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一 大倉麻耶
第21話 苦い味
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矢田家という、事実上権力者が消えた村は荒れていった。大切なものを次々と紙のように消えていったその翌日。
7月30日(月)
いつものように六時に目が覚めた。古びた天井、すんと香る不思議な匂い。ここは、白蔵先生の家だ、そう理解したのは昨日起きた出来事がトントンと脈をうって思いだしたから。
喉の奥がキュンと張り裂けそうになる苦味を感じた。薬を飲んだ苦味と同じ。
奥から物音がした。恐る恐る、上体を起こし次の部屋に広がる薄い襖を開けた。開いた音が心地よく耳に残る。
「あ、おはよう」
仏壇の前に座り、手を合わせてた白蔵先生と目が合った。すんと香る匂いは煙の匂い。たんまりと溜まった灰の上に線香が一本立っている。
テレビでみるどこかの国の黄色い砂漠と同じ、箱に溜まった灰色は砂漠化している。一日何度もしている証拠がみられる。
「先生、おはよう。その人誰?」
わたしが訊ねると先生は苦笑し、仏壇の真ん中に設置された白黒写真の女性を細めで眺めた。
「僕の妻だ」
「奥さん……」
白蔵先生は結婚したことあるって昔、なんかの授業で自慢話してたったけ。その時、洋介が盛ってどんな人とか、夜の営みとか授業そっちのけで質問してたし、先生もまんざらでもなく応えてたから覚えてる。
奥さん、見たことないけど写真見る限り綺麗な人だなぁ。切れ長の眉に、くりっとした目、着物姿がよく似合っている。
わたしは襖を閉じ、部屋に入って、先生の隣に座った。
「先生は奥さんのこと、今でも好き?」
「好きだよ」
わたしは関心した。好きな人がいること、愛している人がいること、それは即ちわたしが持っていないものだったから。
関心し、そして、憎悪が現れた。起きたばかりの苦味が残っている。チクリチクリと、針が心を突き刺さり、何度も何度も抉る。痛いと、やめてと言ってるのに針は現れ、突き刺さる。
「お水飲んでくる」
「ん。朝ごはんつくって待ってるからね」
その声を背で受け止め、わたしは洗面台に向かった。
眩しい朝日が縁側を美しく彩っていた。夏の朝日は本当に眩しい。血で滲んでいるわたしの心を酷く感服させる。洗面台にたち、まずは水を一杯飲んだ。乾いた喉に潤いが浸す。
でも苦味が消えないのは何故だろう。
次に顔を洗った。生ぬるい。冷水にしてるのに温水の中間温度。でもいいや。
目が覚めたばかりで冷水なんて凄い嫌だし。家では、おばあちゃんがいつも冷水、冷水ってうるさかったなぁ。
家以外で初めて得をしたのはこの瞬間だと思った。顔を拭き、鏡に映った自分を暫く見つめた。
酷い顔している。目袋が赤くパンパンだ。先生もさぞ、気を遣っただろうな。こんな顔、醜い。わたしはパチンと顔を両手で叩いた。
「しっかりしろ、大倉麻耶。今日は景子に謝るんだ、こんな醜い顔見せたら笑い者だ」
わたしは一人でに、笑顔の練習をした。でも、やっぱりだめ。唇の骨格をあげようにも目が笑ってないし、不自然過ぎる。
やっぱりやめとこっかな。でも、今日謝らないと後で後悔する。後悔するのは嫌だ。その道には進みたくない。
わたしは覚悟を奮い立たせた。もう一度、鏡の自分を見ると、もうそこにはうじうじしていた自分は映っていなかった。
頑張ろう。きっとわたしなら解決できる。
おっと、意気込み過ぎて先生を待たせちゃう。早く行かないと。わたしはバタバタと慌てて居間に向かった。
