天使が恋を知ったとき

ハコニワ

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一章 羽衣天音の世界 

第4話 鍵

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 おかしな点がある。彼女と話しても五月一日から抜け出せなかった。でも逆に五月一日から抜け出したルートがある。
 考えろ、思いだせ。
 そのとき、彼女に何をした? 何かをして抜け出せた。そうだ。彼女は何かに驚いていた。どうして驚いていたのか分からないけど、彼女を驚かすことにした。それがタイムリープから脱け出せる鍵と信じて。

 教室に入るや、もうすでに彼女は席についていた。高嶺の花は孤高である。彼女が誰かと話している姿はない。いつも一人。
 だから分からなかったんだ。悠介や朝霧のようにいつも同じ行動している奴らと違って、彼女はいつも一人。違った行動パターンが読めない。
 思えば彼女だけが、このルートで違った。妙な話しをしかけたり、違った行動をしている。

 早速、悠介が声をかけてきた。
「おはようさん! あぁ、今日も――」
「羽衣さん!」
 僕は悠介の声を振り切って、彼女に話しかけた。教室中がざわついた。クラスメイトたちが一斉にこちらに向いている。
 一方、彼女は窓の外を見上げていた。
 雲一つもない澄み切った青空。僕からみれば、何度目かの晴天だけど。

 窓の奥に蝶やら鳥やら飛んでいるのだろうか。話しかけても振り向きもしない。というか、生きているのか微動だにしない。
「羽衣さん?」
 僕は恐る恐るもう一度、声をかけてみた。それでも無視。まるでその場に僕がいないような感じ。
 会話もせず、そのまま一限目が始まった。数学の先生が、黒板の前で数式をダラダラ説明していた。みんな、真剣な表情で黒板とノートとにらめっこしていた。
 教室は、静かでみんな授業を真面目に受けていた。誰もコソコソ喋っていない。
 でも僕は、数学の授業をしている場合じゃない。とにかく、彼女と話さないと。

 僕はトントンと肩を叩いた。彼女はゆっくり振り返る。大きくてまん丸な瞳とぶつかる。よし。これで会話できるぞ。
「あのさ、この問一五が分からなくて、ほら、羽衣さん問一四解くじゃん。僕、その次で全然分からなくて、ごめん。教えてくれる?」
 さりげない会話だ。
 タイムリープしているせいで、この問題の答えは分かっている。全部の答えをはっきりと覚えている。
 彼女は、少し考えたようにジッと、僕の顔を見つめた。穴が開くほど見つめられた。愛くるしい瞳と合って、緊張する。
 
 彼女はまたくるりと前を向くと、机に向かって何かを書いている。暫く経つと、こちらに顔を向けた。プリントを渡してくる。それは、問一五の問題を解ける、アドバイスだった。
 式のやり方、計算方法、どうしてこうなるのか、詳しく詳細している。彼女は、手渡すとくるりと背を向けた。

 喋る機会だったのに。くそ。中々手強いぞ。これじゃあ、百年経っても喋れないぞ。でもこれでめげるものか。
 
 一限目が終わると次は、英語だ。
 リスニング授業でみんな、黙って受けていた。CDから流れる、英語で話す女性の声。聞き取りやすいようにゆっくり発音している。
 まあ、これも分かるんだけど。使うものは使わないと。また彼女の肩を叩いた。ゆっくり振り向く。
「あのさ、さっき眠りかぶっていたから、聞き取れてないところがあって、このジュニアがマイに何をしていてほしかったんだっけ? ごめん。教えてくれる?」
 どうだ。これならメモ書きできないだろう。と、思いきや彼女は僕が何かを仕掛けてくるのを見計らったように、紙を手渡してきた。
 それは、このリスニング問題の答えだと言わざる紙。どうして彼女が持っているんだ。
 いや、それよりもまた失敗した。
 こんだけ口説きが失敗すると、へこたれるぞ。
 いやいやまだだ。まだイベントがあるはず。その機会を慎重に見計らわないと。

 それからというもの、昼休みになるまで僕は前の席の住人を監視していた。悠介からはファンクラブに入る気か、と喚き散らしていたけど、そんなのに入るわけがない。
 ファンクラブがこの学校だけじゃなく、他校にもある。大勢の人たちが入ってて、全員彼女に夢中なんだ。なんて罪深い。

