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三 坂井ミリはまだ知らない
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「てゆうかナユさんが宿題教えてくれないですか? カイさんは厳しいし、答え教えてくれないから時間かかるし」
「私が? 無理無理。学生時代は授業中全部寝てたから。こいつの方がまだマシだ。性格がアレだけど」
「正直おれがここで一番まともだと思ってんだけど」
「は?」
ナユさんに睨まれた。いや、冗談とかでもなくて、ほんとにおれはかなりまともで冷静でいるつもりなんだ。少なくともその状態でいられるように努力してはいる。思い上がりだろうか。
「お前もそんなに宿題が嫌なら学校行かなきゃいいじゃねーか」
「学校は行きたいですよ! わたし友達いっぱいいるんです! 中学校もすごく楽しいです。授業もだいたいわかんないけど面白いです。宿題とテストさえなければ」
「こいつ、わかんないけど面白いってどういうこと?」
「それね。ミリちゃん、そゆとこ難しいんだよね」
「じゃ、西川の教え方はわかるけど面白くないってとこか?」
「そうなんですよ! カイさんの説明、最終的にはわかりますけど面白くないです。腹立ちます」
「酷いよね。もう何も教えたくない」
「ぎぇえ! それも困ります! 宿題どうしてくれるんですか!」
「一人でやれるようになりなよ」
「なんでですか!」
おれの提案には理不尽な質問で返すし。
「そんなに面倒なら宿題なんか堂々とサボれよ」
「クラスでわたしだけ宿題やってないとすごく目立つので嫌です!」
ナユさんの現実的なもう一つの提案には、面倒な理由を言い返した。
おれとナユさんは返事をするのをやめた。
ナユさんは座っていた古いパイプ椅子の背もたれに思い切り体重をかけてギシギシ言わせながら、またトレーニングウェアの胸ポケットを探している。いつも着てるそういうタイプの服ってあんまり胸ポケット付いてることなさそうだけど。
「子供って異世界の住人みたいだよな。できれば関わりたくねえってところも」
「わかるけど同意しない」
「あ、そう」
「中学生って子供じゃなくないですか……?」
こうしてミリちゃんは休憩室に誰かが来るたびに騒ぎまくるので宿題はなかなか進まない。ここでやってるからそうなっちゃうわけで、もっと勉強に向いた静かなところに場所を変えれば、まだもう少しは捗るようになるかもしれない。
でもおれがここで暇をつぶしてるのにも一応は目的がある。だからミリちゃんのためにわざわざどっか別なとこに行くってのは、ない。
「カイさん、今日も暇そうですね」
「今の所はね」
それまでの会話の脈絡も何もなく、ミリちゃんはまた非常に挑発的なことをしみじみと言った。おれが適当に受け流してると、ナユさんが急に椅子から立ち上がった。
休憩室のドアの方へ視線を向け、「帰る」か「戻る」と短い一言を、恐らく次の瞬間に言うつもりだったのだろう、と思った。が。
「ナユさん! トレーニング行くならわたしも行きます!」
ミリちゃんが反応して、叫ぶほうが早かった。
「お前が来るなら私は外を走ってくる」
「えー」
ナユさんは先手を打たれて、先手を打った。
階段を降りてくる足音が聞こえる。ナユさんがこの休憩室に入ってくるときに、ドアを少し開けたままにしていた。意味があったのだろうと思う。おれより少し先に、彼女の耳には足音が聞こえていたとか。
彼女はそのまま休憩室を出ていくのではなく、少し視線を泳がせたあとに、そのまままた同じ椅子に座り直した。少し椅子を引きずって、休憩室のドアから近づき過ぎず、遠すぎず、ドア自体の影に少し入る位置にさり気なく入り込む。
二つの足音はすぐに休憩室に入ってくるはずだ。
開けたままにされたドアを押して、最初に顔を見せたのは信之だった。
「今日も居たんだ」
信之ももちろん、ここ何日もおれがミリちゃんの宿題を見ていることを知っている。こいつは隊での仕事の関係でこのビルに待機していることも多いから必然だ。
「居るよ。声聞こえてなかった?」
「上には聞こえてなかった」
