぶより前に、下の階へ視線を送って――その瞬間に、ガタンと大きな音がした。わたしからは見えない、一階の階段入口で金属の扉が、動かされた音。
「閉まっ、えっなんで?」
「締め出された」
 佐東さんが真っ暗な目でわたしを見上げて呟いた。
「隊長さん! 民間人が!」
『慌てるな。侵食体の位置情報に基づいてシェルターへの通路が順次封鎖されているだけだ。防衛施設は正常に動作している』
 低い声。わたしはうっと、喉に引っかかる何かを飲み込んだ。
 わたしの背後で、廊下に仕掛けた罠が作動する。侵食体の身体に触れて、網が悲鳴を上げながら引き絞られる。そうだ、大丈夫だ、時間は稼げる。
「なんの音だ?」
 三海さんは体育の時間のときまでとは全然違う様子で、一瞬取り乱したもののすぐに落ち着きを取り戻して、わたしに尋ねた。階段の最後の一段を、彼女たちは登る。
「み、見ない方が。見ないで!」
 キリキリ、わたしから離れたわたしの血液が軋んでる。網の中に小さな侵食体が囚われ暴れている。わたしの血と侵食体を構成する成分が奇妙な反応を起こし、互いに摩耗しボロボロに朽ちるのだ。いつもはただ不快なだけのその感触が、今はどうしてか強烈に痛かった。だからたまらず叫んだ。叫ばなくたって二人は聞いてくれる、とわかっているのに。
「何だって――」
 佐東さんが訝しくわたしを見る。わたしのせいだ。視線を動かした二人が、わたしの逃げてきた廊下を視界に入れた。
 見ても見なくても結果は変わらなかっただろう。ただわたしが一人で焦って、もたもたと作業をしていたせいだ。あと一秒でも二秒でも早くここから離脱していれば、二人がそこから締め出されることもなかった、わたしもシェルターに避難できた。
 全部わたしの失敗だ。
「ふ、たりとも、わたしの後ろに」
 それが正しいのかどうかわからない、思いついたのがそれだった、混乱しながらわたしは叫んだ。叫びながらわたしは背後の罠が軋んでいる音を聞いた。出力が上がっている。侵食体の、崩壊寸前のスライムのような形のそれが出力を上げている、すぐそこに人間を見つけたからだ、自分自身を崩壊させてでも人間を捕食しようと摩耗しながら出力を上げて、わたしの血液から抜け出そうと。
 佐東さんと三海さんが階段口からわたしの背後へ走って、彼女たちとすれ違いざまに、わたしは手に握っている爆弾のことを思い出し、迷う間もなくそれを侵食体に向かって投げつけた。
 ――わたしは、こんなふうに攻撃を行うことは、下手だった。運動も苦手だし、どんなに訓練を受けても上達しないものは上達しないし、誰に言われたわけでもないけどすぐに諦めた。隊の中でも違う役割を準備されたし、できないと諦めたって構わないんだと。
 でも今、わたしは、わたしの手元が狂ったんじゃないかと、そもそもわたしはどこに狙って投げたのかさえ、わからないまますぐ目の前で起きた爆風を全身に浴びていることにただただ恐怖している。
 熱いけど平気だ。わたしの皮膚は血の気を失って固く青白く変質している。でもわたしの背後へ、わたしがかばっているつもりの二人は? 無事でいられる?
「三海さん、佐東さん!」
 煙たい爆風の名残の中で二人を振り返る。その途中で横目に赤黒い小さな飛沫の影を見た。
 血だ。人間の血。
「だい、じょうぶ」
 どっちかのかすれた声、咳き込む声、血の色。
 しまった。しまった、しまった、どうして? 何かを? ――失敗した!
 わたしの顔のすぐ近くを、何かが掠めるように通過した。わたしの左右の頬は小さく切り裂かれ亀裂が走った。血は流れない。
 ダメージを受け摩耗した何かは、針を刺された水風船が破裂するその瞬間をスローモーションで再生するかのように、わたしの眼前で破けて二つに避けた。それがわたしの左右の頬をそれぞれ切り裂くほどのスピードで通過して、そしてそうなった。
「痛っ……」
「ミミミ! いっ、……ったくねぇ、こんなの!」
 わたしが振り返ったときにはもう、二人はそうなっていた。
 三海さんが廊下の突き当りにうずくまって床をじっと見ている。その隣でしゃがんでいた佐東さんが、右側の額から血が流れるのを片手で押さえながら、立ち上がろうとしていた。
「痛くもねえよ、こんなの。邪魔して、悪いな……」
 割れた眼鏡のレンズが額を切ったらしかった。佐東さんの指の隙間から、ガラス片と血が流れ落ちていく。
「おいミミミ、なんか……爆発も止まったし、静かになったぞ。今なら逃げられるんじゃねえか」
「マジで? フジフジ、血、出てない?」
「大したことねーって。お前はどうした? どっか痛むのか?」
「い、痛くは、ないんだけど。なんか身体が動かな……っ動かし方、わかんない」
「は?」
 三海さんは、うずくまったままだ。
「いや、いける? 動かせそ?」
 裏側の異世界人に対する『侵食体』という名称は、その名の通りで、わたしたち人間の身体を、侵食するから、そう呼ばれているのだ。
 基本は、侵食体の吐いた気体が肺から全身へ。ときにはこうして、傷口から直接、侵食体の肉体がそのまま。
 二つに別れた小型のそれは、佐東さんの額の傷から、そして三海さんの頭部から侵食を始めていた。
 骨と皮膚を柔らかく溶かして、組織の内側にもぞもぞと潜り込む。彼らの体積の分だけ、傷口は膨れ上がって蠢いている。
「いける、立てる! フジフジ、カスミん、逃げよ――、あれ?」
 それでも三海さんは元気に立ち上がった。そして片足を踏み出そうとしてそのまま真後ろに、バタンと倒れた。
「ミミミ!」
 どうしよう。どうしようもない。侵食している。二人の身体の中に、よくわからないものが入って、三海さんは床の上で歩こうとして、両手両足を互い違いにバタバタと動かした。
「あれ? なんで? なんで?」
 痛くも苦しくもなさそうだけど、彼女の頭部は大きく腫れて蠢いている。
 わたしはその場に立ち尽くして、いままでの人生で一番長いその瞬間を過ごした。目に埋め込まれた通信端末に緊急呼び出しの赤いランプがきっちり三回点滅する二秒間。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

