エデンの女王

ハコニワ

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一 不条理な始まり 

第3話 自己紹介

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 どうりで、懐かしいものを感じた。
「母の妹……つまり、わたしの叔母?」
「叔母って、呼ばれたことないから少し不思議ね。若葉ちゃんよね? 待ってたわ」
 ふふふと笑った。こちらが警戒していてもお構いなしに語りかけてくる。わたしのもう一人の叔母は、明るい人だ。どっかの盗っ人と違って。

「待ってた?」
 オウム返しに聞くと、和恵叔母さんは、わたしの姿を見てびっくりした様子。
「まぁまぁこんな泥だらけになって。シャワーを浴びて行きなさい。服も洗濯してあげる。さぁさぁ」
 わたしを軽トラに押して、車を発進。
 子供たちに謀られました、なんて言うと和恵叔母さんは大口開けて笑った。
「子供たちが掘っていた穴にまんまと落ちたのねぇ!! あはははっ! あの落とし穴、あたしらは場所分かるから落ちる人初めて見た!」
 話に聞くと、他にも落とし穴があるらしい。でも、住民は子供たちが掘った落とし穴の場所を知っているから、落ちた人を見るのはこれが初めてという。

 恥ずかしい。ただただ恥ずかしい。
 体中泥だらけだし、妙に糞尿がする。落とし穴になんか入れてたなあの餓鬼共め。
「すいません。座席が汚くなって」
「全然構いはしないよ! それと、そんな気遣いは無用さ! あたしらは家族なんだから」
 何気なく、自然と、口から発したその言葉に、ドクンと胸が高鳴った。

 〝家族〟その響きは、父が死んだときからわたしの前には降りてこないと思っていた。でも、まだいる。家族を辿ればもう一つの家族に辿りつく。

「あの、待ってたてわたしをですか?」
 家族だと言ってくれた人に、わたしは気を許してもう一度、訊ねた。今度は警戒心はなかった。 
 和恵叔母さんは、ハンドルを器用に回し小さな轍道を進んでいく。
「えぇ。姉の……若葉ちゃんのお父さんが亡くなったこと、今朝手紙が来たの、それで迎えに行こうと思って、だって、若葉ちゃん頼る場所はここしかないと思ったから」
 その通りである。
 行く宛は、帰る場所は、ここしかないと思っていた。和恵叔母さんは、運転しながらわたしの表情を一々確認した。

「お母さんそっくりねぇ。でも、目はお父さん似かな? どっちに似てるて言われた?」
「えっと……父です」
「そう」
 短い話をかわした。車内での話は尽きない。
 母方の親戚は勝手にいないと思っていた。お正月とかお盆とか、一切交流したことがない。だから、母に身内がいないと思っていたなのに、こんな明るい人がいたなんて。

 和恵叔母さんのお家にたどり着いた。周りは田んぼに囲まれた一軒家。周囲を見渡すとポツンポツンと家が建ってある。住民四割で残りの六割は田んぼみたい。
 一軒家だけど、案外中は広くて都会育ちで都会暮らしだったわたしの目からすれば、木造建築のお家て、中々憧れる。

 お家の前で目を見張った。一軒家にしては、広いし庭だって遊べるほど広い。すっかり緑の木になったけど、春になれば、桜の木になるんだろうな、と感慨深く浸っていると、お家の中に強引に引っ張られた。

 浴室目の前まで連れてこられ、和恵叔母さんは心配しないように、居間にいると告げて別れた。
 ピシャリと閉じた扉をみて、わたしは服を脱いだ。もう全身ベチャベチャ。糞尿の臭いが頭をガンガンいわせて早く入りたかった。