「わたし、そんなに騒いでませんけど」
信之が笑って肩を竦める。まあ、そんなことはどうでもいい。もうひとり、入ってくると思ったんだけど。
どうやら信之だけがここで休憩ってことらしくて、もうひとりは顔を見せて挨拶もせずに、四階を素通りして下へ降りていくつもりらしい。
なんで階段使ってんだろう? おれが前に一緒に使おうって言ったときは無駄に抵抗されたんだけど。これは別に嫉妬じゃない。あれはホントに無駄な時間だった。ただ、だから、とにかく嫉妬とかじゃなくてただ当てが外れてがっかりしたから、何となくドアの方に身を乗り出してこっちから声をかけた。
「隊長」
階段を降りようとしていた背中がごく当たり前に振り返り、信之の後ろから休憩室の中を一瞥した。で、無表情の白い顔。おれと目が合ったが、それにどんな意味があったのかどうかはわからない。
呼びかけられて、返事をするにしては少しだけ妙な一瞬の間があいて、その間におれと目を合わせたまま隊長は――もしかしたら単におれの後ろの壁でも見てるのかもしれないが――ともかくそのまま、見慣れない穏やかな作り笑いを顔面に浮かべた。
その妙な間は、慣れない表情を作るための時間だったのか。
「皆、健康そうでなによりだ」
で、この場合の人類に対しては少しズレた当たり障りのない挨拶らしきものを口にした。
そんなの初めて聞いた。
「はい! とても元気です!」
それに対してミリちゃんだけが元気よく手を上げて返事をする。他の連中は、そのズレた発言に少々引いている。意味はわかるけど。おれたちのような人類の駒は、異世界人からしたら健康体で戦ってくれるのが一番だろうから。
そこまで考えて言ってはいないかもしれないが、言われた側の立場としては、そうだ。
でも言った側はその微妙なズレのことなんかわかりもしないのだろう。少なくとも今の所は。
そして隊長はやっぱりすぐに踵を返して階段を降りていこうとした。慣れない社交辞令で場をはぐらかして。
つまり、おれは今、無難にかわされて避けられようとしてるんじゃないか。これ以上無いぐらいにぎこちなく。
それは仮説というか楽観的な憶測か願望に過ぎないが。
「ちょっと待って。どこ行くの?」
だからおれの好奇心はめちゃくちゃに刺激された。
「私が? 無理無理。学生時代は授業中全部寝てたから。こいつの方がまだマシだ。性格がアレだけど」
「正直おれがここで一番まともだと思ってんだけど」
「は?」
ナユさんに睨まれた。いや、冗談とかでもなくて、ほんとにおれはかなりまともで冷静でいるつもりなんだ。少なくともその状態でいられるように努力してはいる。思い上がりだろうか。
「お前もそんなに宿題が嫌なら学校行かなきゃいいじゃねーか」
「学校は行きたいですよ! わたし友達いっぱいいるんです! 中学校もすごく楽しいです。授業もだいたいわかんないけど面白いです。宿題とテストさえなければ」
「こいつ、わかんないけど面白いってどういうこと?」
「それね。ミリちゃん、そゆとこ難しいんだよね」
「じゃ、西川の教え方はわかるけど面白くないってとこか?」
「そうなんですよ! カイさんの説明、最終的にはわかりますけど面白くないです。腹立ちます」
「酷いよね。もう何も教えたくない」
「ぎぇえ! それも困ります! 宿題どうしてくれるんですか!」
「一人でやれるようになりなよ」
「なんでですか!」
おれの提案には理不尽な質問で返すし。
「そんなに面倒なら宿題なんか堂々とサボれよ」
「クラスでわたしだけ宿題やってないとすごく目立つので嫌です!」
ナユさんの現実的なもう一つの提案には、面倒な理由を言い返した。
おれとナユさんは返事をするのをやめた。
ナユさんは座っていた古いパイプ椅子の背もたれに思い切り体重をかけてギシギシ言わせながら、またトレーニングウェアの胸ポケットを探している。いつも着てるそういうタイプの服ってあんまり胸ポケット付いてることなさそうだけど。
「子供って異世界の住人みたいだよな。できれば関わりたくねえってところも」
「わかるけど同意しない」
「あ、そう」
「中学生って子供じゃなくないですか……?」