 悠介もそのファンクラブの一員で、今日は集まりがあるらしい。恐らく、彼女の周りに飛ぶ蝿についてだ。その蝿は、友人でもあるのだが。
 ファンクラブの人たちから脅されないか、ヒヤヒヤした。まぁ、また戻ればそんなのは一切ないが。ファンクラブにも目をつけられれば、学校で僕が安心するところは限られている。
 僕は一人、屋上でご飯を食べた。コンビニ袋と水筒持って屋上に。鍵もかけていないし、立入禁止札もない、なんてぬけぬけな管理なんだ。まぁ、それで助かっていることはあるけど。
 
 階段をあがり、屋上に出ると陶器のように青々とした空が目に入った。雲一つもない空。見上げていたら、吸い込まれていきそう。
 こんな大空の下で食べれる料理は、コンビニ弁当でも美味しいな。
 屋上にいたのは、僕一人じゃなかった。この景色の下で食べたい人間は、僕の他にも一人。朝霧がいた。
「あれ? 聖人くん!?」 
 パンを咀嚼しながら、朝霧はびっくりしていた。 
「そういや朝霧って、教室で食べているところ見かけないな。いつもここで食べているのか?」
「うん。そうだよ」
 朝霧の隣に座り、僕はコンビニ弁当を広げた。朝霧の昼飯は、購買で買ったパン一つ。それだけでもつのか疑問だ。
 それにしても、僕は何度もタイムリープしていて、その度に違う行動している。違う行動すれば、何か変わるはずなのに、ここは必ず決まっている。これで、何か変わってくれるといいけど。
「そういえば、朝から男子たちが騒がしくしてたけど、天音さんに何してたの?」
 朝霧がニヤニヤ笑いながら聞いてきた。男子だけじゃない、教師陣もどよめいてたぞ。
「羽衣さんと話したくて。全然会話していないんだけど」
 そう言うと、朝霧が止まった。 
 笑みが消え、暗い表情をした。さっきまで明るい雰囲気だったのに、急に。そういえば前のルートにも、羽衣さんが急に雰囲気を変えたときがあったな。
 その時も、そして今も、僕は女性に何か失礼なことを言っていたのかもしれない。じゃなきゃ、こんな怖い反応しない。

 彼女が何故そんな反応するのか、僕は暫く考えた。僕が言った台詞を頭の中で思い浮かべる。
 僕は羽衣さんについて聞いていた。もう一度羽衣さんについて、聞いてみた。
「羽衣さんについて、知ってる?」
「そういえば、朝から男子たちが騒がしくしてたけど、天音さんに何してたの?」 
 え?
 声のトーンも、表情も同じ。さっき言っていた台詞だ。まさか、彼女がここまでボケるとは。
「そういえば、朝から男子たちが騒がしくしてたけど、天音さんに何してたの?」
 それを繰り返した。
 壊れた機械みたい。同じ表情。同じ声のトーン。ロボットみたいだ。実際、僕以外がロボットなのかもしれない。

 このタイムリープは、僕だけが正気で他の人たちは、何度も何度も同じ行動する、道化師。主役を華やかにさせるピエロは、舞台の上で、何度も転がり回る。
 そう仕向けているんだ。この世界を作った人間が。早く突き止めないと。

 朝霧と楽しく会話して、昼飯食べたかったけど、そのご飯が不味く感じた。微かに感じた夏風が、急に冬のように冷たくなり五月という季節なのに、体が凍った。

 その放課後。羽衣さんとは、見事なまでに会話出来なかった。僕が怖気づいていたせいじゃない。彼女が自ら関わらないように、接している。
 帰り道。ちょうど公園近くだ。街頭が夜道を照らし、太陽は静かに沈んでいく時間帯。この時間帯だ。空き巣犯たちがここを通っていく。

 一、二回しか見たことないから、はっきり覚えているのは、若かったことと、全員男性。しかも、フードを深く被っていたせいで分からなかったけど、死際、あのとき刺した彼の服が名門の男子高校。
 名門生徒が空き巣をやったり、人を刺すなんてなぁ。
 
 僕は公園に寄った。ここからその家が堂々と見える。目の前だから。それでも奴らは現れるだろう。なんせ、決められたことをやっている道化師なのだから。

 人影がチラホラと家の周りにいる。周囲を挙動不審にうかがっている。僕は遊具の影に隠れているから、分からないだろうけど。やっぱり家の中に入った。想定外もなければ予想通り。
 そして、ここからが本番だ。
 こいつらも、この世界ではただの道化師にすぎない。けど、こいつらはただの道化師じゃない。

 五月一日に、必ず空き巣に入る。
 みんな、確かに同じ言動してるけど、こいつらには、何か意図がある。ここで僕が死ぬか死なないかの選択も用意されている。
 このイベントは、間違いなく重要だ。
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