穏やかに生きたい(隠れ)夢魔の俺が、癖強イケメンたちに執着されてます。〜平穏な学園生活はどこにありますか?〜

春凪アラシ
BL
「平穏に生きたい」だけなのに、 癖強イケメンたちが俺を狙ってくるのは、なぜ!? トラブルを避ける為、夢魔の血を隠して学園生活を送るフレン(2年)。 彼は見た目は天使、でも本人はごく平凡に過ごしたい穏健派。
なのに、登校初日から出会ったのは最凶の邪竜後輩(1年)!? 
他にも幼馴染で完璧すぎる優等生騎士(3年)に、不良だけど面倒見のいい悪友ワーウルフ(同級生)まで……なぜか異種族イケメンたちが次々と接近してきて―― 運命の2人を繋ぐ「刻印制度」なんて知らない! 恋愛感情もまだわからない! 
それでも、騒がしい日々の中で、少しずつ何かが変わっていく。 個性バラバラな異種族イケメンたちに囲まれて、フレンの学園生活は今日も波乱の予感!? 
甘くて可笑しい、そして時々執着も見え隠れする 愛され体質な主人公の青春ファンタジー学園BLラブコメディ! 月、水、金、日曜日更新予定!(番外編は更新とは別枠で不定期更新) 基本的にフレン視点、他キャラ視点の話はside〇〇って表記にしてます!

臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話

八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。 古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。

処理中です...