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二 最上霞は沈んでいる
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ガラスの割れる音だ。コンクリートが砕ける音だ。鉄のひしゃげる音、燃えるエンジン音、粉塵と排気ガス。悲鳴を上げたのは佐東さんか三海さんで、わたしはただ息を呑んで固まった。
視界に入ったその姿を見て、助けが来たのだと思ったけど、だからといってどうすればいいのかまだわからなくて。
『どこを走ってきた?』
「崖の上」
バイクのまま校舎の窓と壁を突き破ってやってきたカイさんは、廊下も突き抜けてそのまま教室まで突っ込んでいった。
またガラスが割れる音。いろんなものが崩れる音。燃える匂い。窓の外の森と崖まで煙が流れていく。どこから飛んできたんだろう。そんな無茶をして大丈夫なんだろうか。わたしだったら大怪我をする。信じられない。
『指示したルートを通らなかったな』
「知ってる場所だし」
『せめて応答すべきだ』
「だって舌噛みそうだったからさ」
回線と現実で声がダブって聞こえる。現実の声の方が粉塵に吸い込まれて遠い。
わたしの混乱をよそに、カイさんはなんだかごく当たり前のように教室から歩いて出てきた。砂埃で汚れたゴーグルを外しながら。頬にかすり傷。怪我はきっとそれだけだ。もちろんわたしたちには、こんな傷はどうってことない。
「カスミちゃん」
「あ。え、あの」
「話聞いてた。嫌ならやんなくていいよ」
「え」
わたしの方に歩いてきて、わたしの横に並んで、いつもと変わらない、なんでもがなんでもないみたいに笑っている。
「無理しなくていい」
「で、でも」
でも。なんだろう。やらなかったら、わたしがここで何もしなかったら? そんなのありえないことだ。侵食体はどうなる? それに、佐東さんと三海さんは、どうなる? どっちにしても?
「おれがやるから。知り合いとかじゃないし」
息ができない。声も出ない。まともに喋れない。
『西川カイ。お前の技術では治療可能な状態に切除するのは不可能だ』
「それ貸して」
『聞いているのか』
「ちょっとうるさい」
カイさんが耳元へ手を当てて、端末を何か操作していた。それから少し屈んでわたしの顔を覗き込む。
「貸して」
もう一度同じことを言う。返事、頭がぐるぐるする。カイさんはわたしの返事を少しも待たずに、わたしの手を、握った。
男の人に初めて手を握られた。
熱くて、気持ちが悪かった。
カイさんが悪いんじゃない。わたしが悪いんだ。頭が悪くて運動も苦手で何もできないわたしが悪い。何もできない。動けるくせに動かない。わたしがこうしてここに居る意味がわからない。誰かがこうやってわたしの代わりに嫌なことやってくれるのを待ってたんじゃないか――そんなことない、そんなことすら考えきれなかった、でも今はわたしがそれをやらなくて良くなったのが嬉しくて助かった気がして――だけどそれを代わりにやってくれる人は、ちゃんと人間で――その手の熱さとか、滲んでいた汗、わたしの指をほどいて、わたしの作ったナイフを奪っていった動きは、ちゃんと自分の意思で動いている人間だった。
わたしは動けないでいるのに。同じように動けるはずなのに。そう突きつけられた気がして、勝手に怖くて気持ち悪くなった。
ぐるぐるしている。でも時間は通り過ぎていく。さっきまで、わたしが一人でぐるぐるしてたときよりもずっと早く。
わたしの手からナイフを奪ったカイさんは、全然ためらわずにそれを振りかざして、そこに立ち尽くしていた佐東さんの顔を、鼻から斜めに右半分を切り落とした。
切られた部分が後ろに外れて飛んでって、血や脳が吹き出した。佐東さんの残った顔と身体は頭と逆に前のめりにゆっくり倒れた。
友達が死ぬところを見たのもそれが初めてだった。
視界に入ったその姿を見て、助けが来たのだと思ったけど、だからといってどうすればいいのかまだわからなくて。
『どこを走ってきた?』
「崖の上」
バイクのまま校舎の窓と壁を突き破ってやってきたカイさんは、廊下も突き抜けてそのまま教室まで突っ込んでいった。
またガラスが割れる音。いろんなものが崩れる音。燃える匂い。窓の外の森と崖まで煙が流れていく。どこから飛んできたんだろう。そんな無茶をして大丈夫なんだろうか。わたしだったら大怪我をする。信じられない。
『指示したルートを通らなかったな』
「知ってる場所だし」
『せめて応答すべきだ』
「だって舌噛みそうだったからさ」
回線と現実で声がダブって聞こえる。現実の声の方が粉塵に吸い込まれて遠い。
わたしの混乱をよそに、カイさんはなんだかごく当たり前のように教室から歩いて出てきた。砂埃で汚れたゴーグルを外しながら。頬にかすり傷。怪我はきっとそれだけだ。もちろんわたしたちには、こんな傷はどうってことない。
「カスミちゃん」
「あ。え、あの」
「話聞いてた。嫌ならやんなくていいよ」
「え」
わたしの方に歩いてきて、わたしの横に並んで、いつもと変わらない、なんでもがなんでもないみたいに笑っている。
「無理しなくていい」
「で、でも」
でも。なんだろう。やらなかったら、わたしがここで何もしなかったら? そんなのありえないことだ。侵食体はどうなる? それに、佐東さんと三海さんは、どうなる? どっちにしても?
「おれがやるから。知り合いとかじゃないし」
息ができない。声も出ない。まともに喋れない。
『西川カイ。お前の技術では治療可能な状態に切除するのは不可能だ』
「それ貸して」
『聞いているのか』
「ちょっとうるさい」
カイさんが耳元へ手を当てて、端末を何か操作していた。それから少し屈んでわたしの顔を覗き込む。
「貸して」
もう一度同じことを言う。返事、頭がぐるぐるする。カイさんはわたしの返事を少しも待たずに、わたしの手を、握った。
男の人に初めて手を握られた。
熱くて、気持ちが悪かった。
カイさんが悪いんじゃない。わたしが悪いんだ。頭が悪くて運動も苦手で何もできないわたしが悪い。何もできない。動けるくせに動かない。わたしがこうしてここに居る意味がわからない。誰かがこうやってわたしの代わりに嫌なことやってくれるのを待ってたんじゃないか――そんなことない、そんなことすら考えきれなかった、でも今はわたしがそれをやらなくて良くなったのが嬉しくて助かった気がして――だけどそれを代わりにやってくれる人は、ちゃんと人間で――その手の熱さとか、滲んでいた汗、わたしの指をほどいて、わたしの作ったナイフを奪っていった動きは、ちゃんと自分の意思で動いている人間だった。
わたしは動けないでいるのに。同じように動けるはずなのに。そう突きつけられた気がして、勝手に怖くて気持ち悪くなった。
ぐるぐるしている。でも時間は通り過ぎていく。さっきまで、わたしが一人でぐるぐるしてたときよりもずっと早く。
わたしの手からナイフを奪ったカイさんは、全然ためらわずにそれを振りかざして、そこに立ち尽くしていた佐東さんの顔を、鼻から斜めに右半分を切り落とした。
切られた部分が後ろに外れて飛んでって、血や脳が吹き出した。佐東さんの残った顔と身体は頭と逆に前のめりにゆっくり倒れた。
友達が死ぬところを見たのもそれが初めてだった。
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