天使が恋を知ったとき

ハコニワ

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二章 白崎聖人の世界 

第11話 次なる

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 セットした目覚まし時計で目が覚めた。なんだか、優しい夢を見ていたような。どんな夢だったのか、思い出せない。

 なんだか、部屋の中が眩しいな。白く輝いている。寝起きだからかも。目がパチパチする。
 セットした目覚まし時計をよく、見てみると朝の六時前。早すぎだろ。

 故障したかな。まぁ、こんな時間帯だし二度寝は無理か。しぶしぶ起き上がり、身支度を整えた。制服を着て、下の階に降りて洗面台で顔を洗った。途中から入ってきた妹の愛姫あいるには邪魔されたけど。
「えっ。お前、なんで生きてんの?」
「お兄、朝の挨拶がそれ? 頭打ったの? 愛姫、今日も明日も明後日も来週も来月も、来年も、超生きてるし!」

 白崎 愛姫しらさき あいる。年齢は十四で二歳差。幼稚園から髪の毛を長くして、今や腰のところまで伸ばしてある。鈴を転がしたような、可愛いらしい声で、背が小ちゃくて、ほんとに鈴みたいで可愛い。僕の妹だ。

 一瞬、変なことを言っていた。可愛い妹が亡くなったみたいな、そんなのないのに。
「朝っぱからどうかしてた。ごめん」
「心の広い愛姫は、お兄の言葉には動じませーん。それより、早く退いてくれる? 愛姫が使うんだけど」
 ここを占拠地みたいに、大きく態度に出やがった。まぁ、許すけど。でも兄ちゃんだって顔を弄ることはあるんだ。許せ。

 朝から騒ぐ愛姫をよそに、僕はずっと洗面台を独占していた。その後、愛姫の順に回ってきたら、愛姫は僕の愚痴を大声でいった。朝から元気なやつだな。

 それから、リビングに向かった。
 そういえば、朝から仕事があった気がした。それで目覚まし時計が早かった理由。なのに、その〝やる事〟を忘れた。
 頭の中で悶々と考えても、全く浮かばない。こういうのは、あとになって思い出すんだよな。

 やれやれとため息をついて、リビングにたどり着いた。僕は目を疑った。そこにいる二人の影に、何よりも驚いた。
 朝食がすでに作られていた。野菜やパン、目玉焼きなど、変哲もない机がキラキラ輝いていた。母さんが僕を見て「おはよう」とにこっと笑った。父さんはテレビを見ていた顔をこちらに向けて、「おはよう」と言った。

 時間が止まった気がした。二人の姿が朝日に照らされて、幻想的な情景のように美しく見えた。
「父さん、母さん……」
「あら、何? そこに突っ立ってないで早く来てちょうだい」
 ふふふと母さんが笑った。四人分の朝食を机に運びながら。父さんは、怪訝な表情をした。
「朝っぱから元気なのはいいが、今日は少し急いでてな、早く席につきなさい」
「あら、まだ時間あると思ってたわ。ほら、二人とも」
 母さんは僕らを手招きして、空席に座らせた。僕の向かいは父さんで、隣は愛姫。母さんは、斜め右に座っている。

 母さんは、忙しそうにみんなの朝食分を机に置くと、席についた。父さんが早速号令をかけて、僕らは箸をつけた。

 変な夢を見ていたみたいだ。二人がどこか遠いところに行った夢。でもこうして、二人は目の前にいる。
 美味しそうにご飯を食べていた。体の緊張がすっと解けた気がした。もう僕は、一人じゃない。 

 10分も経たないうちに父さんが仕事に向かった。家は他の家と比べると「夫婦円満」だ。父さんが立つと、母さんも立って、スーツを着るために母さんも手伝って、仕事に向かうときには、母さんも揃って玄関に行く。
 特に命令もされてないのに、父さんに尽くす。父さんもそれが当たり前みたいに、受け入れていた。

 僕らも学校に向かった。玄関前で母さんと別れる。「いってきます」「いってらっしゃい」当たり前の挨拶なのに、嬉しい。帰っくる返事、誰かがいる安堵さ、朝から悶々と考えていたことが、コロッと忘れそうだ。

 家を出た矢先、隣の家から同じ制服を着た女学生が現れた。
「あ、天和お姉ちゃんおはよう!」
 愛姫がニパッと笑った。
 愛姫は持病でよく病院で入院していた。だから、人見知りが激しいのに、その女学生に対して慣れたように、笑みを見せていた。
「おはようございます。お二人とも」
 心臓がドクンと鳴った。 
 その女学生の声。氷のように冷たくて、艶のある声。
 忘れていたことが一瞬、思い出したからだ。大きな手に心臓を鷲掴みされてる気分だ。