 人のお家のお風呂だというのに、すっかり心を許して長く浸からせてもらった。体も綺麗になった。なんだか、久しぶりに安心するな。心がすっと溶けて行く感じ。

 どうして母の親戚とは疎遠だったのだろう。どうして誰も教えてくれなかったのだろう。わたしは知らない天井を見上げ、そんな疑問が頭をよぎる。

 いけない。頭がクラクラしてきた。長風呂で頭がおかしくなってきてる。もう上がろう。湯船から出て、タオルを持った。

 浴室の前に人影がぼんやり映った。和恵叔母さんかな。長風呂だったから心配してたのかも。
「ごめんなさい。つい考えことをしてて、のぼせる前に上がりました――……え?」
「は?」
 扉を開くと、そこには和恵叔母さんではなく見知らぬ少年が。裸のわたしと、少年の目が合った。

 時間が止まった。いや、地球の反動が止まった気さえする。のぼせてた頭が急に冷静になり、わけもわからず思わず叫んだ。
「きゃあああああああああ!!」
 その悲鳴を聞いて、どうしたどうしたと廊下からバタバタと足音が。タオルで体を隠しても見られたことには変わりない。

 少年は耳を抑えて、怪訝な表情。
 見た目からしてわたしより年下。そんな子に見られたのに、相手は気だるそうに頭をポリポリかいていた。
 乙女の心が打ち砕かれるよ。

 騒ぎをききつけ、和恵叔母さんがやってきた。
「どうしたの若葉ちゃん!? あら、降りてきたのね倫也ともや
「ねぇこれ誰の女? 雅兄浮気したの? 誰なの? いきなり変質者扱いなんだけど」
「それはあなたがこんなところにいるからでしょ! あっち行きなさい!」
 和恵叔母さんが少年を足蹴にしてくれたおかげで助かった。全然助かってない。あの子、わたしの裸見ても動じなかった。

 歳の割には色気がないといっても。うぅ。恥ずかしい。のぼせてないのに顔から火がでた。暫くはショックで立ちそうにない。

 でもあの少年とは、今後深く関わっていくことなど知りたくもない。

 暫く経ったあと、わたしは居間に案内された。わたしを歓迎するために、家族が待っているんだと。ここは、和恵叔母さんだけが暮らしてるわけじゃないんだ。他にも、家族がいるのか。
 居間に近づくと、楽しそうの話し声が襖越しから聞こえた。少し緊張する。親戚の集まりでもあったな。

 そうして、居間にいたのは四人の影。人数は少ないけど、この人数で外まで聞こえるほどはしゃいでいたのか。あの少年もいる。気だるそうに柱に寄りかかって、ゲームをしていた。

 机に上にはたいそうなご馳走が。海鮮丼や大盛りのエビフライに揚げ物ばかり。そして、これまた豪快にお赤飯が炊いていた。
「みんな、若葉ちゃんのこと待ってたのよ。さぁさあ入って!」
 ニコニコ笑う和恵叔母さん。
 わたしは恐る恐る中に入った。みんな、初対面なのに、ひだまりのような暖かさで迎える。この温かい空気。

 嬉しいような、むず痒いような、はっきりできない。

 白髪で日に焼けたおじ様が和恵叔母さんの旦那で、藤村家の大黒柱。藤村 達也ふじむら たつやさん。笑顔を振る舞う人じゃないけど、わたしの皿に料理を盛ってくれる、優しい人だ。

 金髪で焦げた肌、一昔前に流行ったギャルのような女性。この家の長男の嫁さん藤村 幸音ふじむら ゆきねさん。わたしを隣に座らせて、飲め飲めとオレンジジュースを強要してくる。

 眼鏡をかけた優しい風貌した男性、この家の長男藤村 雅也ふじむら まさやさん。幸音さんの強要を止めるも全然相手にしてくれない。ほんとに長男なのか、威厳を感じさせない人。

 わたしの裸を見ても顔を真っ赤にしたり、目を伏せたりもしなかったのは、この家の三男藤村 倫也ふじむら ともや。さっきからその集中力は、わたしじゃなくてゲームに注がれている。第一印象嫌な奴。
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