こうしてミリちゃんは休憩室に誰かが来るたびに騒ぎまくるので宿題はなかなか進まない。ここでやってるからそうなっちゃうわけで、もっと勉強に向いた静かなところに場所を変えれば、まだもう少しは捗るようになるかもしれない。
でもおれがここで暇をつぶしてるのにも一応は目的がある。だからミリちゃんのためにわざわざどっか別なとこに行くってのは、ない。
「カイさん、今日も暇そうですね」
「今の所はね」
それまでの会話の脈絡も何もなく、ミリちゃんはまた非常に挑発的なことをしみじみと言った。おれが適当に受け流してると、ナユさんが急に椅子から立ち上がった。
休憩室のドアの方へ視線を向け、「帰る」か「戻る」と短い一言を、恐らく次の瞬間に言うつもりだったのだろう、と思った。が。
「ナユさん! トレーニング行くならわたしも行きます!」
ミリちゃんが反応して、叫ぶほうが早かった。
「お前が来るなら私は外を走ってくる」
「えー」
ナユさんは先手を打たれて、先手を打った。
階段を降りてくる足音が聞こえる。ナユさんがこの休憩室に入ってくるときに、ドアを少し開けたままにしていた。意味があったのだろうと思う。おれより少し先に、彼女の耳には足音が聞こえていたとか。
彼女はそのまま休憩室を出ていくのではなく、少し視線を泳がせたあとに、そのまままた同じ椅子に座り直した。少し椅子を引きずって、休憩室のドアから近づき過ぎず、遠すぎず、ドア自体の影に少し入る位置にさり気なく入り込む。
二つの足音はすぐに休憩室に入ってくるはずだ。
開けたままにされたドアを押して、最初に顔を見せたのは信之だった。
「今日も居たんだ」
信之ももちろん、ここ何日もおれがミリちゃんの宿題を見ていることを知っている。こいつは隊での仕事の関係でこのビルに待機していることも多いから必然だ。
「居るよ。声聞こえてなかった?」
「上には聞こえてなかった」
「わたし、そんなに騒いでませんけど」
信之が笑って肩を竦める。まあ、そんなことはどうでもいい。もうひとり、入ってくると思ったんだけど。
どうやら信之だけがここで休憩ってことらしくて、もうひとりは顔を見せて挨拶もせずに、四階を素通りして下へ降りていくつもりらしい。
なんで階段使ってんだろう? おれが前に一緒に使おうって言ったときは無駄に抵抗されたんだけど。これは別に嫉妬じゃない。あれはホントに無駄な時間だった。ただ、だから、とにかく嫉妬とかじゃなくてただ当てが外れてがっかりしたから、何となくドアの方に身を乗り出してこっちから声をかけた。
「隊長」
階段を降りようとしていた背中がごく当たり前に振り返り、信之の後ろから休憩室の中を一瞥した。で、無表情の白い顔。おれと目が合ったが、それにどんな意味があったのかどうかはわからない。
呼びかけられて、返事をするにしては少しだけ妙な一瞬の間があいて、その間におれと目を合わせたまま隊長は――もしかしたら単におれの後ろの壁でも見てるのかもしれないが――ともかくそのまま、見慣れない穏やかな作り笑いを顔面に浮かべた。
その妙な間は、慣れない表情を作るための時間だったのか。
「皆、健康そうでなによりだ」
で、この場合の人類に対しては少しズレた当たり障りのない挨拶らしきものを口にした。
そんなの初めて聞いた。
「はい! とても元気です!」
それに対してミリちゃんだけが元気よく手を上げて返事をする。他の連中は、そのズレた発言に少々引いている。意味はわかるけど。おれたちのような人類の駒は、異世界人からしたら健康体で戦ってくれるのが一番だろうから。
そこまで考えて言ってはいないかもしれないが、言われた側の立場としては、そうだ。
でも言った側はその微妙なズレのことなんかわかりもしないのだろう。少なくとも今の所は。
そして隊長はやっぱりすぐに踵を返して階段を降りていこうとした。慣れない社交辞令で場をはぐらかして。
つまり、おれは今、無難にかわされて避けられようとしてるんじゃないか。これ以上無いぐらいにぎこちなく。
それは仮説というか楽観的な憶測か願望に過ぎないが。
「ちょっと待って。どこ行くの?」
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