天使が恋を知ったとき

ハコニワ

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一章 羽衣天音の世界 

第6話 神様

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 笑った。マネキンみたいと常に思っていた彼女のふと見せた笑顔は、あどけない表情で子供ぽかった。
 誰も見たことその笑み、反則だろ。

 思わず見惚れてしまった。瞼を閉じても彼女の微笑みが浮かんでくる。ハンコを押したように、その景色。
「すすすきになった!? 羽衣さんが僕のことを!?」
 びっくりして、たじろいた。パニック状態だ。こんな美人な彼女が、平凡な僕のことを好きになるなんて、ドッキリに決まっている。何処かに監視カメラがあるはず。

 でも彼女の笑顔は、嘘ではない。演技じゃない素の表情をしていた。僕が疑ったら、彼女に失礼だ。
「でも、このタイムリープもあと二回で終わり」
 彼女は顔を伏せた。僕はオウム返しに訊く。
「私の残っている力も限界に近づいてきている。あと二回……いいや、それよりもあと一回作れば、私は消滅するだろう」
「しょ、消滅!?」
 彼女は天使としての力を使ってこの世界を創造した。それは、神にも等しい力で、僕が何度も何度もやり直すたびに彼女は、何度も何度も構築した。
 悠介や朝霧、青空、夏風の涼しい風、この街全体を一から構築した。
 僕がやり直すたびに、彼女の力は弱りまくっている。僕が死ぬからだ。でも、彼女はそんなことを責めなかった。
 ただ、何度も死ぬ僕を同情していた。

 なんとかして、僕はこのルートで生きないと。彼女は危ない。あぁ、そうか。彼女から漂う香りは普通の女子高生がする、甘い香りじゃなく、死の香りがするのはそういうことだったのか。
 細く折れそうな体つきが、今にでも折れそう。儚い姿だったのが、より儚くみえた。

「僕、このルートで生きてみせる。頑張るよ」
 意気込んで宣言。でも、彼女は暗い表情のまま。五月一日を生き残っても、まだ何か試練がある。彼女が黙ったせいで、それを悟った。

 すると、彼女がいきなり顔をあげて僕を押し倒した。冷たいコンクリートが背中に。顔には彼女の滑らかな髪の毛が当たった。こそばゆい。
 背中の痛みよりも、彼女が上に跨っている現状に驚き。ちち近い! 近すぎる。息がかかる距離だ。
「動かないで!」
 彼女が叫んだ。
 大人しめで、静かな彼女から見られない、焦った雰囲気。一体、何が起きているんだ。彼女は、警戒しながら何かを凝視していた。
 青々とした青空に、白い筋が走る。飛行機が通った後みたいな。隕石が落ちてくるような眩い光。なんだ、あれは。こっちに、落ちてくるような……。
「羽衣さん! おちおち、落ちてくる!」
 僕はジタバタともがくも、羽衣さんは退けてくれない。

 どのルートに行っても隕石落下なんて、見た事ないぞ。オレンジ色の光だった。赤い閃光が大空に走る。
 世界が明るくなった。朝日の光も眩しかったけど、更に明るく、昼間のような光。突如降ってきた世界の終焉。それは、太陽のように明るくて暑かった。

 建物が溶けるほどの熱。屋上で浴びればたちまち、死に至る。それなのに僕は干からびていない。火傷もしていない。彼女が上に覆い被さっているからだ。
 ジュワと焼ける音がした。皮膚が焼ける焦げ臭い臭いがした。彼女の体から煙が出ている。白い霧が空に伸びる。
「羽衣さん……!」
「喋らないで。空気を吸うと、火傷する」
 そう言った彼女の頰からポタっと汗が滴り落ちた。滴り落ちた雫は、すぐに乾いてなくなった。
 ポタポタと落ちてくる透明な雫。女の子に守られているなんて、でも、現状、彼女の言うとおり少し喋っただけで、喉の奥がヒリヒリした。
 喉奥を潰されたように、うまく呼吸できない。ゴホゴホと咳き込む。その間に、隕石が落ちてきた。この屋上に。
 
 大きな地震が襲った。建物が上下に揺れ、隕石が落下したと思われる場所は、ヒビ割れ穴が空いている。でも学校の建物がそこ以外損傷してない。
 土煙が舞った。黒鉛に似た煙で、全く遠くの景色がみえない。

 彼女が上体を起こし、土煙を凝視した。まるで、落ちてきたものに、興味があるような。喉がやられて、喋れない。呼吸できるようになったけど、会話できるのは相当時間がかかる。

 やがて土煙は消えていき、ソレが姿を現した。岩石みたいに禍々しい石ではなかった。卵だった。黒くて大きな。ヒナが生まれるにしてはデカイな。ビックなサイズだ。
 人間が入っているような、サイズ感。なんだこれは。恐る恐る近寄ると、卵にヒビが割れた。鏡を割ったように亀裂がはいった。