 心臓が早く高鳴った。ドクドクと早く脈うつ。緊張で体が固まっている。恐る恐る、ゆっくり振り返った。愛姫はその女学生にペットみたいに懐いていた。
 
 透き通る真っ白な肌。制服越しからでも分かる湾曲のくびれ、茶髪のような赤毛の髪の毛。そして、特徴的なのは、燃え盛る炎のような真っ赤な瞳。

 その女の名は――土谷天和。
 天使だった女だ。そして〝忘れていたこと〟の中にある、羽衣天音の姉。思い出した。僕は、彼女を見つけないと。

 彼女は人間に転生している。彼女が最後に僕にお願いした。だったら、見つけないと。でも何で天和お姉さんが、人間にまで化けているんだ。
 彼女は天使だ。天使の特徴である、金の輪っかはないけど、背中にある翼が微かにみえる。
「監視役。やっと、地獄から抜け出せると思ったのに、この仕打ち。ありえない! 天音がいないなんて、しかも、このわたくしが人間の幼馴染役なんて、とんでもないですわ」
 殺意のこもった目で睨まれた。
 天和お姉さんは、深いため息をついた。

 僕らの会話を知らない愛姫はずっと、首をかしげていた。愛姫からみれば、幼馴染と兄がコソコソしているふうに見える。
 コソコソしているのも悪いし、学校に行ってからまた話そう。愛姫は近所の中学校の制服を着ていた。
 だから、高校までは来ないだろう。何より、聞かれたらまずい話ばかりだ。愛姫がいない場所で話したい。

 愛姫は天和お姉さんに、すごい懐いている。まるで、本物の家族みたいに。天和お姉さんから情報によると、天和お姉さんは、僕の家の隣に住んでいる人で、僕の幼馴染。妹の愛姫は小さい頃からよく、遊んでいたと。
 記憶にもない情報だ。
「こら、愛姫。そんなベタベタしてると、天和お姉さんが歩けにくいだろ」
「えー。天和お姉ちゃん歩けにくい?」
「いいえ。少しも」
 にこっと笑った。
 ほんとに不気味に思う。天音さんや愛姫にだけは、そんな優しい笑みなのに、僕だけやたら違う。嫌われてるのは了承済みだけど、中々に心にくる。

 中学校にたどり着いた。
 愛姫は寂しそうに手を小さく振る。その背中はいつもより寂しそうにみえた。人が大勢いる中で、萎縮している。
 兄ながら、大丈夫か。玄関までトボトボ歩いていく姿をずっと眺めた。去年までは僕もその学校で、校舎の中までずっと一緒だったけど、僕が高校にあがるなり、愛姫は一人ぼっちになった。

 僕もせめて、玄関までは一緒にいたいけど、高校生が入ると先生たちに怒られるからな。頑張れ愛姫。
 愛姫は一人寂しく、玄関に入り、下駄箱で靴を履き替えた。
「ちょっと。いつまで見てんのシスコン」
 天和お姉さんが突如前に現れた。
 この人、ほんと視界の前に現れるな。シスコンて言われてるのは慣れている。けど、もう少しで愛姫が教室のところに一歩一歩進んでいっていたところを遮らないでほしい。

 僕はムッとして、スタスタ歩き出した。天和お姉さんは目を見開いて、僕のあとをついてきた。
「ちょっと、無視!? ありえないんだけど、ほんとに、何でわたくしがこんな人間の側にいないといけないの。あぁ、全身から鳥肌が」
「お姉さん。この世界は、ほんとに元の世界なんですか?」
 まず、聞きたかったことはコレだ。

 おかしいんだ。この世界は。
 死んだはずの両親と妹がいて、存在していない幼馴染がいる。十分に怪しい。それだけじゃない。
 朝、習慣のようにスマホを手に取って日時を確かめた。
『4月28日』
 僕がずっと抜け出せなかった、5月1日の3日前だ。僕は前の世界で、5月6日まで生き延びていた。
 だったら、この世界は5月7日じゃないのか。どうして戻っているんだ。天和お姉さんは、目を細めた。真面目な表情になる。辺りの空気が冷たくなった。

 周りは楽しそうにしているけど、僕らだけ、見つめ合って真面目な表情。雰囲気が違う。僕はずっとスマホの日時を天和お姉さんに突きつけていた。天和お姉さんは、やれやれと深いため息をついた。
「察しがいいですね。流石天音が見込んだ男ということでしょうか。察しの通り。ここはあなたがいた元の世界じゃない。ここは、あなたが望む世界」 
「僕が望む?」
 心がざわついた。僕が望むこと、それが、まんま作り出されている。両親と妹がいること、それが僕が望んでいたこと。
 でも、幼馴染は必要ない。家族がいるから、そんなのに、頼ったことはない。
「わたくしは監視役。今度は人間の側にいて、監視するつもり。幼馴染役は、人間の頭を少しいじれば楽勝よ」
 さも悪切れもなくサラリと言った。
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