小走りで廊下を走り、居間の襖の前にたった。すぅと深呼吸をし、いつものように大声で元気よく登場した。
「先生待った?」
扉を開けると、机の上には既に朝食が準備されていた。キラキラなご飯、ワカメののった味噌汁、ホカホカ湯気が立ち込めるジャガイモなど。どれも美味しそうだ。
一緒にいただきますを言い、ご飯に手を伸べる。
「あ、先生、さっき水ね生温くなってたよ」
「あ…――そうか、あとで井戸水見ないとなぁ」
面倒くさそうに先生はじゃがいもの煮付けを食べた。どれも美味しい。おばあちゃんの味じゃないけど、人がつくった食べ物だ。
先生、ましてや、男の人がつくったにしては、すごい美味しい。
「先生料理できるんだ」
「そりゃあ、妻が亡くなったから自分のことは自分でしないと」
「先生偉いね」
プッと先生が吹き出した。わたしの返した応えにクスクスとお腹を押さえて笑いだす。普段、教壇の上に立っているときはこんな無邪気な微笑みじゃない。
堅くぶっきらぼうな笑顔だ。それが子どもみたいに可愛くみえる。
ご飯も食べ終えお片付けも終え、わたしは早速外に向かった。
「どこ行くの?」
外にでたわたしに先生が問いかけた。わたしはニッと応えた。
「公園! 暗くなるまでに帰るから!」
「そう、いってらっしゃい」
穏やかな雰囲気で別れ、それから、こっそりと景子の家に向かった。
先生はこの村でどちらかというと、信仰者だ。たぶん、先生の奥さんも。とりあえず信仰しとこう、ってもののレベルじゃない。
家の壁とか洗面台とかも、信仰者しか持っていない御札が貼ってあったもの。しかも、見えるように崇拝に貼ってあった。
これは言いたくないけど、先生は〝教師〟として泊めて〝信仰者〟としてわたしを監視している。
恐らく、信仰心に篤い村人に命じられて。先生はとても良い人だから、断れることはできないし、そんなの出来っこない性格。
先生には助けてもらっている。おばあちゃんや友達からも見放されたわたしにとって希望の存在だ。だからこそ、こんな隠れてコソコソするのは罪悪感が凄い。
7月30日(月)
いつものように六時に目が覚めた。古びた天井、すんと香る不思議な匂い。ここは、白蔵先生の家だ、そう理解したのは昨日起きた出来事がトントンと脈をうって思いだしたから。
喉の奥がキュンと張り裂けそうになる苦味を感じた。薬を飲んだ苦味と同じ。
奥から物音がした。恐る恐る、上体を起こし次の部屋に広がる薄い襖を開けた。開いた音が心地よく耳に残る。
「あ、おはよう」
仏壇の前に座り、手を合わせてた白蔵先生と目が合った。すんと香る匂いは煙の匂い。たんまりと溜まった灰の上に線香が一本立っている。
テレビでみるどこかの国の黄色い砂漠と同じ、箱に溜まった灰色は砂漠化している。一日何度もしている証拠がみられる。
「先生、おはよう。その人誰?」
わたしが訊ねると先生は苦笑し、仏壇の真ん中に設置された白黒写真の女性を細めで眺めた。
「僕の妻だ」
「奥さん……」
白蔵先生は結婚したことあるって昔、なんかの授業で自慢話してたったけ。その時、洋介が盛ってどんな人とか、夜の営みとか授業そっちのけで質問してたし、先生もまんざらでもなく応えてたから覚えてる。
奥さん、見たことないけど写真見る限り綺麗な人だなぁ。切れ長の眉に、くりっとした目、着物姿がよく似合っている。
わたしは襖を閉じ、部屋に入って、先生の隣に座った。
「先生は奥さんのこと、今でも好き?」
「好きだよ」
わたしは関心した。好きな人がいること、愛している人がいること、それは即ちわたしが持っていないものだったから。