 なんだ。何が産まれるんだ。
 僕は一歩後退した。未知の生物とか簡単に信じない類でね。天使が横にいて、早々に宇宙人とかやめてほしい。頭がパンクする。

 亀裂は大きくなり、そして、パッカーンとあいた。中から現れたのは、年は僕らと同じくらいの女の子。雪みたいに真っ白い肌。ピンクの唇。血を連想させる赤毛の髪の毛。そして、背中には白い翼を持っている。
 姿はまるで、天使のようだ。全体的に白を強調とした姿。

 卵に入っていた彼女は、ふっと目を開けた。静かに顔を上げ、こちらと目が合う。燃え盛る炎のような真っ赤な瞳。人間じゃないのは、確かだ。
「天音……」
 そう、彼女がつぶやいた。
 半寝状態で、曖昧な意識の中、はっきりと名前を言った。僕の隣にいる天使の名を。羽衣さんは、じっと突っ立っていた。大きな目を細めることなく、ジト目で睨むことなく、普段とおりの羽衣天音だった。

 表情筋が動いていない。どんな気持ちなんだ今は。喜怒哀楽が読めない。寝ていたはずの彼女が起き上がり、羽衣さんに抱きついた。
「天音っ! 天音よね!? 天音~! ずっと探してたのよ!」
 ぎゅぎゅと抱きしめている。羽衣さんがすぐに離れた。表情筋動いていないけど、嫌だったのかな。
「どうしてここにいるの? 姉さん」
 姉さん!? 羽衣さんのお姉さんというならば天使。やはり、天使だったのか。お姉さんは、ムッとした。その矛先は、何故か僕に向かった。僕を生ゴミでも見るかのように睨みつけた。
「こんな人間のために、天音がどれだけ擦り切れていったか……。しかもさっきも守られて、信じられない。天音、帰りましょう。こんな人間のために、天音が堕天するなんて、おかしいわ!」
 堕天? 天使が堕天すると、悪魔になるとか言われている。そういえば天音は、天使みたいな美貌はあるけど、翼もないし、輪っかもないし、髪の毛が漆黒だ。
 力を使うたび翼の羽がもげ、髪の毛は一本一本黒く染まる。

 堕天に近づいていく。僕のせいで。
「これは、私が勝手にやったこと。彼のせいじゃない」
 羽衣さんが言った。
 お姉さんは、それでも腹の中の怒りが収まらないようで、ずっと睨みつけている。そして、羽衣さんについて知った。

 神様に仕える天使であり、1100いる兄妹の中で天音さんは、145番目の天使でお姉さんはすぐ上の144番目の姉。他の姉妹の中では、とりわけ仲が良いらしい。

 そして、お姉さんと同時に降ってきたものが。降ってきたというか、この地に舞い降りたに近い。
 隕石落下のせいで、雲一つない青空だったのが、少しだけ雲がある。ポツリポツリ白い綿あめが浮いている。その青空に、神々しい光が舞い降りた。
 太陽の光じゃない。 
 温かくないからだ。目を開けれないほどの光。目を瞑って暫く経つと声がした。老爺のような乾いた声。恐る恐る目を開くと、誰もいない。それなのに、声がする。
 声がする方向はなんと、大空からだった。隣いた羽衣さんとお姉さんは、膝をついて、頭を垂れていた。僕が目を瞑っている間に何を。

 お姉さんにまたしても、睨まれた。
「ほんとに無礼な人間。神様が降りてきても、頭も垂れやしないなんて、どんな教育されてきたのかしら」
 嫌味が混じった微笑み。
 天使であれど、悪魔みたいな雰囲気だすんだな。
『翼はない。髪の毛は黒く、その姿堕天前か。なんて穢らわしい』
 この声は、神様。うわっ。僕とうとう神様を拝めちゃったよ。感心してる場合じゃない。
 
 言われてる彼女は、腹を括っている覚悟の表情で凛としていた。

 羽衣さんが、そこまで追い詰めていたなんて。僕は彼女のことを、救いたい。
 彼女にこれまで、何度も助けられたように、僕も彼女を助けたい。
「あの神様。お願いがあります!」
 羽衣さんはびっくりして固まっていた。お姉さんは信じられないという表情。神様は暫く無言だった。空から何も降っこないから、僕嫌われているのかと思ったけど、神様が答えてくれた。
『少年よ。何か願いがあるようだ。聞こう』
「はぁ!? 天音に助けられた命で、何偉そうにしてん…――モゴモゴ」
 お姉さんが噛み付くように怒鳴ったけど、その口を封じたのは羽衣さん。僕は話を続けた。
「神様に果し状です。僕が五月一日から五月六日まで生きていたら、羽衣さんを、人間にして下さい! その代わり、僕が負けたら地獄にでも落ちましょう」
 神様は、果し状というキーワードを聞くと、すぐに受け入れた。面白いと言いながら。 

 そして、大空から声はしなくなった。この勝負、絶対僕が勝つ。
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