関心し、そして、憎悪が現れた。起きたばかりの苦味が残っている。チクリチクリと、針が心を突き刺さり、何度も何度も抉る。痛いと、やめてと言ってるのに針は現れ、突き刺さる。
「お水飲んでくる」
「ん。朝ごはんつくって待ってるからね」
その声を背で受け止め、わたしは洗面台に向かった。
眩しい朝日が縁側を美しく彩っていた。夏の朝日は本当に眩しい。血で滲んでいるわたしの心を酷く感服させる。洗面台にたち、まずは水を一杯飲んだ。乾いた喉に潤いが浸す。
でも苦味が消えないのは何故だろう。
次に顔を洗った。生ぬるい。冷水にしてるのに温水の中間温度。でもいいや。
目が覚めたばかりで冷水なんて凄い嫌だし。家では、おばあちゃんがいつも冷水、冷水ってうるさかったなぁ。
家以外で初めて得をしたのはこの瞬間だと思った。顔を拭き、鏡に映った自分を暫く見つめた。
酷い顔している。目袋が赤くパンパンだ。先生もさぞ、気を遣っただろうな。こんな顔、醜い。わたしはパチンと顔を両手で叩いた。
「しっかりしろ、大倉麻耶。今日は景子に謝るんだ、こんな醜い顔見せたら笑い者だ」
わたしは一人でに、笑顔の練習をした。でも、やっぱりだめ。唇の骨格をあげようにも目が笑ってないし、不自然過ぎる。
やっぱりやめとこっかな。でも、今日謝らないと後で後悔する。後悔するのは嫌だ。その道には進みたくない。
わたしは覚悟を奮い立たせた。もう一度、鏡の自分を見ると、もうそこにはうじうじしていた自分は映っていなかった。
頑張ろう。きっとわたしなら解決できる。
おっと、意気込み過ぎて先生を待たせちゃう。早く行かないと。わたしはバタバタと慌てて居間に向かった。
小走りで廊下を走り、居間の襖の前にたった。すぅと深呼吸をし、いつものように大声で元気よく登場した。
「先生待った?」
扉を開けると、机の上には既に朝食が準備されていた。キラキラなご飯、ワカメののった味噌汁、ホカホカ湯気が立ち込めるジャガイモなど。どれも美味しそうだ。
一緒にいただきますを言い、ご飯に手を伸べる。
「あ、先生、さっき水ね生温くなってたよ」
「あ…――そうか、あとで井戸水見ないとなぁ」
面倒くさそうに先生はじゃがいもの煮付けを食べた。どれも美味しい。おばあちゃんの味じゃないけど、人がつくった食べ物だ。
先生、ましてや、男の人がつくったにしては、すごい美味しい。
「先生料理できるんだ」
「そりゃあ、妻が亡くなったから自分のことは自分でしないと」
「先生偉いね」
プッと先生が吹き出した。わたしの返した応えにクスクスとお腹を押さえて笑いだす。普段、教壇の上に立っているときはこんな無邪気な微笑みじゃない。
堅くぶっきらぼうな笑顔だ。それが子どもみたいに可愛くみえる。
ご飯も食べ終えお片付けも終え、わたしは早速外に向かった。
「どこ行くの?」
外にでたわたしに先生が問いかけた。わたしはニッと応えた。
「公園! 暗くなるまでに帰るから!」
「そう、いってらっしゃい」
穏やかな雰囲気で別れ、それから、こっそりと景子の家に向かった。
先生はこの村でどちらかというと、信仰者だ。たぶん、先生の奥さんも。とりあえず信仰しとこう、ってもののレベルじゃない。
家の壁とか洗面台とかも、信仰者しか持っていない御札が貼ってあったもの。しかも、見えるように崇拝に貼ってあった。
これは言いたくないけど、先生は〝教師〟として泊めて〝信仰者〟としてわたしを監視している。
恐らく、信仰心に篤い村人に命じられて。先生はとても良い人だから、断れることはできないし、そんなの出来っこない性格。
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